その日も砦の頭上にある空は青かった。
いい収穫日和だと鍬を担いで畑のある区画へと向かうクグロを見送って、久々に近場の遠征に行こうかとキッシュは武器を手に入口へと向かう。
「こんにちはキッシュ。いい天気ね」
「おーう」
きぃ、と足代わりの輪を軋ませて声をかけてきたレティに軽い口調で返し、擦れ違い――ばっと振り向いた。
赤いひざ掛けと栗色の髪。細い手を大きな輪にかけて、彼女はにこにこと微笑んでいる。
「レティ!?」
「ふふ、お邪魔してるわ」
器用に車椅子の方向転換を済ませて笑うレティは、はるか南にいるはずの人物だった。
***
遠征の予定を通りがかったクランに押し付け、自身の本日の様子をまっさらにする。
レティと並び歩いて砦の中へと入れば、彼女のことを知らない砦の面子はキッシュが一緒にいるからか彼女の乗るものが珍しいのかちらちら視線を向けてきていた。
当のレティは何も感じていない様子で、のんびりとした笑みを浮かべながら車輪を回す。
「押そうか?」
「ありがとう。けど大丈夫よ、慣れているから」
キッシュはその槍があるでしょうと丁重に断られる。
別に背に差してしまえば両手が空くのだが、
実際車輪を回す手に澱みはなく、多少ゆっくり歩くくらいで並び立って歩ける速度だ。
ごつごつとした石畳の床に少々申し訳なさを感じながらも一番気になっていることを尋ねる。
「えーと……今日はなんで、また」
「前々から来てみたかったの。本当は昨日の夕方に着いていたから、その時にご挨拶しようと思っていたのだけど、遅くなっちゃった。ごめんなさい」
「いや、それはいいんだけど」
「それに、挨拶はこっちでしておくから明日でいいって」
「……誰が?」
「なーんだ、もう発見されたのね」
快活な声と共に顔を覗かせたのは最近砦の顔ぶれとなったミルフィだった。
愉快犯で愉悦主義なミルフィは砦の一員となってから、各所で被害をたたき出している。
その彼女がどうして、と思っていると、口を開いたのはレティだった。
「ねぇミルフィ? キッシュが私がここにくることを知らなかったようなんだけど、どういうことかしら」
「どうせならサプライズの方がいいと思って黙ってたの」
「…………」
おいそれどういうことだ。
ここ二人が知り合いなのかという疑問と、ミルフィはどうやらレティがここにくると知っていて黙っていたらしいという推測にキッシュの脳がフリーズを起こしかけている。
その前で、ミルフィとレティはのほほんと会話を続けている。
「手紙でもそうだけど、相変わらずなのね」
「私はどこでも変わらないわよ?」
「お世話になるところにはあまり迷惑をかけてはいけないわ」
「相変わらずお姉さんねぇ」
嗜める方も窘められている方も、出しているオーラはほんわかしていて会話の内容と雰囲気が合っていない。
「……ふたり、知り合い?」
「祖父と住んでいた時に、ご近所だったの」
「だからフォリアとも知り合いよ」
ふふん、と種明かしをするようなミルフィは楽しそうだ。さすが愉快犯。初耳だ。
「ここにいるのは手紙で知っていて、せっかくだから砦にも来てみたいと思って」
「てことはフォリアも?」
「さすがに両方が空けるわけにはいかなくって、お留守番よ」
フォリアには内緒なの、と楽しげに笑うレティは、ミルフィと気が合うはずだと納得してしまった。
ザハとハルヴァが遠征に行っているおかげで大騒ぎになることはなさそうで、レティとミルフィという両手に花で砦の中を案内していく。
時折羨ましいねと声をかけられるが苦笑いを浮かべるしかない。
「いい砦ね。人が生き生きしてる」
ゆっくりと一周したあたりで休憩しようと食堂へ入り、ノエルに注文をしたところでレティがゆっくりと口を開いた。
素敵な畑だったわ、と言われてキッシュとしても悪い気はしない。
「……ミズレの方達も、いるのよね」
「ああ」
「お元気かしら」
「宿屋をしてくれてたり、畑手伝ってくれてたり。いい人達だよ」
「よかった」
申し訳ないとも、謝罪の言葉も口にせずにレティは小さく微笑んだ。
過去の判断を悔いてはいなくても、気にはかけていたのだろう。
「最初の方は食料とかも、かなり援助してもらったし。そのおかげだ」
「それくらいはね。フォリアもそこは譲らなかったし」
運ばれてきた抹茶ラテを一口飲んで、おいしい、と顔を綻ばせる。
南部の自警団をまとめる人物の片割れとは思えないくらいののんびりとした表情で、レティはお茶請けの干し果実を指で摘んだ。
「けど、ここまで一人でくるのは大変だったんじゃないのか」
「護衛は一緒にきてるのよ。着いてすぐ旅の疲れでベッドに臥せってしまってるけど」
「……それは護衛になるのか?」
「頼りになるのよ。ああ見えて」
くすくすと笑って答えるレティにミルフィがにやにやと視線を送っている。
そこまでされると、さすがのキッシュも何かを察してしまって、突っ込むのも野暮かと黙って茶を啜った。
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