全てを終えたキッシュがぐったりと机の上に突っ伏していた。
もうお嫁に行けないなどと呟く様子は精根尽き果てたといった表現がしっくりくる。
そのキッシュの様子に、次に控えていたスティラの顔色は悪くなる一方だ。
いっそ腹痛でも起きて中止になってくれないかと思っても、そんな都合のいい事態が起きるわけもなく、名前を呼ばれて反射的に逃げようとした腕は屍と化していたキッシュがゾンビのように起き上がって腕を掴まれた。
「自分だけ逃げようったってそうはいかねぇ」
「お前がそんなになるってどんなだよ!」
「安心しろ。ちょっと体の隅々まで測られるだけだから。自分でも知らなかったところまで測られるだけだから」
「それのどこが「だけ」なんだっての!」
「ちょっと採寸するだけでしょー」
はい脱いで、とおろそかにしていた注意の隙を突くように腰からベルトが引き抜かれる。
ぎょっとして視線を背後に向ければ、薄茶の髪を藤色のリボンを編みこみながらひとつに纏め上げた女性が、引き抜いたベルトをぺいっと床に放り投げたところだった。
「キッシュは別室だった気がする!」
「いいじゃない私とキッシュとスティラしかいないんだもの」
「それはさっきと同じじゃないかなぁ!?」
ほーら脱ぎなさいとズボンを引っ張られるのを引き上げて必死に抵抗するのだが、ぐいぐい下げてくる。その力はどこからくるの。
「やめて生地が伸びる!」
「じゃあ自分で脱ぎなさいな」
目盛り付の紐を手に引っ掛け伸ばす彼女の目は獲物を目の前にした獅子のようだ。
助けを求めるようにキッシュに視線を向けたところで、抵抗しても無駄だ諦めろと目線で返ってくる。
いったいお前は扉の向こうで何をされたんだ。
早く、とメジャーを伸ばす態度で催促され、上着に手をかける。
なんでこんなことに……とのろのろと上着を脱いでいると、焦れたように喝を入れられた。
「はい遅い。両手をあげる!」
「まだ全部脱いでな――ひぃ! ちょっ、ひゃっ」
半端にたくし上げられたアンダーの下にまで手を入れられ、脇腹から背中を思いっきりまさぐられる。
もぞもぞと採寸用のメジャーが脇に巻きつくのがくすぐったくて仕方がない。
「動かないの! 正しく採寸できないでしょう」
「そもそもなんで脱がないといけないのさぁっ!?」
「正確な採寸をするのに布は不要なのよ」
それって仕立屋として微妙に矛盾しているような。いや正しいのだろうか。
「あーら……あーらまー……」
「ちょ、ほんとやめて脇は弱い――ひゃう!」
ぺたぺたすりすりと触られ、スティラは涙目になってふるふる震える。
昔から脇や背中への刺激には弱いのだ。
たかだか採寸から全力で逃げるという不名誉な称号を得ようとも背に腹は代えられないと、全力で押しのけようとしたより一瞬早く、しゅるしゅると紐がシャツから出て行った。
「……スティラ。あんたこの数字はないわ」
「…………」
「これ見せたら世の中の女の子にすごい目で見られるわよ。ほんとにもやしっ子なのねぇ! これでほんとに食べてるの? 戦えてるの?」
「ミルフィ……その辺にしておいてやってくれ……」
キッシュからのストップにミルフィは悪気はまったくなかったのだろう、首を傾げている。
その前でスティラは床に伏し、色々ダメージを負って再起不能になりかけていた。主に精神的ダメージが辛い。
「ほらスティラ。まだ胸とウエストしか終わってないんだから。早く全部脱ぎなさい」
そんな繊細(?)なスティラを一切意に介さずに全部脱げとメジャーを手に告げるミルフィは鬼の所業だったと一部始終を見ていたキッシュは後に語った。
仕立屋だというミルフィは、その腕の確かさを知らしめるべくキッシュ達の服を仕立てると言った。
よかろう腕試しだ、とノリで言った事を後悔する頃にはすでに時遅く、何人かを数日間再起不能にする採寸イベントは実行された。
多大なる精神力を犠牲にして作られた服はたしかに体にフィットしていて、腕の確かさも採寸の大切さも実感したが。
「キッシュ。採寸してから身長が0.2ミリほど増えたかしら。まだまだ成長期ね」
遊びしろをもう少し増やして今度は作ろうかしらね、と針の手入れをするミルフィからは職人らしいオーラが出ている。
最初に言われた時はどうして分かるのか驚いたものだが、一度測れば基礎データが頭に入るから、服の上から見るだけで些細な変化も分かるのだと言う。
だからこその最初の緻密な採寸と言われてしまえば納得するしかない。
というかあの採寸を何度も受けたくはない。
手入れの終わった針を箱にしまい、ポーチに収めたミルフィが思い出したように口を開いた。
「ところでスティラなんだけどね」
「おう」
「あの子また細くなったみたいだけど食べてるの?」
「……昨日も俺と同じくらい食ってたんだが」
「驚くべき燃費の悪さね。女の敵だわ」
とりあえず、遠征で肉でも狩ってこよう。
ミルフィからちょくちょく報告を聞く度に、スティラの燃費の悪さについて考えさせられるのだった。
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仕立て屋です。
リオから依頼を受けたり女の子達に裁縫の手ほどきをしたりと馴染むのは早いけど、本拠地の主要面子のスリーサイズを把握しているある意味トップシークレット情報の持ち主。
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