アルテナが無事である事を一族に伝えるためにと、アルテナとヘルと共に古の島へと向かった。
巨大な渦に囲まれていて、普通の船では到底たどり着けないその島との交流は断絶に限りなく近いものなのだが、キッシュ達の乗っている船は激流の狭間を悠々と抜けていく。
エルフの集落のように何か特殊な結界でもあるのかと問えば、二人してよく分からないという顔をされたから、真偽の程は不明である。
しきたりで村には一族以外は入れないからと、もてなしのお茶とお菓子の入った袋を渡されて追い出されたキッシュ達は、適当に島内を散策にかかった。
もともと村の中には入れないだろうとヘルから聞いていたから、気分を害する事はない。
単に、滅多に足を踏み入れられない古代からの島を探検したかっただけである。
なんだか見た事のない植物や動物がわらわらといる森の中を突き進んでいくと、見た事のあるような遺跡を見つけた。
「……おお、こんなとこにも遺跡が」
「どこにでもあるもんなのねー」
独特の模様を掘り込んだ柱や壁のある佇まいは、大陸でも目にした事がある。というか本拠地の地下にも同じものがあるので、目にする機会は多い。
昔は大陸にもこの島にも同じ文明が根付いていたのかとなんだか感慨深くなりながら、時間つぶしに攻略してみる事にした。遺跡となればやっぱり奥まで行ってみたい。
足を踏み入れると、
遺跡というと大抵面倒くさい造りをしているものだが、この遺跡はその例外らしく碁盤の目のように整然とした造りをしていた。
モンスターも強いには強いが、キッシュ達の敵になるほどではない。
簡単に最深部までたどりつけてしまい、
お約束の番人モンスターを倒してだだっ広い空間で一息吐く。
「リロの近くにある遺跡とちょっと似てるかも?」
「ああ、だだっ広い感じな」
「そうそう。でもこっちのがだいぶ広いのよねー」
とことん高い天井を見上げてスティラとミンスが暢気に会話している。
もうこの部屋にモンスター等の危険もないので構わないのだが、歯ごたえながくて少々物足りない。
「にしても、同じ文明でも遺跡によって随分と様式が違うよな」
「半島にあったのは塔だもんな」
「こんなバカみたいに広い空間何に使うんだか」
それ以上に不思議なのは、あれだけモンスターとどんぱちやっておいて、ちっとも傷つかない壁なのだが。
遺跡おなじみのよく分からない模様(文字らしいがキッシュ達は読めないので模様扱いをしている)の彫られた壁を眺めながら壁に沿って歩いてみる。
「なんかお宝でもあるかと思ったけどなんもないしな」
「島の人がもう全部持っていっちゃったんじゃないの?」
「キッシュー、帰ろうぜー」
休憩を終えて何もなくて退屈になったらしい連中が好き勝手言っている。
まぁ、こうして眺めたところで文字が読めるわけでもなし、何の代わりばえもないのでそろそろ戻ろうかと考えていると、ふと壁の文字がずれている事に気付いた。
ずれているところに指を這わせると、継ぎ目のようなものがある。
つつつと継ぎ目に沿ってなぞると、ちょうど人が通れそうな扉の形になっていた。
「キッシュ、何一人で面白くパントマイムやってんだ?」
「違ぇよ。ここになんか扉がある」
「え、何かあるの?」
ひょこひょこ寄ってきたアシュレに返すと、ミンスがキッシュを押しのけるように前に立った。
継ぎ目の左右をそれぞれ叩いて、ほんとだ、と呟く。
「音が違う。中に空洞がある」
「てことは、まだ奥があるってことか」
「取手みたいなものはないぞ」
ぺたぺたと壁を触っていたメレが言うと、ミンスがぐっと拳を握り締めて不敵に笑った。
「こういう時はね……」
「げ」
「ミンス、ちょっとま」
「力で押すのよ!」
キッシュとスティラの制止虚しく、ミンスが全力で一撃を繰り出した。
ガキィン、と壁と手甲がぶつかる音が空間に響いて反響して、その音に思わず四人は目をつぶる。
「…………」
「……いや、さすがにミンスでも……この遺跡の壁は無理だろ……」
「だよな……」
「あ、開いた」
「「嘘!?」」
ミンス以外の全員が目を疑った。
継ぎ目のあったところにぽっかりと空間が開いて、その奥にはほんわりと灯りを足元に設置した道が続いているのが見える。
「……いくら奥に空間があるからって……」
「モンスターとの戦いでも傷ひとつつかない壁が……」
「もう二度とミンスの拳は喰らわねぇ……絶対に……!!」
カタカタ震えている四人に、ミンスは右手を振りながら言った。
「言っとくけど壊してないからね。あたしが殴りつけたら勝手に開いただけだからね」
「…………」
それは壊したと何か違うのだろうか。
その答えは、五人が中に入ったら判明した。
「あ」
最後尾のアシュレが入ると、すっと横から壁が現れて、隙間を覆ってしまった。
どうやら一定の衝撃を与えるとスライドする仕組みだったらしい。
「これ、帰りどうするんだ」
「試しにまた殴ってみるか」
今度は俺がやる、とアシュレが殴りつけたが、壁はうんともすんとも言わない。
キッシュがやっても同様だ。
「……もしかして、開かないのか?」
「俺たち閉じ込められたってこと!?」
「ちょっとどきなさい」
はぁっ! と気合とともにミンスが蹴りを繰り出すと、今度は開いた。
「「…………」」
「行きも帰りも同じ方法でよさそうね。さ、帰りの憂慮がなくなったから先に進むわよー!」
満足気に頷いて奥へと進み始めるミンスの背を見つめながら、四人の誰かが零した。
「……一定の衝撃って……どれくらい……?」
下り階段の多い一本道を進み続けると、行き止まりに祭壇があった。
祠のようなそれは手を伸ばせば屋根部分に触れられるほどのもので、祀られているのは直径がキッシュの背丈とほぼ同じくらいの石球だ。
灰色の石はその辺を探せば転がっていそうだ。
どうしてこんなものが隠しトビラの奥にあるのだろうかと一同は首を傾げる。
叩いてみても擦ってみても、なんら変わりのない普通の石にしか見えない。
「これが紋章石とかなら分かるんだけどな」
「もしかしたら、外側を割ったら中はでっかい塊かもよ」
「クランがいたらわかるんだろうけど」
「割ってみたらわかるんじゃない?」
「「それはちょっと待ってくださいミンスさん」」
わきわきと右手を動かすミンスに全員でストップをかけ、祠や石球をあれこれと調べてみるが、やはり変わったところはない。
「なんなんだろうなー……今度マジでクラン連れてきてみるか」
ぺたりと石に手を当てて呟いたキッシュの腕が、いきなり消えた。
「……は?」
ぽかんとキッシュは自分の腕の先を見る。
自分の腕は消えたのではなくて、手首の少し上くらいまでが石球の中に埋まっていた。
「…………」
呆然としつつ、くいくいと手の届く範囲にいたメレの襟を引く。
鬱陶しそうに振り向いたメレは、キッシュの腕を見て目を点にさせた。
「……何やってるんだ?」
「それは俺が知りたい」
「抜けよ」
「抜けないんだよ」
「…………」
ぐい、とメレがキッシュの腕を掴んで引くが、向こう側から引かれているようでびくともしない。
それどころかどんどん引きずり込まれていく。
手首までだったのに、今は肘の手前まで石球の中へと埋まっている。
冷たかったり熱かったり痛かったりはしないが、埋まっている部分の感覚が曖昧な気がする。
さすがにだいぶやばいと思って、メンバーの中で力の強い二人を呼んだ。
「アシュレ! ミンス!」
「どうした……ってうわ、気色悪っ!」
「どうしたのそれ」
「完全に埋まってんなこれ……」
アシュレとミンスだけでなくスティラも騒ぎに気付いて寄ってきた。
「抜けないんだ、抜くの手伝え……っていていててててっ!! 腕が抜けるわ手加減しろ!」
「無茶言うな!」
「石、砕いてみる?」
「いや、それキッシュの腕まで砕けそうだから!!」
ぎゃいぎゃい言い合っていると、急に引く力が強くなった。
引きずられるようにバランスを崩したキッシュが石の中へと引きずりこまれる。
反射的にキッシュを引きとめようとした四人も勢いついでに石の中へと飲み込まれていった。
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