ひょこりと部屋に顔を出したフォリアはザハとハルヴァを伴っていた。
照れくさそうな表情に、リーヤによる戦術&交易スパルタ特訓の真っ最中だったキッシュは、本来ここにいない顔を見て腰を浮かせる。
同じく生徒役だったスティラがリーヤにフォリアのことを説明しているのと耳に入れながら入口へと数歩寄れば、フォリアもまたザハに促されて中へと入ってきた。

「どうしたんだよフォリア!」
「久しぶり」
「近くに来てたのか? 先に連絡くれてれば迎えに出たのに」
かける声が弾むものになるが致し方ない。

大陸の中央部と南部にそれぞれ拠点を構えているせいで、顔を合わせることは滅多にない。
もともとキッシュが砦を構えるきっかけのひとつにフォリアの存在があって、砦を手に入れてからも何かと援助を受けていた。
最近は少しずつ自給自足が回り始めて、リオの交易も順調で、フォリアに頼り切りの生活からは脱却できたが。
その恩を差し引いても、自ら自警団を立ち上げて周りのために奔走する姿は好ましく見え、憧れている、というのが割合としっくりくるのかもしれない。

後ろから苦笑の気配と紙をまとめる音にキッシュは気にしないふりをしたが、視界に入るフォリアは気になったようだ。
キッシュ越しにスティラとリーヤが地図や紙や算盤を片付けているのに首を傾げる。

「ごめんね、何か話し合い中だった?」
「いや、今日はもう終わり。だよな、リーヤ」
「今日のところはここまでにしといてやるよ」
仕方ねぇな、と如実に滲ませた声音で言うリーヤは、「今度まとめてやるぞ」と暗に含ませている。
返す笑みが引き攣ったが、フォリアがきていると知ったのに、リーヤの講義を集中して受けていられるとも思えなかったので首を縦に振った。

退出するリーヤと、茶を淹れてくると出て行くスティラを見送って、リーヤが座っていた席へとフォリアを促して自分は元の位置に座った。
ザハがフォリアの隣に腰を下ろし、ハルヴァがキッシュの隣で長椅子を少し揺らす。


「で、どうしたんだ?」
「実はちょっとお願いがあって……」
尋ねたキッシュに、フォリアは少し申し訳なさげな気配を漂わせて切り出す。
わざわざこの距離を訪ねてくるくらいだ。何か南の方で問題でも起きたのだろうか。
いつもこちらが助けてもらったばかりなのだし、人手でも物資……はたぶんこちらの方がまだまだ枯渇しているのでそんなに援助はできないが、できることなら力になりたい。
そんな意気込みのキッシュに、フォリアはおずおずと口を開いた。

「遺跡探検、とか興味ないかな」
「探検?」
それってこっちの助力が必要なものなのか。
目を瞬かせるキッシュに、フォリアは何か言いたそうな素振りを見せたものの、話を続ける。
「場所は山脈の終わりを少し東にいった、川の水の溜まり場なんだけどね。そこに、遺跡の入口を見つけたんだ」
「十年少し前に地面が陥没してできたっていうあそこか」
「うん」
「なんでまた、その遺跡を?」
「……ミズレを襲ったモンスターが、どうやらそこを根城にしているみたいでね」
出てきた町の名に少し緊張した。

ミズレを襲ったモンスターが、何を原因にしていたのか。フォリア達は調べていたのだという。
今後ミズレ以外の町をどれだけ襲うか分からない。撃退はできても、その根本を叩かなければいたちごっこがいつまでも続くし、撃退に失敗すれば町が襲われてしまう危険もある。
襲ったモンスターの数はかなり多く、どこかに巣があるのだろうと予測して探っていたらしい。
「いつか、ミズレの人達があの土地に戻るかもしれない、とも思ってね」
その時は安全な場所にしておきたいだろう、というフォリアは、ミズレへの援助を断る時もきっと本意ではなかったのだろう。
そもそも彼らは自警団と名をつけていても、食料の援助とか、そういうのはあくまでも自分達が自由にできる分だけだ。
キナンにはキナンの町長がいて、最も権限があるのは大人だ。

「で、僕らだけでも行こうかと思ったんだけど。せっかくならキッシュ達もどうかなって」
「もちろん行くぜ。マーファ達にもいい報告ができるかもしれないし」
「よかった」
はにかむような笑みを浮かべるフォリアは心底ほっとした様子で、そんなに断りそうだったろうかとキッシュは心中で呻く。
「あ、なら俺も同行したいな。久々にフォリアと出かけるのもいいもんだ」
「僕も行きたい!」
「そうだよなー」
ザハもハルヴァも、フォリアと一緒にいた二人だ。
特にザハは戦闘面で頼りになるし、気の知れた二人が一緒の方がフォリアもやりやすいだろうと頷けば、二人とも嬉しそうに表情を緩ませている。

「ご歓談はもりあがってるかー」
茶器一式を持ってきたスティラに簡単に事の経緯を説明すれば同じように「いいんじゃね」と頷いていた。
少しだけ返答までに時間があったのが気になったが、話題が茶請けのクッキーについてになったので、まぁいいかと後回しにして会話に乗る。
「緑色が綺麗だね」
「そのまま茶としても飲めるらしいんだけどな」
試しに飲んだがかなり独特で苦味がある。
エルフの森だとポピュラーなものらしいが、いかんせん口に慣れていないキッシュ達にはつらく、サヴァが口を尖らせていたのをマーファがあれこれ試行錯誤した結果らしい。
最近居ついた甘味に強い少女の協力もあってのことだというけれど。

そのまましばらく他愛ない話をして、フォリアはザハとハルヴァと共に部屋を出て行った。砦の中を案内してくるらしい。
昔馴染みどうしゆっくりとしてもらおうと残った二人で遺跡に行くメンバーを決めてしまうことにする。

「つってもなー。俺とスティラとザハとハルヴァだから、残り二、三人ってとこだろ。遺跡探索ならジェラが適役だし、サンいるとなんか掘り出しもん見つけられそうだし」
候補を何人か口先に上げながら指を折る。
ザハとジェラが前衛だから、中衛かサポートでもう一人くらいほしいところか。
しかしミンスとアシュレあたりは置いていくと知ったら騒いで面倒そうだ。

「あ、俺行かないから」
人材が豊富で選べない……というのとは何か違う感じに頭を悩ませていると、スティラがさらりと言った言葉に思わずそっちを見た。
「お前こないの?」
さっきの場にいたから、てっきりいつものように同行するものだと思っていた。
聞き返せば、スティラは自分の茶を抱えながら唸って答える。

「このあいだ、クグロからさぁ」
「おう」
「何かあった時のために、お前らの誰かしらは残っておけよって言われた」
「?」
よくわからん、と表情に出ていたのか、スティラは半眼になりながら緑色のクッキーを口に放り込む。
噛み砕いて飲み込んで茶を啜るまでの間、その理由を考えてみたがよく分からぬままで、それを悟ったらしいスティラはクグロから言われたらしい話を説明し始めた。

「一応ここ作ったのって俺達になってるじゃん?」
「そうだな」
「最初は野宿と変わらないくらいの場所だったけど、今は屋根も壁もあるし、それなりに人も集まってたり、店ができてたり、結構にぎわってると思うわけよ」
最近の砦の状態を言われれば素直に同意する。
改めて言葉にされると、随分と変わったものだと思う。

「だから、その分トラブルも起きやすい」
「それってミンスが壁壊したとかアシュレの女癖が悪いとかそういうのか」
「そこはあいつらが自分で責任とってどうにかするとこなんで置いとこうな。俺らが呼ばれるには違いないけど。俺が言ってるのは、店同士のトラブルとか、変な奴が外から入ってきたとか、そういうの」
「……たしかに、ちょいちょいあるな」
露店の場所取りは規則を作ってから多少落ち着いたがそれでも完全にはなくならないし、ミンスがここにきた時のような大規模なものはないにしろならず者の襲来はちょいちょいある。

その度に呼び出されるのは結構面倒で、しかしそのままにはしておけないから場を収めに向かうのだ。
まぁ後者の時は率先して行くが。いいとこ取りしようなんて誰か許すか。

「俺とかザハも呼び出し結構多いって知ってた?」
「まじか」
「まぁ、そういうわけで、さ。そのへんの整備がまだ後手後手に回ってる部分もあるし、ロアンさんからも「もうちょっと色々取り決め作りましょうか」ってこの間やんわり言われたし……」
顔を覆ってさめざめとするスティラに無言で茶を飲み、放置したままだと話が脱線どころか止まるので、足を足で小突いて続きを促す。
「……うん。まぁそれでさ。この間、サヴァの仲間助けるために砦に侵入したりもしたじゃん。あのあと、あの砦は別のところに吸収されたわけだけど。敗残兵の中には俺達に恨み持ってたりするかもしれなくて。顔ほとんど見られてないし俺達がここにいるって 知らないだろうけど、根城探してたらこの砦も目をつけられるかもしれないわけでだな」
「要約すると?」
「何かあった時に全体まとめて指示出せる立場にいる奴を一人は常に残しておけってさ」
「え。それって別にリーヤとか……あー……」
言いかけて、思い当たって頭に手をやる。

いくら頼りになるとはいえ、リーヤはあくまで食客という立場で戦闘には参加しないスタンスを取っている。
何せ元々は北大陸の人間で、かつ国のお偉いさんだった。
ヒーアスとアレストはこの砦を入手する時も手伝ってくれていて古参だけれど北の人間であるのは同様だ。
一応ヒーアスの生まれは西大陸だが、ずっと向こうにいたというし、つるんでいるのがアレストやリーヤが多いから、北大陸の人間だと認識している者も多い。
何より彼らはあくまで「キッシュ達の手伝い」という姿勢を崩さない。
ザハやハルヴァもそうだけれど、それよりも一歩引いている印象だ。

ビスコ達では幼すぎるし、ミンスはそういうのは向いていない。
スティラに進言したクグロにしても、元々キッシュ達が始めた事の責任まで押し付けるのは違うだろう。

キッシュか、スティラか、あるいはザハかハルヴァ。そのあたりに落ち着くのは自然な流れだった。


「というわけで、今回は俺が留守番しとく」
「……なんかすまん」
「楽しんでこいよ。憧れの人と一緒に戦うキッシュの姿が見れないのはものすごく悔しいわけだが」
「てめぇとミンスは連れていかねぇ」
足を蹴ろうとしたらひょいと両足を椅子にあげて回避しやがった。
舌打ちをするとけらけらと笑って、「ついでに俺のかわりに推薦したい子いるんだけどさ」とスティラが挙げてきた名前は、意外なものだった。





***





天候は晴れ。風は時折穏やかな西風が吹くだけで、遺跡探検にはもってこいの日和だった。
フォリアが馬車を用意してくれたおかげで、目的地には随分と早く着いた。砦にも早いところこんな移動手段がほしい。
エルフとのショートカットルートがあるとはいえ、それでも基本の移動手段が徒歩な事に変わりない。
格段に違うぜとリーヤが豪語する、以前キッシュ達を大陸の端まで一瞬で飛ばしてくれた少女は、あれ以来まだ現れていなかった。

「キッシュ、そろそろ戻ってこい」
「……てっきり湖を想像してた」
ザハの苦笑めいた言葉に意識を現実に戻した。

きらきらと太陽光を反射して輝く湖面。そこに映ろう黒い魚影。
そんな光景を想像していたのに、現実は非常だった。
濁った水に澱んだ空気。湖面にはくすんだ緑の藻が漂って、その下で魚が生息しているかさえ怪しい。
漂う香りは少なくとも吸って気持ちのいいものではない。

「どうなってんだこれ……」
「本当は、もっと綺麗な場所だったんだって」
僕らがここに初めて来た時はもうこんなんだったけどね、とフォリアが言う。
数年前まではこの水も川同様、澄んだ水を湛えていたらしい。

「川から水が通ってないのか」
「みたいだね。雨水の貯水場みたいな感じになってるのかな」
このあたりの土壌が柔らかいのか、大雨が降るたびに少しずつ淵が拡大している節があるらしい。
そして、その中で見つけられたのか遺跡の入口なのだとか。

「モンスターがそこを出入りしているって目撃情報があってね。中で巣を作ってるみたいだ」
「そこを叩けばいいってことか」
「この入口自体を塞ぐっていうのも考えたんだけど」
「えーだめだよーもったいなーい!」
「そうだよ何があるかわからないのに!」
フォリアの声にすかさずジェラとサンが反論する。
トレジャーハンターと発掘業にとって、遺跡を塞ぐなんて許されないことらしい。

フォリアもそこは分かっているようで、二人の言葉に苦笑を浮かべて頷いている。
「結構同じようにもったいないって意見あってね。こういう遺跡で紋章石が見つかったりもするし」
そういうわけでモンスターを倒しに行くんだと言われれば納得した。

「とりあえず奥に行けばいいのよねー?」
「どこにモンスターの巣があるかはわからないんだけど、一応は」
「りょーかーい」
指を揃えた右手を自らの額付近に合わせて言うと、ジェラはひとつ石を放り投げて距離を確かめてから、ひらりと遺跡の入口へと飛び込んだ。

入口と言っても、普通の入口ではなく斜面に開いた空洞だ。
大雨で増えた水嵩が戻った際に、周りの土砂を一緒に洗い流したらしい。
土の中から明らかに人工物と思わしき壁が覗いており、そこにぽかりと開いた(おそらく崩された)ものが今のところ唯一の遺跡への入る手段のようだった。
「躊躇ないな」
「俺達も行くぞ」
灰色の長い髪が暗闇へと消えるのを見て、ザハが続く。
「次はアタシー」
物怖じしないのかサンが続き、ハルヴァも慎重に穴の淵に足をかけてから飛び降りた。

「ふふ」
「どうしたフォリア」
「なんだか懐かしくて新鮮でね」
楽しいや、とフォリアが声を弾ませて中に入り、キッシュはちらと残った一人へと視線を向けた。

夜闇では完全に見失いそうな、つま先から髪上まで厚手のロープで覆った姿は、歩く時に裾から見えるブーツや上着もこれまた黒と徹底している。
その素肌を、あるいは顔を誰も一度も見たことがないという影は、キッシュの視線にわずかにローブの位置を上げた。
「フロー、いけるか」
「お気遣い……ありがとう……ございます……」
女性とも少年とも区別がつかない中性的な細い声を返し、フローは重さを感じさせないほど軽やかに中へと入り込む。
砦の跡地で出会ってから、気づけば砦の木陰に佇んでいた彼(彼女?)は誘った時も特に嫌がる素振りもなかった。
すぐ近くに寄っても感情の一切も汲み取れない不思議な相手だ。

「しっかし……なんでスティラは推薦したんだ?」
結局理由が分からなかった疑問を呟いて、キッシュも地面を蹴った。



穴の深さは三メートルほどだったか。
足にくる痺れを軽く振って逃がし、頭上から差し込む光を見上げる。
遺跡の中は灯りひとつなく、歩くにはかなり難儀しそうだ。

「ところどころに紋章石を置いていこう。道しるべにもなる」
「モンスターが出てきたらわかりにくいな」
「そこは音に注意して進めばいいよー。戦闘は私でいーい?」
ジェラを先頭に、二番目に灯りを持ったハルヴァとザハが続く。
真ん中にサンとハルヴァを挟んで、キッシュ、フォリアとフローが殿を持つ。

つるりとした謎の材質であるリロの近くの遺跡に比べ、足元は随分と普通だ。
路はかなり入り組んでいるようで、上下に交差しているところもある。
方向を間違えていなければ、いるのは湖の下だろうか。
凹んだ路には時折干からびた藻だったり魚の骨だったりが転がっていて、もともとはここに水が流れていたのだと推測できた。
「前はここも水路だったんだろうな」
「そうだね、数年くらい前までかなぁ」
「わかんの?」
ハルヴァに尋ねれば、路の底にこびりついている、からからに乾いた藻を示される。
「さすがに何十年も前から乾いてたら、今頃原型ないと思うよ」

なるほどな、と納得しつつ、キッシュは実はさっきから気になっていることがあった。
半歩後ろを歩いているフローが、時々道の途中に何やら紙を貼っている。
「なあ……何してんだ?」
「……おまじない」
何枚目かの札を取り出し、フローはまた一枚を壁に貼る。
それで周りが明るくなるでもない上、貼る感覚もまちまちなので、いまいちフローの行っている事の意味が見出せない。

「目印にもなるしいいんじゃないかな」
時折光を入れた紋章石を道に落としているフォリアは言うが、キッシュはなんとなく別の意味があるように思えてならなかった。
そもそも最初の曲がり角をすぎたあたりで、全員にフローがきょろきょろと周りに視線をやって、キッシュだけに聞こえるような小声で「注意して」と言ってきたのがどうしても気になる。

「キッシュは…………は、聞こえないんだ……」
「フロー?」
「前……はなれて、る」
言われて慌てて数歩分開いた距離をつめた。
時々出てくるモンスターは手強いものでもないが、分断されると面倒だし、不意を突かれれば負傷の確率も高くなる。
結局フローの行動の真意が知れないまま、どんどんと遺跡の奥へと入り込んでいく。
「しっかし、ほんとに巣になってるっぽいな」
「そうだね。この調子でモンスターが多い方へ行けば巣へたどり着けそうだ」
「まっすぐ進めてそうでいい感じだな」
「アタシ的には大問題だけど」
全然何にもないー!とサンは頬を膨らませている。
彼女自慢のダウジングは、入ってからというものぐるぐるとあらぬ方向に動いてばかりだ。
あちこちに埋まっているのかと何箇所か掘ってみても一向に何かが出てくる気配もなく、この遺跡自体が変な磁力でもあるんじゃないかという結論に至っている。

「お、また分岐か」
「次はどっちにいく、ジェラ」
「私の勘だと右なんだけど」
「……まって」
いつものとおりジェラに行き先を決めてもらおうとしたところで、不意にフローが呟きを落とす。
フードが開いた方は、今ジェラが示した右の分岐へと向けられていた。
「左に行く……べき」
「けど一番奥はこっちだよー?」
「……そこから先は……『いる』から……」
「いるって、モンスター?」
ハルヴァの疑問にフローはゆっくりと首を横に振る。
「じゃあ、何がいるの?」
「…………」
フォリアの問いかけにフローが答えようと僅かに空気を震わせ――それを上書きするように、大きな咆哮が空気を揺らした。

「今のは……モンスターか」
「向こうからだね」
聞こえたのは、分岐の左からだった。
目的のモンスターの巣はあの先にあるようだと、全員が足を向ける。
ただ、フローだけがその場から動かない。

「フロー?」
「……先に……行って……ください」
促す声はこちらに向いても、視線は右の暗闇に注がれている。
「分断は危ないよ」
「自分は……平気……。一人減るけど……ごめんなさい……」
援護は減らしてでもここに留まる理由がフローにはあるのだろうか。
尋ねれば、その理由は述べずにフローはただローブを揺らす。
「わかった」
頷いて、キッシュもまた左側の道を走り出す。
キッシュと一緒に残っていたフォリアが心配そうに佇むフローを振り返ったが、大丈夫だと軽く肩を叩いた。

「けど、一人だと危なくないかい」
「いやー……実はさ、気づいたの俺もさっきだったんだけどさ。モンスター、一度もフローのこと狙ってなかったんだよな」
同じ後衛のハルヴァはああも狙われてたのに不思議だよな、と告げればフォリアも戦闘を思い出したのか目を瞬かせた。
どうやら思い当たったらしい。
「……不思議な子だね?」
「俺もよくわかんねー」
何を考えているのか。嘘を吐いているのかいないのか。
キッシュの能力を持ってしても、一切が探れない。
だからキッシュもいまいち距離を掴みかねているのだが、考えてみたらそれが「普通」なのだった。

「お二人さん、あんまりゆっくりしてくと置いてくぞ」
「悪い!」
「今行くよ」
ザハの声に応えて、強くなってきた獣臭さに武器を構えた。





***





「みんな、お疲れさま」
キナンへと帰り道に寄れば、レティが笑顔で出迎えてくれた。
疲れたでしょうと用意してくれた風呂を借りて、こざっぱりした格好で夕食の席に座る。
持って帰ってきた巨大ニワトリの卵は、今夜のキナンの食卓に並んだようだ。

「これでしばらくは大丈夫そうかしら」
「巣は潰したけど、他のモンスターが居つく可能性もあるし、定期的に見回る必要はありそうかな」
「あとはフローのおまじないがどれくらい効くか、だよねー」
「おまじない?」
フォーク片手に言うジェラに、内容を知らないレティが首を傾ける。


――巨大な巣の主であった巨大ニワトリを倒し、せっかくだからと卵を頂戴したキッシュ達が元来た道を戻ると、分岐のところでフローが待っていた。
「おつかれさま……」
細い声での出迎えは少し疲れたように聞こえ、モンスターが襲ってきたのかと思ったが、しかし死骸は見当たらないし、フローのローブにもほつれや汚れは見当たらない。
変わっていた事といえば、右の分岐の先だろうか。

左右の壁に一枚ずつ、それから床に三枚。
フローが遺跡のところどころに貼っていた札が並んでいる。
「……たぶん……気休めだけど……」
これで当分は大丈夫、とフローが言うが、何が大丈夫なのかキッシュ達にはさっぱりだった。

ただ、ジェラだけがあからさまに顔を顰める。
「うっへぇ……これに気づいてなかったのか……」
「どうしたんだ、ジェラ」
「……私、この先行きたくないわー」
「へ?」
「行くなってそういうことねー」
納得納得、と一人何やら頷いているジェラはフローに対して何か大仰に頷いていた。謎だ。

遺跡を出る時にもフローがまた何枚か入口という名の穴の周囲に札を貼っていた。
こちらは「おまじない」であるそうで、壁や分岐のところに貼っていたものと少し違うようだった。

そのことをかいつまんで説明すると、レティは少し考えてから、お祓いのようなものかしら、と口にする。
「たしか、東方の国に、そういうのがあるって聞いたわ。よくないものを取り除いたり、入れないようにする呪いがあるんですって。フローが使ってるのはそういうものの一種なんじゃないかしら」
「そうなのか?」
フローはローブを傾けるだけだった。


「それにしても、ごめんなさいね。今回はフォリアが無理言って」
「いや、俺も楽しかったし」
「よかった。本当は自警団から人を出す予定だったんだけどね。フォリアがどうしてもキッシュと一緒に行きたいって言うものだから」
がしゃん、とキッシュの隣の席で音がした。
横を向けばフォリアがスプーンを器の中に落としてスープを跳ねさせ、わたわたと拭っている。
「ザハやハルヴァが羨ましかったみたいで、いつもいいなぁって零してて」
「ちょ、レティ」
「自分もキッシュと探索とかしたいんだってそれはもう」
いくつになっても子供よねぇと笑うレティに、フォリアは拭うために手に持っていた布を顔に当てて小さく縮こまっている。

ハルヴァが納得したような顔をしていて、ザハは微笑ましげにそれを見ている。
ジェラもサンもあらま、と驚いた顔をしているが笑っていて。フローはどうかわからないが、スープを飲む手を止めてフォリアの方を見ていた。
キッシュはといえば、どういう反応をすればいいのか分からなかったが。

「いや、俺も楽しかったし。フォリアとは一度くらいは一緒に何かやってみたいと思ってたんで、よかった、かな」
「よかったわねフォリア」
「……ソウデスネ」
「ところでお行儀が悪いわよ? 布巾で顔を拭かないの」
「フイテナイヨ」
にこにこと笑うレティと机に突っ伏したフォリアに、二人の力関係を如実に見た気がした。





***
スティラがフローを選んだ理由はきっと深い意味があるのかもしれない。
……フローの出番を作るために推薦してもらったとかそんなメタメタな理由は横置きです。

フォリアと共闘させたいけどこいつら別々の組織にいるから会わせにくいという苦肉の策。