捕らえられていたエルフは十数人。
砦の奥に部屋を用意して、しばらくはそこで静養してもらうことになった。
本当は直接エルフの里へ送り届けることも考えたが、キッシュ達は山脈のどこにエルフの里があるのか知らない。
サヴァに話をつけてもらうにしても、いきなり人間と一緒に行ったらサヴァまで誤解されかねないと、一度本拠地へと連れて戻る事にしたのだ。
「先にエルフの里に使者を立てるべきでしたでしょうか」
「エルフ逃がすのにも、信用してもらうためにサヴァが必要だったからな。行って戻るの待ってる時間はなかったから今回はしゃーねぇ」
「ビッキーさん……すごかったんですね……」
「ルックほしい」
ロアンとリーヤが嘆いていたが、現実他に方法がなかったようなので後手に回ったのは仕方がないらしい。
チェイスには何かと通訳で手助けをしてもらったが。
「ヒトの言葉もちゃあんと喋れるんですから、大丈夫ですよ?」
そう言ったのは一番最後に意識を取り戻したエルフだった。
眠っている間も丁寧に看病してくれていたのはわかったと、彼女は目を覚ますのは一番遅かったけれど、キッシュ達に気を許してくれたのは早かった。
そうだった、ととぼけておいたけれど、裏の目的は一応あった。
エルフ達が不安や不満を密かに溜めていてもチェイスがいればすぐに聞き取れるから残しておけるからという、リーヤのアドバイスに従ったまでだ。
「捕らえてた連中と大差なかったって思われてたら、エルフに印象悪いからな」
「別に俺らの目的はエルフにいい感情持っておいてほしいってわけじゃなかったけど」
「人間は全員敵だって攻められるのはやだろ」
「……おう」
そこまでかよと思ったが、種族間って結構そういうところがあるらしい。
本気でひとつの集団率いるなら頭に入れておけと言われて、軽く叩かれた頭に手をやる。
「いつのまにかそんなポジションかよ……」
「諦めろ諦めろ。ほとんどの奴がお前がここのトップだと思ってんよ」
「うぇ」
けらけら笑って去っていくリーヤはこれ以上の助言はするつもりはないらしい。
エルフは怪我の方は少しずつよくなってきているらしいし、砦も追手がかかった気配はない。
様子を見るためにジラ周辺に残ってくれているザハ達からの連絡だと、あの後ゲバンにいた連中は、近くにあるゴレに吸収されたらしい。
詳しい話は戻ってきてから聞く事になるだろうが、
キッシュ達が作った隙に攻め込まれた形になるので、間接的に勢力争いに関与したことになるのだろうか。
「そういうつもりじゃねーんだけどなぁ」
「一人言は寂しいですよ?」
いきなり声をかけられて、肩が跳ねた。
相変わらず神出鬼没なエリカが、真っ黒な格好で扉にもたれかかっている。
「おや、驚かせちゃいました?」
「いや……」
「ちょっと急ぎでお耳に入れたい情報があったので」
「うん?」
「実は、エルフの結界のことなんですが。あの里、今ちょっと困ったことになってるみたいなんです」
エリカの口から出た言葉に、キッシュは目を丸くした。
聞けば、チェイスを紹介した後、エリカは独自にエルフの事を調べてくれていたらしい。
言われてみればエルフ救出作戦が決まったあたりから姿を見かけていなかった。
「それ、ちゃんと聞いた方がいい話だよな」
「後でキッシュが皆さんに説明してくださればいいだけですよ?」
「んー……できたら皆で聞いておきたい。集めるから少し待ってくれるか」
「わかりました。そろそろ潮時でしたしねぇ」
後半にひっついた言葉の意味がよくわからなかったが、キッシュは人数を集めるために部屋の外に出て適当な人を捕まえることにした。
***
さて。エルフの里の周囲には、普段は結界が張られています。
その一言で始まったエリカの講義はざっくりまとめるとこんな感じだった。
エルフの里は四方に神木が植えられており、それを媒介として大きな結界を張ることで人間の侵入を防いでいる。
本来ならば枯れる前に新たな世代が芽生える神木だが、なんらかの原因で一本が唐突に枯れてしまい、結界のバランスが崩れてしまった。
そのため結界の範囲が狭まり、不用意に結界が途切れた場所へ足を踏み入れてしまったエルフが人間に捕まった事が今回の事件の発端である。
「この間サヴァと行った時はそんな話聞かなかったけどな……」
「エルフにとっては機密だろうしな。初対面の俺達には教えてくれないだろ」
いくら仲間を助けてくれた相手といえど、そこまで教えられるほどの信頼や信用はなかったという事だろう。
当たり前といえば当たり前だ。
「単純に結界の範囲が狭まるだけならいいのですが、全体にも綻びが出てしまうようで、エルフの方達も大変困っていらっしゃいました」
「んー……木が育つのって何十年もかかるんだろ?」
「ええ。新しい木の芽はすでに出ているようですが、育つまでは時間がかかるので。その間はなんとか工夫をして頑張る必要があるそうです」
「そんなに一生懸命隠す必要ってあるの?」
ひっついてきていたフィンが不思議そうに首を傾げる。
微妙そうな顔で返答に困るのがある程度年を重ねた者達で、少し下の年代は、俺もこういうこと思った時期もあったなぁという顔をしていた。
「そうですねぇ。どの国でも少数派は生きにくいものですよ」
言葉をぼかした返答に、フィンは不満顔だ。
頭を押さえて顔の上半分を帽子につっこませる事でフィンを黙らせたところで、違うところから声が入った。
「……で、今そこに誰がいるよ」
いつもとはかけ離れた、地を這うような声でリーヤが言う。
部屋に入ってエリカを見た瞬間から様子がおかしかったが、今に至ってはどす黒いオーラを出てきている。
初対面ではなかったのか。この二人。
「おやおや怖い顔ですねぇ」
「しらばっくれんなエリカ! ぜってーそこにトビアスいんだろ!!」
「トビアスのいるところに私あり、です。そんなことも忘れちゃったんですか?」
「お前が勝手についてってるだけだろー!!」
しれっと告げるエリカにリーヤの眦がつりあがる。
よく分からないがなんか険悪だぞこの二人。
今度は黙らせる手段を取れなくて困惑していると、空気を読まない扉が開いた。
「おいおい。部屋の外まで聞こえてんぞ」
顔を出したアレストが、エリカとそれに掴みかかっているリーヤを見て、あちゃぁという表情をした。
「とうとう出会ったか……」
「お前! 知ってて黙ってたのかよぉぉぉぉぉぉ!!」
俺がどんだけの思いで人探ししてるか知ってたよな、と矛先を向けられてもアレストは視線を逸らすだけだ。
「まぁ、だって、なぁ」
「だって、なんだよ」
「口止めされてたし」
「誰に」
「エリカとロアン」
「ローアーンー!!」
「だって見つけたらリーヤさん帰っちゃうじゃないですか!」
そしたらキッシュさん達の頼れる先が減っちゃいます、とぐっと拳を握って力説するロアンの心遣いはありがたい。
ありがたいけど、ちょっとリーヤが可哀想だ。
ていうか何この修羅場。全部こっちの言語でやってくれるから分かりやすいけどあんまり同席はしていたくない。
「はいはいリーヤもそのへんにな。もうちょい落ち着けー」
ひょい、とアレストに続いて顔を覗かせた知らない顔に、しかしキッシュはこれがトビアスかと直感した。
長いコートに帽子に眼鏡といった出で立ちはこのあたりではあまり見かけない。
この状況でも飄々とした笑みをまったく崩さずに、トビアスは部屋へと入ってきた。
「トビアス!!」
リーヤはエリカから離れたと思えば、がっとトビアスの肩を掴むとがくがくと揺さぶりをかける。
「俺が! どんだけ! 捜したと! 思ってんだー!!!」
「はっはっはっはっは」
「笑いごとじゃねー!! 連絡ひとつよこさねぇまま二年も何やってたんだよー!!」
「いやぁ、楽しくてつい」
「ラウロすっげぇ怒ってんだぜ! 怖いのなんのって!!」
「それはリーヤを捜しに出してるあたりでなんとなくわかる」
ゆさぶるリーヤは涙目で、対するトビアスはまったく悪びれた顔もせずに笑っている。
こちらは北の言語でかわされているが、ロアンが全部実況してくれるから中身は分かった。
……必死だったんだな、リーヤ。
二年も音沙汰のない人物を探しにきてたのか。なるほどそれは大変だ。
「あれ、でも俺、ちゃんと連絡してたぜ?」
「はぁ!? 一度もきてねーし!」
「直接出してはなかったけど、生きてるって連絡だけはよろしくって頼んどいたんだけど」
「誰に」
「私ですよ」
ひらひらと手を振って申告するエリカに、リーヤの顔が再び引き攣る。
「エリカ、俺連絡しといてって言わなかったっけ?」
「あれ、言われましたっけ? でもほら、居場所教えちゃうと怖い人が迎えに来ちゃいますから。あなたも強制送還は嫌だって言ってたじゃないですか」
「そのとばっちり全部俺にくるんだけど!? ていうかトビアスどっかの熊と同じことしないで!!」
ぎゃんぎゃん始めた二人に、修羅場の中心を外れて楽しそうに眺めているエリカへと近づいて肩を指で叩く。
ほっとくとこれ、ずっと続きそうだし。
「それで結局エルフの里、どうなんの」
「ああ、はいはい。それでエルフの里をこのままにしておくのはまずいということで、トビアスが今ちょっと手伝いに入ってるんです」
「で、その手伝いをしてもらえねーかなと」
リーヤに胸ぐらを掴まれたまま、トビアスがへらりと笑ってこちらの会話に入ってきた。
この人もマイペーズだな。
「直す手伝いをしてるのはわかったけど、それを俺達に教えちゃってよかったのか?」
「そこの許可はもらってるぜ。俺達が他の人間に協力を得たいって言ったら、ここの砦の連中ならOKって言われたし」
里に戻ったエルフの子達のおかげだな、とトビアスの笑顔付きの言葉にじわりと嬉しくなった。
「で。そんなに興味深い結界だったわけ?」
「そりゃもう。こっちのエルフは独自の体系持ってて面白いぜー」
リーヤも絶対気に入るって、と水を得た魚のように力説するトビアスに、リーヤも脱力したのか手が解かれた。
「たしかに俺達も、助けたエルフがまた危ない目にあうかもって思うとちょっとなー……」
少しくらいならいいか、と残りのメンバーを見れば、異論はなさそうだった。
「けど、紋章の知識ある奴なんてクランとかしかいないけど、大丈夫なの?」
「基本的に材料集めとかそんなんだから問題ないぜ」
「わかった」
「それじゃよろしく。あと俺の拠点もここにさせてもらっていいか? 宿屋もいい加減飽きてさぁ」
「それは構わないけど」
「トビアス、お前当分帰る気ないだろ……」
「エルフの結界の事以外でも、まだまだこの大陸は研究したいことだらけだからなぁ」
はっはっは、と第2ラウンドに入りそうな二人を見ながら、キッシュはひとつだけ確信している事があった。
これでリーヤも釣れたな。
***
このまま居つく予定。
そしてリーヤが仲間になる(*´∀`)
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