ここ最近、砦で謎の美女の目撃情報が相次いでいる。
「というわけで今ならつるし上げくらいで済ませてやる。吐け」
「なにが「というわけで」なのかまったくわっかんねぇよ!!」
正座させられミンスを背に乗せた状態(つまりほぼ潰れている)で叫んだスティラは、ミンスの体重に更に前のめりになって蛙が潰れたような声を絞り出す。
「謎の美女っつーとやっぱあれだろ。ひとつの砦を落とした金髪少女」
「あれはお前らが無理矢理やらせたんだろーが! つーかあれ以来女装とかしてねーし!!」
「一度やったらやみつきになったとか」
「ねぇよ!!」
どんな濡れ衣だよ、と潰されながらも元気に吼えているスティラの声を聞き流しつつ、けどなぁ、とキッシュは指を数え折っていく。
「元々いる女性メンバーだったら「謎の」なんてつかねーし。遊び半分でやるっつったらナツだけど、あいつも違うって言うし。残ってんのお前しかねーんだって」
「ナツの取調べ随分とあっさりしてね!?」
「一番最近の目撃情報は昨日の昼だったっけ。スティラ、その時間何してたの?」
「……何って……俺、お前らと一緒に遠征行ってたやん……」
「「あ」」
そういえばすっぱりと忘れていた。
昨日の昼頃と言えば、本拠地周辺のモンスター掃討に精を出していたんだった。
「ちっ、スティラに仕立て上げて一件落着だと思ったってのに」
「実は遠征なんて行ってなかった」
「それだ」
「それだ、じゃねぇ! お前濡れ衣着せる気満々かよ!?」
「面倒くせぇんだもん」
「で、それはそれとして。実際誰なのよ」
スティラの背からのいて、ミンスが腕を組む。
実際のところスティラが女装癖に目覚めたとは思っていなかった(本当に目覚めていたなら即行で勘付く自信がある)が、だとしたら誰かというのが問題だ。
出入りは基本自由にしてあるが、北の勢力のひとつだったゴレやゲバンを崩壊させたと噂が立っているせいで、少々きなくさい気配もある。
警備をまともにしろ、とリーヤにも言われているのだ。
ここにきて不審人物となると、きちんと正体を見極め、この砦に害を及ぼすかどうかを判じなければならない。
――というのは建前として、皆が目撃している「謎の美女」を自分達だけ見ていないので見てみたいというのが本音である。
「つーわけで探すぜ!」
「コットに頼めば位置わかるんじゃねぇの?」
「コットは知ってる奴じゃないと見つけらんねぇだろ。コットもまだ見たことないんだってよ」
彼女が目撃してくれていたら話は早かったのだが。
しかしこの美女、何が一番謎かといえば、その出現の仕方だった。
気付いたらそこにいて、気付いたらそこにいない。
歩いているのを見つけた誰かが慌てて追いかけても、一瞬姿を見失った時にはもういない。
その先が行き止まりであったとしても同様。
幽霊じゃないかとまで言い出す輩もいて、それはますます――ますますお目にかかりたいではないか。
「で、よく見かけるのがこのあたりらしいんだけど」
「このあたりをうろうろしてたら見つけられるのかねー」
目撃情報の多いポイントを見張るのが一番手っ取り早いと判断した暇人トリオはこれまでの目撃情報を整理していく。
「基本は昼間、なんだっけ」
「たまに夜に見かけることもあるらしいけどね」
「幽霊なのに昼間に出るのか……」
「まだ幽霊って決まったわけじゃないけどな。格好は?」
「長い髪に、かなり綺麗な服着てるみたい。たぶん紋章石使いだろうって」
「その根拠は」
「あんな動きにくい格好してて剣振り回すとかない」
「明確だな」
「ふーん……たとえばあんなん?」
ほれ、とスティラが指をさした先、吹き抜けになっている螺旋階段の上のあたりをやや早足で歩く姿を見上げる。
薄い色の髪は綺麗にひとつに編みこまれ、前へと足を出す度にゆらゆらと揺れている。
水色と白の服は裾がひらひらと靡いていて、巫女か踊り子のような印象を受けた。
「そうそうあんな感じの」
「たしかに美人だ」
「……あんな人、本拠地にいたっけ?」
「「…………」」
「「「あれだーーっ!!!」」」
声をそろえ、三人で階段を駆け上がる。
螺旋階段を上り切った通路を見渡すも、すでにそこには誰もいない。
手近なドアを開けても、空き部屋がほとんどなそこに人影は見つからなかった。
「嘘だろ……?」
「階段はあたし達があがったとこしかないのに」
「中央の木を伝って降りたとか」
「できると思うか。あんな服装で」
「「「…………」」」
顔を突き合わせて悩む三人はしばらく美女探しに躍起になったけれど、結局最後までその正体は分からなかった。
***
――発端は、ラナイでの戦いが終わった後のことだった。
またお別れするのが嫌だと駄々をこねたビッキーに、いつだって遊びにこればいいと口にしたのは、いつまでも泣かれるのは御免だったからだ。
ルックとしても、自分が不老である故にどの時代でも大抵いると思っていたから、口からでまかせというわけでもない。
お互い生きていれば会いにいける。
ビッキーはともかくルックは時間軸に沿って記憶があるし、移動だって転移ですぐだ。
だが――まさか別大陸にまで呼び出されるとは思っていなかった。
西大陸にいるリーヤから時々届く手紙と、トビアスからの研究報告を読むのがここ最近の楽しみだったが、定期的に届くものと間をおかずに送られてきた手紙にルックは首を傾げた。
差出人はリーヤで、随分と慌てていたのか、綴じのための蝋印が随分と傾いている。
「リーヤから? この間手紙きたばっかりだったのに」
何かあったのかな、とどこか心配そうにクロスが覗き込んでくる。
封を切って中を開ければぺらりと一枚の紙が入っていた。
「…………」
「どうしたの、ルック」
「ちょっと西大陸行ってくる」
「えっ!?」
いきなり立ち上がったルックに慌てていたクロスだったけれど、ルックが机の上においた便箋の内容を見てすぐに納得したようで、作り置きのお菓子を用意すると台所へと踵を返す。
『ビッキーがルックに会いたがってるから、時間あったら遊びに来てやって』
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