軽やかに琴を爪弾く音が薄い扉を隔てた向こう側で聞こえる。
そこに重なる二重の弦音と透明な歌声に、向こうの部屋にいる心地よさを想像する。
ワンマンな彼女が合わせるのを承諾するとは、かなりの腕前なんだろう。
扉が閉まっているのが惜しい。
弦を弾いているのはリーヤとその友人とかいう……たしかトビアスだったか。
賭博以外にも特技があるとは驚きだと笑えば、なにやら他にも色々と手広いと知る羽目になった。
歌い手の女はルギド=ペソらしく、キッシュの旧知で今回の作戦を決行するにあたり呼び寄せたのだとか。
ほとんど一発合わせにも関わらず、途切れないかすかな音色に耳を傾けていると、紙の擦れる音を一緒に拾った。
少しばかり違和感のあるそれに、心中で溜息を吐く。
やるならば、もっと分かりにくくやってほしい。
向こうの部屋で弦を弾いている男は音ひとつたてずにあと二枚は引き寄せる。
喉の奥で低くごちて、自身に配られたカードを手繰った。
描かれた数字を一瞥すると伏せたまま机上に置き、視線を上げると相手はあからさまににやついた笑みを浮かべていたから、余程いい手札を作ったのだろう。
もう少し顔芸も学べと毒を吐きながらも、表向きは微笑を崩さず小首を傾げてみせる。
軽く机の端を叩けば、もう一枚カードが手元まで滑り込んできた。
再度数字を確認し、更にもう一枚同じ動作を繰り返してから、追加は打ち止めだ。
「もうよろしいのですか?」
「私はこれで」
男に返せば、追加を一枚も求めない男はにやついた笑みのまま頷いた。
ディーラーの合図と同時に翻したカードは双方21。どちらも絵札と1の組み合わせだ。
これで三度連続となる、最高手での引き分けに男の表情が見る間に歪む。
心中で嘲笑いながら、何も知らぬ体で口にする。
「こんなに良い手が続くだなんて珍しい。今宵は幸運の女神が随分と大盤振る舞いですね」
「……そうですな」
どの口が、と言われている気がしたが、こちらとしても同じ事を言いたい。
こちらが気づいているのと同様、向こうもシュゼットのイカサマには当然気づいてはずだが、言ってこないということは、まだ手管は暴かれていないのだろう。
現場を押さえられなければイカサマの立証はできないというのが賭博を嗜む者の慣習だ。
対してこちらはとっくにイカサマの手法を暴いているので、いつでもこの勝負を中断できるのだが、今回の目的は相手の身ぐるみを剥ぐ事ではなく注意を向けておくことだ。
部屋にいる男の部下達も、シュゼットの手法を暴こうと躍起になっているのが分かるので、目的は果たせているようだが、予定している時刻はまだ少し先になる。
背後で控えているナツに視線を向ければ、しれっとした顔で立っているから予定の変更もないようだ。
そろそろ苛立ちが最高潮にきていそうな相手を窺い、今度はイカサマなしに配られたままの手札を開示する。
賭けを投げ出し部屋を出ていかれては困るのだ。
機嫌取りなんて性分ではない。
ストレスばかりが溜まっていくが、扉越しの音色に少しだけ気分を落ち着かせる。
「さぁ、次の勝負をしようではないか」
「そうですね……どうしましょう」
わざとらしく手札を眺めて悩むふりを続けながら、シュゼットは猫を被った笑みを返す。
この鬱憤を晴らす合図を心待ちにして。
それから数度のやりとりを経て、カードを手元に引き寄せたシュゼットは小さく呟いた。
「……きた」
「いい手でも入りましたか」
「ええ。とても」
にっこりと、皮を剥いで見せたのは、カモを見つけた猟師の顔だ。
向こうの部屋からの演奏の音も途切れている。
なだれこんでくる前に全てを終わらせてしまおうかと、手の中のカードをテーブルの上へと置いた。
***
歌っているのはル=パシャ。
演奏はシュゼット、リーヤ、トビアス。
戦闘になってもなんら問題のない安心安定の囮役達です。
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