その不思議なもさもさに出会ったのは、資金繰りの一環として通常業務と化しているモンスター駆りの最中だった。
平原を歩いていたら、いきなり空からそれは降ってきた。
最初、それが何なのかさっぱり分からなかったのは、あまりにでかすぎたからだ。
もさもさはその名のとおり、もさもさっとした毛むくじゃらなモンスターだ。
その愛らしい外見同様それほど強くはないのだが、たまに集団として襲ってきたりするので、決して油断はできない。
よく畑の作物を狙って来るのを撃退しているので、その生態にはそこそこ詳しいとキッシュは思っていたのだが、世の中には色々なもさもさがいるものだ。
「でっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
スティラが悲鳴に近い叫びをあげる。
普段真っ先に突っ込んでいくミンスも、この時ばかりはその場に立ち尽くしていた。
「なんつー非常識なでかさ……」
クランの呟きはその場の全員の心境を代弁していた。
文字通り降って湧いたのは、巨大なもさもさだった。
普段キッシュ達が目にするもさもさは、せいぜいがキッシュ達の身長の半分程度の大きさしかない。それがもさもさの通常サイズだ。
しかし、今キッシュ達が目の前にしているのは、ちょっとした小屋サイズだ。
たぶんこれに潰されたら圧死する。
「……これは、もさもさでいいんだよな?」
「もさもさ以外にこんな毛むくじゃらなモンスターは僕は知らないけど」
「……世の中にはこんなでかいもさもさがいたんだな……」
「僕、聞いたことあるよ。南の方にはもさもさの巨大版が生息してるって」
実物を見たのは初めてだけど、とリオが引き攣った顔で言う。
「ていうか、南の方のモンスターは全体的に巨大らしい」
「へぇ……なんで?」
「あったかいからだろ」
「なるほど」
「そんな暢気に話してる場合じゃないと思うんだけどー!!」
巨大もさもさはその場に留まったまま、襲ってくるでもなければ動きもしない。しかしそれもいつまで続くか分からない。
「……倒すとしたら、やり方は一緒か?」
「迂闊に近づくとぺっしゃんこだよな」
とりあえず魔法中心に行くか、と雑把な作戦を立てて、クランが魔力を練り出し、スティラが弓を構えた。
攻撃されると察知したのか、巨大もさもさが反動をつけるように縮むと、高く高く跳ね上がった。
そのままこちらを押しつぶそうとしてくるかと身構えたキッシュ達に、しかし巨大もさもさの着地点は、キッシュ達から随分と離れたところだった。
びょんびょんと跳ねながら徐々に遠ざかっていく巨大もさもさを見ながら、ぽつりとナツが呟く。
「……行っちゃった」
「これは逃げたのか……見逃されたのか……」
「でかすぎて俺達が見えてなかったのか……」
随分遠くへ行ってようやく通常のもさもさサイズに見える巨大もさもさに、六人はただその場に立ち尽くしかなかった。
などという不可思議な巨大もさもさとの出会いからしばらくして、彼らはニモモにきていた。
ここも港町ではあるのだが、貿易港として一気に栄えたシャシャと違い、こちらは以前のままの静かな港町の様相を残している。
船着場には漁船がいくつもつながれていて、掘っ立ての屋根の下では猟師の妻達が網の手入れをしている風景は漁村ならではだ。
「なぁリオ、ここに何の用があるんだ?」
「あのね。交易のチャンスっていうのは、どこにでも転がってるものなんだよ」
そう言ってうきうきと交易場へと向かうリオと分かれ、キッシュ達は町の中を見て回る事にした。
シャシャには度々足を運ぶが、そこより奥にあるニモモにはなかなか足を伸ばす機会がなかったのだ。せっかくだから色々見てみたい。
その時、町の奥の方からころころと何か丸いものが転がってきた。
それなりの勢いをつけて一直線に向かってくるそれは、そのままでは海へとまっ逆さまコースだ。
ボールにしてはいささか大きな物に興味を持って、キッシュは足でそれを止めた。
伝わってきた感触は、ボールのような柔らかなものではなく、金属に近い。
「……なんだ? これ」
それは金属と毛がくっついたような丸い塊だった。
とりあえず毛のある方を上にして持ち上げてみると、ずしりと重い。
「……重っ!」
両手で抱えられるほどの大きさなのに、見かけ以上に重量がある。
ナツが毛の部分に手を乗せて、ぱっと目を輝かせた。
「うわ、きもちー」
「え、ほんと? ……やだこれ気持ちいいっ!」
ミンスがわしゃわしゃと毛をかき回すように手を動かす。
俺だって触ってみたいのに、と内心で思いつつ手で持っていたキッシュは、手の中の球がわずかに動いたような気がして視線を落とした。
「……キュ」
「……鳴いた?」
かき回していたミンスの手が止まる。
目を瞬かせていると、もぞり、と毛の部分が動くと、その合間から黒いつぶらな瞳がのぞいた。
「……生き物?」
「おいお前ら、メカに何してやがる!」
その時怒声が聞こえて、ばたばたと毛と金属の塊が転がってきた方から中年の男性がもの凄い形相で走ってきた。
「メカって」
「この塊のことじゃないか? メカだし」
「メカはメカじゃねぇ!」
「いや、だって今メカって呼んだじゃん……」
思わず突っ込んだキッシュの腕からメカをぶんどって、男は毛玉の部分を見て何かを確認していたが、やがてほっとしたように表情を和らげた。
しかしそれはキッシュ達に視線を向けた途端に、たちまち険しいものへと戻る。
「お前ら、メカをどうしようってんだ」
「いや、別にどうもしないっていうか」
「なんか転がってきたんで、止めてみたんだけど……」
「転がってきた……?」
「あっちから、こう、ごろごろごろーっと」
「そのままだと海に落っこちちゃうから、キッシュが止めたのよー」
口々に言われて、男は慌ててメカを高く抱え上げると、下の金属部分を確認し始める。
結構重かったと思うのだが、軽々と抱えあげてしまうところを見ると、かなり力があるらしい。
「……ああ、足の歯車が外れたのか」
合点が行ったのか、男はメカを小脇に抱えると、太い眉を下げて言った。
「疑って悪かったな。こいつは自分じゃ動けないんだ」
「それ、なんなの?」
「これはもさもさの子供だ」
男の言葉に、キッシュ達は男に抱えられたメカを見る。
半分が金属に隠れているから気付かなかったが、確かにもさもさっぽい。
小さめなのは子供だからか。
「子供のもさもさなんて初めて見た」
「かわいいもんだなぁ」
「キキキ、キキュ」
見つめられて恥ずかしいのか、もさもさの子供は甲高い声をあげて身じろぐ。
これは……恥ずかしがっているのか?
「メカってのは、こいつの名前ってことか?」
「ああ。親兄弟と合わせてつけたからちっとばかしややこしい名前ではあるが」
「ああ……メカだけどメカじゃないっていう」
分かりにくい名前をつけるなと突っ込みたかったが、初対面の相手なので堪える。
ムールと名乗った男の誘いを受けて、五人は彼の自宅へと招かれた。
町並みからだいぶ外れたところにひとつ建つ家は、かなり大きいがごちゃっとした外観がかなり浮いている。
職業柄騒音を立てる事も多いから、外れたところに建てたらしい。
外見からの想像通り、室内もかなりの物の多さだ。
大小さまざまな金属の欠片が机の上のみならず床にも散乱していて、踏まずに歩くだけでも一苦労だった。
大振りのクッションの上にメカを置き、男は大振りの湯飲みに茶を注いでキッシュ達に勧める。
クッションの上でゆらゆらと揺れているメカを触ると、黒い目が毛に隠れる。
柔らかい手触りは大人のもさもさよりも心地良くて、ついつい手が止まらない。
「けど、なんでこんな半分機械に突っ込まれてんの?」
「こいつはな、病気なんだ」
「病気?」
聞き返すスティラに、ムールは自分の茶を啜って重い息を吐いた。
「ああ。何年か前に俺の家の裏にもさもさが住み着いてな、そこで子供を産んだんだ。害を加えるでもなけりゃ結構懐いてな、俺も情が移ってたんだが、ある日子供の内の一匹の様子がおかしくなった」
「それがメカ?」
「ああ。生憎モンスターの治療なんざ誰もできねぇ。動けなくなって今にも死にそうなこいつを前に親兄弟が何度も何度も鳴いてなぁ。あんまりにも不憫で、なんとかできねぇかと思って、こうやって機械くっつけてみたんだがなぁ」
「……なるほど」
「なんとか命は繋いだが、体の半分は機械に埋まって自分じゃロクに動けやしねぇ。俺のやったことがよかったんだか悪かったんだか、こいつの親兄弟もどっか行っちまってな」
「……そうなんですか」
わしわしと撫でれば高い声をあげて毛をぱさぱさと浮かせる。
ふわ、と漂う感情は穏やかなもので。たぶんこいつは自分の境遇を悲観したりはしていなんだろう。
「親兄弟、戻ってくるといいですね」
「見つけられたらいいんだろうけどねー」
何の気なしに呟くスティラの頭をキッシュが叩いた。
「バカ言え。世の中にもさもさがどんだけいると思ってんだ」
「私達が倒しちゃってたりして」
「やめろ」
「まぁなぁ……。親はそこらのもさもさよりかなりでかいから、見れば分かると思うんだが」
「……ばかでかいもさもさ」
「なぁムール、そのもさもさって、小屋くらいのでかさか?」
「ああ、それくらいはあるな」
その時五人の脳裏に浮かんだのは、先日出会った巨大もさもさだった。
「「あれかー!!」」
五人の叫びが綺麗にそろった。
***
もさもさレンジャーを仲間にしたい。
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