「――つーわけだ」
「大変だったんだね」
エルフにまつわる一連の出来事を話し終えると、フォリアは痛ましげな顔をしながらも、無事に終わった事に少しほっとしているようだった。
「けど、キッシュ達もエルフの人達も無事でよかった」
「フォリアからの助けもあったからな」
人員以外にも、エルフの傷を治すための薬だったり、食料だったりとかなり融通を利かせてもらった。
「スティラもお疲れさま」
「アリガトウ」
侵入するくだりまで仔細に話さなくってもいいじゃねぇかよ……と顔を覆って伏せていたスティラが乾いた声で返す。
あそこは砦攻略で最も重要なところじゃないか。しっかり説明しておかなければならないだろう。
フォリアも笑っていただけあって、かける声は代わらず少し笑いを含んでいる。
それにしても、とフォリアが目を細める。
「キッシュ達はすごいな」
「ん?」
「いつのまにか、そんなにたくさんの人をまとめてる」
「それはフォリアの方だろ?」
基本、いたい奴らが集まって好き勝手しているだけだ。
まとめているつもりはないし、何か呼ばれれば相手はするがそれくらいだ。
……あえてそれらしいことと考えてみるとすれば、砦の修繕費の捻出のために奔走しているくらいか。あと畑仕事。
「つーか、あの砦って支部みたいなもんなんだし。色々援助してくれてるの含めて、一番上はフォリアだろ?」
「いやー……たぶんそっちの人達はそういう認識ないと思うよ。こっちも主張するつもりもないからいいんだけど」
そのうち遊びに行きたいなぁ、とフォリアはお茶を飲みながら呟く。
キナンと砦は往復で一ヶ月くらいかかるので、そうそう空けるわけにもいかないのだろう。
「あら。行ってきてもいいのよ」
「レティ姉さん」
ドアが開いて栗色の髪をゆるく横編みにした女性が入ってきた。
膝の上には赤いひざ掛けと、お代わりらしいポットが乗った盆がある。
「紹介してくれるっていうから待ってたのに、いつまで経っても呼んでくれないんだもの」
「ごめん。つい話に夢中になってて」
「ひどい弟ねぇ」
ころころと笑いながら女性は少し前に進む。
その膝から盆を取って、フォリアはキッシュ達へと顔を向けた。
「ええと、紹介するよキッシュ。彼女はレティ。僕にとって姉みたいな人だよ」
「初めてお会いするわね。なかなかご挨拶できなくてごめんなさい。お話はフォリアからよく聞いてるわ」
実際に見ると想像より格好いいわね、と朗らかに笑う女性の目線はかなり低い。
大きな輪のついた椅子に座って、レティと呼ばれた女性は輪を前進させてキッシュの方へ近づくと、手を差し出した。
「ザハとハルヴァがご迷惑おかけしてないかしら?」
「いや、むしろ助けられてばっかなんで」
「ハルヴァはレティ姉さんが師匠なんだよ」
「師匠?」
「やぁね、そんな大層なものじゃないわ。時間がある時に文字やら雑学を教えただけよ」
手を振ってレティはフォリアへと視線を向ける。
「ところでフォリア。グレーゼが探していたわよ」
「わかった。キッシュ、少し待たせてしまうけど……」
「私がちゃんとおもてなしするから安心しなさい」
「変なこと言ったらだめだからね!」
はいはい、とあしらうレティと、少し迷いながらも部屋を出ていくフォリアに、いつも落ち着いた印象のある彼の意外な一面を見た気がした。
「せっかく来てくれたのに、ばたばたしててごめんなさい」
「いや、突然きたのはこっちだから気にしないでくれ」
「あの子、いつも気にしてるのよ。ザハやハルヴァから手紙も届くのにね……だからかしら」
砦に興味があるみたい、と笑むレティに、キッシュ達は笑うしかない。
「ぼろっちぃ砦だから特に見るものもないんだけどな」
「そんなことないわ。知らせを受けるフォリアも楽しそうだし。こちらこそ、あの子のワガママにつき合わせてしまってごめんなさい」
「ワガママ?」
「自警団なんて、そんなに大きくしてもいいことなんてないのに」
あの子ったら言い出したら聞かないんだから、と頬に手を当てて溜息を吐くレティへ、キッシュは不思議そうに視線を向ける。
「レティさんは……」
「レティでいいわ」
「……レティは、この自警団については否定的なのか?」
「自警団の創設自体は悪くないことだと思うわ。だからこそ、私も手伝ったのだし」
けどね、と彼女は視線を落として溜息を吐く。
「組織は大きくなるほど厄介なものなのよ」
「統率が取れなくなるとか?」
リオの問いかけに、それもあるわね、とレティはゆるく翡翠の瞳を細めて笑みを浮かべるだけだった。
彼女自身の懸念は別のところにあるらしい。
「気にしないで。今のままならまだ大丈夫だとは思うし。最近エルフを助けたんですってね」
「ああ。まぁ」
「あまりそのことは広めない方がいいかもしれないわね」
その言葉にはキッシュも頷く。
エルフを助けた事が広まると、同時に根本的な「エルフの里の結界の弱体化」が漏れる可能性も高くなる。
積極的に広めてもデメリットの方が大きいし、そもそもキッシュ達にしか伝えてはだめだとエルフからも言われているのだと、リーヤやトビアスからも言われていた。
だからフォリアにも、エルフを助けたところまでしか伝えられていない。
エルフ達との約束だから仕方がないとはいえ、色々と助けてもらった身としては少し心苦しくもある。
「まぁ、難しい話は置いておいて。砦の話を聞かせてちょうだいな。フォリアに教えてないようなことがいいわ」
後で自慢するのよ。いつもあの子ばっかりなんだから、とウインクする彼女は、とても自分達より年上には見えなかった。
砦に戻ってレティに頼まれた土産持参でハルヴァにその事を話すと、変わらないなぁ、とハルヴァは眉尻を下げて笑った。
土産は大量のオレンジピールで、何事かと思えばハルヴァの好物らしい。
「レティも元気そうでよかった。よく臥せってるから」
「そうなのか」
「昔はそうでもなかったらしいんだけど」
秘密主義とか言って全然教えてくれないから、とハルヴァは首を傾ける。
「レティは、自警団の相談役でもあるんだよ」
フォリアが自警団を作ろうと言った時に、賛同する若者に待ったをかけたのはレティだった。
自警団を作った後、何にどこまで手を出すのか。指示は誰がどう出すのか。農作業に出る影響は。
「勢いだけで動いちゃいけません、って。それで、最終的にフォリアがまとめて、その指示でザハ兄さん達が小さなグループごとに動くって形になったんだよね」
レティは「自警団を客観的に見る立場が必要だから」と彼女自身が自警団に入る事はなく、自警団の行動に口を挟んだ事もないのだが、フォリアは時折レティに意見を聞きに行っているのは暗黙の了解だったらしい。
「たしかに。聡明そうな印象はあったね」
リオの言葉にハルヴァは頷く。
「けど、怒るとすごい怖いから気をつけて」
「そうなのか」
そういえばカロナも怒ると怖い。穏やかな女性は怒ると怖いものなのだろうか。
「どうせならキッシュ達も少し食べていく? 美味しいんだよ。レティの作ったピール」
「ハルヴァの分がなくならない程度にもらおうか」
冗談交じりで言えば露骨に「しまった」という顔をするから噴出すのを堪えつつ、もう少し頻繁に行き来できるような手段があればなぁ、と思うのだった。
***
もうすぐビッキーがくるからそれまでの辛抱。
そろそろ来てほしい。切実に。
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