「キッシュー!」
本拠地の空に元気な声が響き渡る。
キッシュの名前を呼んだと同時に華麗にスティラの背中にとび蹴りをキめたミンスは、倒れたスティラの背中の上に着地してご満悦そうだ。
「なんでキッシュ呼びながら俺を蹴るかな……?」
「……毎度毎度なんでこれで死なないんだろうなぁ。防御力紙なのに」
「お前も冷静に分析しないでくれる!?」
「ねね、暇ー」
スティラの叫びを無視してミンスは自分の欲望に忠実な意見を述べてくれた。
いや、こっちはそれほど暇じゃない。
しかし、考えてみれば最近色々立て込んでいて、ミンスと顔を合わせても挨拶くらいしかしていなかった気がする。
口にはしないがミンスはどうやらそれが寂しくて不満だったらしい。たぶん口にしたら本人は認めないだろうが。ついでに蹴りか拳が飛んでくるだろうが。
今日の予定を考えて、キッシュは頭を掻いて言った。
「あー……まぁ、今日は特に急ぎの用事とかないし、モンスターでも狩りに行くか?」
「当然キッシュも一緒に行くんだよね?」
「はいはいお供させていただきます」
「……とりあえず俺の上からどいて会話して」
ミンスの下でスティラが呻いた。
キッシュとミンスが行くのにスティラだけ行かなくていいわけがなく、その三人に近くで出会ったリオとルニとアレストをパーティに入れてモンスター狩りへと出発した。
近場のモンスターはキッシュ達の姿を見つけると逃げてしまうので(ちょっとやりすぎたと思わなくもない)、今日は少し足を延ばして石狩場方面へと向かう。
「まだまだこんなもんじゃないって☆」
なぎ倒したモンスターの躯の上、
ミンスの蹴りが空を切り、決め台詞を言う。
「やっぱりミンスがいると楽だなぁ……」
「俺、いる意味あったのか」
「私もちょっとそう思います……」
「元気があっていいんじゃないか」
「ちょーっとありすぎだと思う」
ちょっと遠い目になっているスティラとルニは、さっきからほとんど何もしていない。
前衛組でほとんどなんとかなってしまうから仕方がないのだが、こうも暇だとやるせなさすら感じる。
今日は金策というよりもミンスの暇つぶしの意味合いが強いので、出会うモンスターは拒まず(普段からそうだが)ぶつかっていく。
このあたりに出現するモンスターの種類や手ごたえもすでに把握しているので、さして危なげもない。
「いっくよー!」
現れたモンスターに真っ先の飛び出したのはやはりミンスだった。
繰り出した蹴りは華麗にモンスターの体を捕らえ、重い音とともにモンスターが沈む。
そこにキッシュがとどめの一撃を刺している間に、ミンスは次の獲物目掛けて地面を蹴ってミンスが宙に踊った。
「ミンス格好いい……」
「ルニ、お願い目標にしないで。俺達がディンに殺される」
ミンスの舞踏にも似た戦いに溜息を吐くルニに思わずスティラが突っ込んだ。
その隙を見たのか、モンスターが二匹まとめて二人に照準を合わせる。
「げっ」
「戦闘中に余所見してるからだ!」
リオとキッシュは別のモンスターを相手にしていて援護に回れない。
素早く一匹を倒したアレストが走り寄るが、間に合うか。
スティラの放った弓はモンスターに当たるが、致命傷には至らず突撃するスピードもむしろ増していく。
「二人ともどいてっ!」
ミンスが高く飛び上がってモンスター目掛けて足を突き出す。
その蹴りはモンスターを捕らえ……る間際、モンスターが大きく嘶いて横へ跳躍した。
残されたのは、集中に気を取られていた反応が遅れていたルニだ。
「っ!!」
ミンスの蹴りは一度繰り出すと寸止めできない。
それだけの威力があるという意味でもあるし、それすなわち一般人に当たるととんでもない事になるという意味でもある。
「よけろっ!」
珍しくキッシュが切羽詰った声をあげる。
いつもミンスの蹴りを受けているスティラやキッシュはともかくとして、彼女の全力キックをルニが受けたら骨が折れる。
ガッ
「……ってー」
「…………」
正面からミンスの蹴りを受け止めたアレストが大きく息を吐く。
目を瞑っていたルニが恐る恐る目を開き、その場にへたりこんだ。
その時にはモンスターを倒し終えたリオが駆けつけて、残っていたモンスターを片付けていた。
残りのモンスターがいないことを確認してキッシュはルニに走り寄る。
「大丈夫か!」
「は、はい……」
「ごめんねルニ!」
「ミンスのせいじゃありません。避けるモンスターが悪いんです」
「道理だね」
「アレストは平気だったのか?」
「手が少ししびれたけどな、まぁ大丈夫だ」
「すーげぇ……」
ミンスの蹴り受けてけろっとしてる奴初めて見る、とスティラは感嘆の溜息を吐く。
普段あれだけ蹴られてぴんぴんしているスティラはどうなんだとはこの際突っ込まない。
たぶんミンスが無意識で手加減してくれているんだろう。きっと。
「…………」
「ミンス? どうした?」
「あたしの蹴りを真正面から受け止めて平気だなんて……」
「ショックだった?」
尋ねるリオとは逆に、ミンスの感情を読み取ってしまったキッシュは顔を引き攣らせた。
そういえば昔からミンスは言っていた。
結婚するなら自分の蹴りを真正面から受け止めてくれる人がいいと。
ルギド=ペソですらほとんど無理な彼女の蹴りをそんな風に受け止められる人間なんていないだろと思っていたが、どうやらいたらしい。
これはまたノエルがはしゃぐネタができた。当面アレストに知られずにどう噂を流そうか。
キッシュの脳がフル回転しているとは知らず、アレストはのんきにルニとスティラと話をしていた。
***
アレストはもてる。ただそれが言いたいだけの話。
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