ほわほわとアルテナは砦の片隅に詰まれた廃材の上で日向ぼっこをしていた。
こんな風に風と光に触れられるのは久々だ。
大陸に飛ばされてから随分と遠ざかっていたそれらとの触れ合いに、ぼんやりとまだ光に慣れきらない目を細める。
同じ故郷から来たヘルもここに滞在しているというけれど、今は大陸の北にある遺跡にいるのだという。
理由を聞けばアルテナを探しに行ったといい、今は呼び戻すために人をやってくれているらしい。
その遺跡はおそらくアルテナが最初に飛んだ場所で、痕跡はいくらか残しているが、完全に擦れ違った形になる。
まだ再会に臨めない同胞を恋しくも思い、ここまで足を運ばせた事を申し訳なくもなった。
柔らかな風が頬を撫でていく。
牢の中では感じられなかった温もりと心地良さは、呼吸をするだけでもこんなにも違う。
すっかりくすんでいた銀の髪は、ここに来てすぐ綺麗に洗ってもらって、風が吹けば毛先がさらわれていく。
所々破れたりしていた服もマーファという女性が綺麗に繕ってくれた。
繕いながら、ヘルについての話も少し聞いて、彼が行き倒れていたところを助けてくれたという彼女には、自分も含めお礼をしなければと思っている。
「ヘルが戻ってきたらお祝いしましょうね。島ではどんな料理を食べるのかしら。こっちの料理も口に合うといいんだけど」
まだ治りきっていない怪我の包帯を替えながら、カロナと名乗った女性は穏やかに微笑んでいた。
大陸へ飛んでから、ずっと冷たいところにいたアルテナにとって、ここはとても温かい。
陽だまりのようで、度重なる苦難に懲り固まっていた心も一緒に解けていくようだ。
「よう、アルテナ」
調子はいいのか、と声をかけてきたのは、アルテナをこの砦へと連れてきて、ヘルの居場所を教えてくれて、呼び戻すための人をやってくれた人物だ。
アルテナは焦点をキッシュの顔に合わせて頷く。
表情のない首肯でも、キッシュは気を悪くした様子もなく笑みを返してくる。
島ではアルテナの無表情について何か言う者はいなかったが、大陸で会う者は大抵表情ひとつ変えなければ声ひとつ出さないアルテナに不快な表情ばかりを向けてきた。
だけど、彼を筆頭にしたこの砦の面々はどうにも違って、アルテナの無表情をとやかく言わない。
食事や風呂や、体調の気遣いまで、喋らないアルテナの意図を汲み取ろうと手を尽くし、かといって気負わせないようにか過干渉はしてこない。
その筆頭がキッシュで、こちらの首の動きや指の示しで察して動いてくれるのはやりやすい。
喉は渇かないかと問うてきたキッシュに軽く首を傾けると、水筒を示されて、アルテナは今度は首を縦に振った。
それを見てキッシュは廃材をよじ登ってアルテナから人一人分離れた位置に座る。
「はいよ。冷たいけどよかったか」
「…………」
差し出されたそれに口をつけて、アルテナは目を瞬かせる。
よく冷えたその飲み物はアルテナにとって馴染み深い香りと味がした。
キッシュを見ると、してやったりとした笑みを口元に浮かべている。
「もしヘルがいない間に見つかったら思って、ヘルが持ってたやつを少し分けてもらってたんだ」
マーファが淹れたからうまく出来てると思うけど、と付け加えてじっとこちらを見てくる視線は、味の評価を求めているようで、アルテナは手元のカップに視線を落とすと、くっと一気にそれを傾けた。
喉を通る冷たさに、少し痛んだ米神を無視して空になったカップをキッシュへと差し伸べる。
「気に入った?」
こくりと頷きその姿勢で待つと、水筒から新しくお茶を注がれる。
薄茶色の、少し甘味の強いお茶はアルテナが大好きなもので、その場だけ島に戻ってこれたような心持に陥った。
この茶葉を持って、探しにきてくれた同胞に早く会いたい。
「早くヘルの奴、戻ってくるといいなぁ」
まるで心を読まれたかのような言葉に瞬いて、こくりと頷く。
頭上からの日差しは温かくて、地面には二人分の影が映っている。
その距離を少しだけ詰めて、アルテナはキッシュに分かるように唇を動かした。
ありがとう。
声なき礼に数秒の後に笑い返したキッシュの顔は、陽気のせいか少し赤く見えたので、冷えたお茶を勧めておいた。
***
アルテナ救出後。
彼女については、シュゼットやジェノワが砦の塀の気をひいている間にエリカ先導のキッシュ達が侵入して救出しました。
ヘルはアレスト達と一緒に北の遺跡に向かっているので不参加。
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