例の湖の調査に行っている間に、食堂にかわいい子が入ったらしい。
最近やけに昼間から食堂がにぎわっていると思ったらそういう理由かと納得した。
キッシュといえば、昼食はリーヤやリオに交易だのなんだのを詰め込まれながらか、弁当を持って外で食べるかだったから、夕方にはあがってしまうという噂の人物とは長く会えず仕舞いだった。
「かなりかわいい」
「ほんっとお前目ざといよな」
「今回はキッシュが遅いだけだな。だからこれだけ混んでるわけだし」
とっくに知ってると思ってた、とリオに指摘されてしまえばさすがに反論できない。
自分だけ知らないというのも癪だったので、やけに男の人口比率の高い中、キッシュ、スティラ、アシュレ、リオの四人でやってきたはいいものの、久々に人酔いしそうだ。
それなりに広い敷地だから気にしていなかったが、かなり人が増えたんだな、ここ。
「けどなーかわいいけど好みとはちょっと違うんだよな」
「また謎の線引きか? 俺、いまだにスティラが外れた理由わかんねーんだけど」
「お前はなんで俺を引きずり込もうとするかね……?」
「俺だけ除け者にした腹いせ」
「堂々と腹いせ宣言するなっての!」
入り込んでくる感情はまぁ、下心が大多数なものだから、そこまで最悪な気分にならないのが救い……人の下心も気分がいいものではないのでスティラをいじって気を紛らわせながら視線を巡らせる。
人が多い分食堂も繁盛しているようで、ノエルもあちらこちらを奔走して忙しそうだ。
中でマーファらしい姿も見える。宿の方からこちらに手伝いにきているらしい。
ざわ、と気配がさざめき立つ。
「すいませんお待たせしましたっ! お水どうぞ」
キッシュ達のところに水の乗ったお盆を片手に近づいてきた少女に視線が集まっているのを見て、彼女が注目の人物だと容易に察することができた。
濃茶の髪を高い位置でふたつに結い、更に三編みでまとめている。
整った幼い顔立ちの横で、彼女が動く度にゆれるそれらは、料理に入らないようにか背中で白いリボンによってひとつに合わせ止められていた。
このあたりでは見かけない独特の格好は、たっぷりと布を使い、袖口や裾がふわりと膨らんだ水色のワンピースで、裾には白い布がひらひらとついている。服の上についている、白のエプロンにも同様に。
そして頭の上には白い布とレースを使った髪留めが乗っている。
「えーっと、注文いいか?」
「はいっ。、もちろんですっ」
注文をよどみなく聞き取っていく様子から、ここでもずいぶんと働き慣れているようにも見えるが。
「そうだ、キッシュ様、ですよね?」
「お、おう?」
いきなり「様」をつけられたのも、こちらの名前を聞かれたのも突然で、頷くと少女はぱっと顔を輝かせる。
「あたしっ、この間までフォリア様のところにいたんです。カリンっていいますっ。これからお世話になります、よろしくお願いしますねっ」
「え」
更に出てきた友人の名前に驚愕するが、カリンと名乗った少女はにこにこ笑っている。
「そっか……いや、うん。よろしく頼む」
「はいっ! これからもどうぞ当食堂をご贔屓に!」
軽やかに厨房の方へと向かう背を見送っていると、アシュレに肘で小突かれた。
「どーよ」
「たしかにちょっと見ない美少女だな」
そもそも女の子らしい格好をそうそう見ない。
経済状況とか文化の前に、キッシュの周りには男前な女性が多すぎる。
そもそも長い髪に長いスカートをはいている若い女性にル・パシャしかいない時点でもう色々だめだ。
あの十分の一でもミンスとかに可愛らしさがあれば……いや、あんな格好してるミンスを見た瞬間に噴き出して、一発くらうだけだ。
「しかし、これだけ狙ってる奴多いと揉め事起きそうだなぁ……」
憩いの場である食堂で、荒くれごとは御免したい。
ノエルはジラでも親の食堂を手伝っていたから年頃にしては揉め事への対処にも慣れているが、そもそも食堂で揉め事自体はできるだけ避けたい。
食べ物がもったいない。
「そこはほら、大丈夫そうだよ」
リオがつい、と指を向ける。
昼間から酒を飲んでいるよっぱらいからちょっかいをかけられているらしいのが見て取れたが、掴まれそうになった手首をひらりと返して避けると、その手の中に丸いものを落としている……飴玉か?
そのまま笑顔で手を振って次のテーブルへと向かっていく足取りは軽やかで、かわされた男達は笑いながら飴玉を口に放り込んでいる。
「こぼしそうになるグラスもうまく拾うし、ああいう交わし方もかなり上手なのよあの子。はいご注文おまちどうさま」
注文した品を持ってきたノエルが笑いながら言う。
あの容姿と格好だから、最初は給仕として雇うのをさすがのノエル達も渋ったらしい。
「でも、仕事態度はまじめだし動きも申し分ないし。あしらいもうまいから、かえって揉め事は減ったくらい。難点は食堂がむさくるしくなったことかな」
「「違いない」」
ま、商売繁盛が第一よ、と笑っているノエルは将来有望に違いなかった。
***
女の子女の子した子がほしかった。
服装は一言で表現するならメイド服です。
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