両手に抱えるほどの大きな皮袋を持って、キッシュは研究室(仮)の入り口をノックした。
今日はたしかエルフの里からこっちに戻ってきて、トビアスと一緒にここで研究に勤しんでいるはずだ。
最初はクランが居座り始めた頃に紋章石の研究のために使うと確保した部屋だったのだが、先日仲間入りしたトビアスの要望もあって今は研究室のような形になっている。
世間でいうところのツンデレ(と言うらしいとリーヤに教えられた)なクランだが、トビアスは 例外のようで、顔を合わせる度にあれこれと自ら話しかけては紋章について話しているようだ。
前に近くで聞いていたが、正直半分も分からなかった。

それにしても、エリカといいリーヤといいクランといい、トビアスは癖のある人物に好かれる気がする。
意図的にやっているならぜひご教授願いたい。

「おーい、入るぞ」
おざなりなノックの直後に扉を開けようとしたところで、中から扉が開いてつんのめりそうになる。
「こんにちは、どうされましたか?」
完璧な微笑を浮かべた男に迎え入れられ、少し拍子抜けしてキッシュは荷物を抱え直した。
「エリカまでいるのか」
「いちゃいけませんか」
「いや別にどうでもいい。クランいるか?」
「いるけど。何の用だ」

奥から聞こえて来た声に、キッシュは荷物を持ち上げて見せた。
「これ、選別してもらえないかと思って」
「……また玉石混合だな」
立ち上がり、キッシュの手にある袋の口の開いて中を 覗き込んだクランが大仰に溜息を吐いたが、ここのモットーは「労働せざるもの部屋を持つべからず」なので、断られることはない。
そして、彼は引き受けた仕事はきちんとやってくれるので、鑑定の精度も問題ないだろう。

「武器や防具に使えなさそうなのは好きにしてもらっていいからさ」
「それくらいは当然の権利だ」
いくら一瞬で分かるといってもこの数は面倒なんだと恩着せがましく言うと、クランはどさりと作業台の上に袋を投げ出し、ザラザラと中身をその場に広げる。
どうやらすぐに取りかかってくれるらしい。

「へえ、こりゃまた数があるなー」
当然いたトビアスも近寄ってきて、手を伸ばすと転がっている石の一つを手に取った。
「トビアスも選別できるのか?」
「いやー俺はこっちの才能はまるでゼロだな。魔力があるってことくらいがうすらぼんやり分かるくらいだ」
それでも興味は尽きないのか、いくつかを適当に手にとって指の先で転がす。

「これ、研究に使えねーかなぁ」
「それってこの間聞かせてくれたやつか?」
そうそう」
何やら研究話になりそうな運びに、キッシュはくるりと踵を返そうとする。
前に一度聞いたが分からなさ過ぎて脳が理解を拒否した。そもそもキッシュはそういう類の話は門外漢というか興味がないのだ。

だがしかし、キッシュの逃亡はクランの手によって阻まれた。
「聞いてけよ。すごいんだからなトビアスは」
「…………」
こいつにも説明してやってよとクランに声をかけられたトビアスは、きらきら目を輝かせてキッシュを見ている。
ああこれはいけない。スイッチが入ってる。
「今の俺の研究内容は昔やってた魔力のコントロールの応用も兼ねてんだ。簡単に言うと、他属性同士の魔法を合体させるんじゃなくて、どっちかの力でもう片方をコーティングしてやれないかって話 な。火の力が通らない壁の向こう側に水で包んだ火魔法を撃ち込めば、水の力でくぐりぬけて向こう側まで火を通せるってわけだ」
「……おう」
それの何がどうすごいのかはキッシュにはわからなかったが、すげぇと目を輝かせているクランにしてみればすごい話なのだろう。

「それを紋章銃っていう狭い機構でやっちゃうんだからすごいよ。そもそもあれだけの高密度の魔力を圧縮するだけでもかなりの繊細なコントロールが必要だろ」
「コントロールは昔取った杵柄だなー。俺の魔力がそれほど高いわけじゃない のもある。研究が進んで応用できるようになれば、それぞれの属性のいいとこどりもできるようになるんだけど、そこはまだまだ問題が山積みでな」
「へえ……」
「うまくいけばそのうち水の中に住んだり空を飛んだりできるかもな」
「マジ?」
「けどそれは空気の確保とか問題だろ。そのための道具として……」
「その件なんだけど設計としては前に……」
ごそごそと自分達だけの会話になってしまったクランとトビアスは、もうキッシュの言葉は届くまい。
机の上に投げ出された紋章石達が寂しげだ。

最終的に、そのうち鑑定してもらえれば文句はない。
エルフの結界の研究をして、自分達の研究もして、仕事と趣味の両立ってこういうことをいうのだろうか。
あまり長居していても巻き込まれて脳がオーバーヒートするのが分かっていたので、そっと立ち去ろうとして、今までずっと静かにそこに立っていた影に気がついた。

「……なぁ。エリカ」
「なんでしょう」
「エリカはああいう話についていけるのか? 紋章詳しい?」
「いいえ全然」
即答されて、じゃあ何が楽しくてこんなマニアsの近くにいるのかと聞きかけたが、愚問だと気付いて止めた。
わざわざ止めたのに、エリカは笑顔で説明してくれた。いらねぇ。
「私は楽しそうに研究をしているトビアスを見るのが楽しいだけです♪」
「ああ……うん、わかってた」
予想通りの寒い回答をもらってエリカの黒い瞳を覗き込んでも、彼の考えていることは相変わらずちっとも把握できない。
ただ彼の感情が「楽しい」一本ではないのは分かったので、それ以上突っ込みは入れないことにして、キッシュは足早に研究室を出た。





***
何がしたいのかわからなくなったけど、とりあえずこの3人は研究室。
たまにリーヤもいる。