「えええー? 今日ブランいねーの?」
朝、食堂に行ったキッシュとスティラは、ノエルから聞かされた「本日食堂お休み」にがっくりと肩を落とした。

ブランはこの本拠地の食糧事情を一手に引き受けてくれている料理人だ。
もともとはジラの食堂に勤めていたのだが、この砦ができて食堂の設備がある程度整えられたところで引き抜いてきた。
だってブランの料理美味いんだもん、というのがキッシュの持論である。
あと髪型が面白いというのもある。

「今日っていうか、明後日まで……かなぁ。新しい食材を採ってくるーって言ってそのまま」
「……相変わらずの悪い癖だよな」
「ほんとに明後日に帰ってくるのかこれ」
ブランの悪癖のひとつとして、イメージする味を出すためにならどんな食材でも厭わないというものがある。
つまり、イメージに合う食材を探しに姿を眩ませるのだ。

ノエルは給仕はするけれど料理はからっきしだから、今日は食堂は機能しないと考えていいだろう。
マーファは宿屋の方で忙しいし、マイのところに行くにしてもあそこは軽食がメインだから、育ち盛り食べ盛りには三食それでは物足りない。

「というわけで今日はセルフサービスでよろしくね。飲み物だけは作ってあげる」
「俺の癒しの時間が……」
最近何かと忙しくてブランの料理を食べる時間が何よりの楽しみだったというのに。
今日一日のやる気をごっそり持っていかれたキッシュにスティラが苦笑いを浮かべていると、厨房から出てきたミンスが呆れた顔でキッシュの後頭部を平手で叩いた。

「何朝っぱらから辛気臭い顔してんのよ」
「よう……」
「あたしこれから朝ごはんなんだけど。少しわけたげよか?」
どん、とカウンターに置かれたのは大皿だ。
そこには大ぶりに切られたベーコンを焼いたものと目玉焼き、チーズが乗っている。
それから手でちぎられたレタスと丸ごとトマト。

ミンスは脇に抱えていたパンを自分の腰に差していた小刀で適当に切ると、ひょいひょいとそれらを乗せていく。
「……相変わらず豪快だな」
ここは野外かと思えるような調理というか、ただ焼いただけのそれらはミンスがよく作るものだ。
適当な材料をパンに乗せるあるいは挟んでかぶりつく。
ミンスの料理はこれか、鍋に適当な材料を突っ込んだ煮込みのどちらかだ。
味は決して悪くないが、どこにいてもこれなので、野宿している気分になる。
「なによう、文句言うならわけたげないわよ」
「……もらう」
「ありがたくいただきます」

いちいち作るのも面倒なので、もらえるならばもらう。
二人でミンスの料理を分けてもらって、なんとか朝はしのいだ。

しかし時間と共に腹は減るわけで。
昼はちょうど遠征編成の話し合いの時間と被っていたおかげで差し入れをもらったが、夜はいよいよ自分で作らないといけない羽目になってきた。
「誰も作ってくれないなんて寂しいな軍主のくせに」
「うっせぇ。ロアンさんに作ってもらえないくせに」
「それは言わない約束だろ!?」
「そんな約束いつした」
「私がどうかしましたか?」
いきなり背後から声をかけられて、スティラは飛び上がった。
本当に飛び上がるんだなと微妙にずれた感想を抱いたキッシュの前では、スティラがロアンを前にして言葉を濁している。
もう結構な期間一緒にいるというのに、少しは慣れないのだろうか。
ていうかほんと進展しねぇなここ。

「お二人とも今から夕食ですか?」
「ロアンさんも?」
「はい。資料の整理をしていたら少し遅くなってしまって」
「俺達料理苦手なんでどうしようかって困ってたんだよな」
何食わぬ顔でキッシュは嘯く。
スティラはたぶんロアンの料理を食べたいんだろうが、本人にそんな事を面と向かって頼めるのなら今ごろとっくに告白して玉砕しているはずだ。
たまにはこれくらいの横槍はいれてやってもいいだろう。
「あ、よければ一緒に作りましょうか?」
「いいんですか!?」
「はい。一人分作るのも三人分作るのも一緒ですから。むしろ、その方が食材を余らせなくて済みます」
にっこりと嫌な顔ひとつせずに厨房へ入っていったロアンを見送ると、スティラはがっしりとキッシュの手を掴んだ。

「ありがとう親友……」
「こんなところで親友認定されんのもな……」
これくらいは自分で言ってみろよとキッシュは溜息を吐きながら、食後の書類は礼として押し付けようと心の確定事項に記しておいた。



***
ロアンは普通の料理を作ってしまうからここまで。
残念なことに母親には似なかったようです。