「廃墟漁り行くぞー」
この上なくやる気のない声で、しかし目だけは本気なキッシュの声にぱらぱらと集まるのはリロのメンバーだ。

「キッシュ殿、どちらに行かれるのですか?」
しっかり戦闘準備をしているキッシュに、先日仲間になったばかりのイシルが不思議そうに尋ねる。
それに対して、キッシュは廃墟漁りと即答した。
「廃墟といいますと……このあたりにありましたか?」
「この間できたばっかのところがあるじゃん。ゲバンの砦がさ」
キッシュの代わりにスティラが今回の行き先を告げる。
イシルに対してどことなく声が低く抑えられている理由が分かっているキッシュはそっと顔を背けた。
彼が「砦の近くで出会った女性」に一目ぼれしているのは、女性がスティラの女装姿と知っている面々にとっては密かな笑いの種だ。

「何をしにいくんですか?」
「だから漁りだって」
「他の盗賊やら何やらに荒らされる前に、もらえるものもらっとくんだぜー」
「拾うのは早い者勝ちなのよ!」
ビスコとフィンがおそらく意味が分かってないままに言っている内容は、いつもキッシュ達があちこちの廃墟や遺跡に行く時に口にしている言葉だ。

火事場泥棒言うなかれ。
今はもう使う者がいないのなら、利用できるものはありがたくいただくのが世の常だ。

微妙な顔をするイシルに、キッシュは「ああ」と思い至る。
「この間までいたところを廃墟って言われたりするのはやっぱ複雑か」
「いえ、俺もそこまであそこに未練があるほどいたわけではないですし……」

「それとも何か忘れ物してきてる? それこそ早く行かないと、どこの誰かに持っていかれて戻ってこなくなっちゃうよ」
ミンスの言葉にイシルの表情はますます複雑そうになる。
「ま、褒められたことじゃねぇだろうけどさ」
その表情にある感情を読んでキッシュが苦笑すれば、イシルは首を横に振った。

「少し驚いただけですので。よければ俺もご一緒してもいいですか?」
「かまわねぇけど。基本的には早い者勝ちだから、気張れよ」
こういう時のミンスとフィンの嗅覚は恐ろしいものがあるからよ、と言うキッシュの言葉は、砦に到着してから嫌というほど実感することになる。





「ふっふっふーヘソクリげっと!」
「こっち、綺麗な石の入った袋があるわ」
きゃっきゃと女性の声が、今は住む人のいなくなった砦の中に響く。
楽しげに声をあげながらミンスとフィンは硬貨だったり紋章石だったりを見つけていった。
すでに盗賊の類が一度入り込んだのか、引き出しの中などはすっかりなくなっていたけれど、壁の隙間だったりベッドの中だったりと、本当に「へそくり」だっただろうそれらをひょいひょい見つけて行く二人にイシルが唖然としている。

「なんでかあいつら、こういうの得意なんだよなぁ……」
「ミンスはまだ分かるんだけどさ、フィンはなんでだ」
「名探偵にわからないことはないのよ!」
埃の溜まった棚の裏側に頭を突っ込んで皮袋をゲットしたフィンが得意気に胸を張った。
はいはい、と溜息を吐きながらフィンの帽子についた埃の塊を払ってやるキッシュのポケットにもいくらかの戦利品がある。

「しかし、けっこう溜め込んでたんだなー」
「おかげで資金が潤う潤う」
「さすがに隠している物を持って行く時間はなかったでしょうね……」
苦笑しながらイシルが次の部屋への道を先頭に立って示す。
イシルの道案内のおかげで、砦の中でも迷わずに進めるのでありがたい。
しかし、人間がいなくなるとどこから入り込んだのか、すでに小柄なモンスターが姿を見せているからあなどれない。

「これ、ここを使おうと思った時にはモンスターの巣になってんじゃねぇの……?」
「その時は討伐から始めるか」
「モンスターが棲むと荒れますよ」
「……かといって、ここに常駐する奴もそうそういねぇしなぁ」
「半端に人を置くと他の地域から攻め込まれやすくなるってリーヤに言われたしな」

やっぱり討伐再びから始めねぇとだめなのか、と呟きながら、キッシュは急にきた寒さに身震いした。
腕を擦りながらあたりを見回す。
「なんか寒くねぇ?」
「どっか穴でも開いてんじゃねぇの」
「あたしは全然寒くないけど」
「うん」
「…………」
ミンスとフィンが寒くないのはあちこち動いているからだろう、と音にはしなかった。

ちらりと見た、無言のままのイシルの顔色が心なし悪い。
その目がじっと開け放たれたままのドアの向こうを凝視しているのに気付いて視線を辿る。

ごく普通の部屋だった。
蝶番が壊れて開きっぱなしになったドアの奥、黒い塊があった。
それが人だとすぐに判別できたのは、似たような格好をしているチェイスを見慣れていたおかげだ。
頭から足先までをすっぽりと覆うローブは小柄な体躯とは合っていないのか、床に裾がずっているし、顔も口元がギリギリ見える程度だ。

「よう。調子はどうだ?」
「……そこ、そこ」
ここにいるなら似たような目的だろうと片手をあげると細い声が返さる。
分かりにくいがどうやら女の子らしいと、キッシュは周りを見渡すが、他に人影はない。
「もしかして一人か?」
今度はフードが小さく揺れる。
「モンスターもいるし、危ないぜ」
それに、この部屋はやけに寒い。
見た感じどこも壁に穴が開いていたりはしないが……隙間風だろうか。

キッシュの声にフードが反対側に揺れる。
影になった内側は見えないが、視線はどうやらイシルの方に向いているようで、 やっぱり女の子が中身なんだろうなとキッシュは結論付けた。イシルの顔はやはり女性ウケがいい。羨ましい。

「だいじょう……ぶ……ですか」
イシルが怪我をしているでもないのに、フードの人物は気遣う声をかけている。
「……って、ほんとに大丈夫かよ」
先程よりも青白い顔でイシルは視線をさまよわせていた。
額に薄く浮かんでいる汗は暑いからとか動いたからとか、そういう理由からのものではない。

「イシル。大丈夫か?」
「……え、え」
スティラも尋ねるが、イシルは単語を切れ切れに吐き出すだけでまったく会話にならない。
合っていなかった視線は、今は影の立っている後ろ側の壁の一点に固定されていた。
これは本格的に体調が思わしくなさそうだ。

「イシル、少し座って休むか」
「……休むなら……別の……部屋の方がいい……ですよ」
ゆったりとしたローブの先が持ち上がる。
イシルの様子からあまり動かしたくはなかったし、この部屋には休めそうなソファもあるからそこで休ませてやろうかと思ったが、イシルからそれを拒絶する意識を感じ取った。
……何かに怯えている?

視線を追ってもあるのは壁とフードの人影だけだ。
いまいち理解はできないが、本人が強く拒否している場所で休ませようとしても休息にならないだろうから、別の部屋に移動させることにする。
「戻るぞ。ミンス、やばくなったらおぶれよ」
「はいな」
ミンスとスティラがイシルに肩を貸して部屋を出て行く。
一緒に踵を返しかけたキッシュの服の裾が、くいと引かれた。

黒い手袋がローブの先から覗いていて、キッシュの服を掴んでいる。
反対側の手には数枚の紙切れを手にしていた。

「……これで……よく、なる」
「?」
ただの紙に見える。
細長く切られた紙に文字のようなものが書かれているが、あいにくと読めなかった。

「おまもり……全員の」
数えるとたしかに人数分あって、それなりに心配してくれるのかと笑みを返す。
「ありがとう。なんだか悪いな。……もし外に出るんだったら、一休みしてから一緒に行くか?」
「だいじょう……ぶ。道、できたから……」
ふ、とフードの内側が笑った気がした。

本人が大丈夫と言うのだから無理に連れて行く事はないだろう。
思い当たって、ポケットから小さな紋章石がいくらか入った袋をひとつ、ぶかぶかな袖に向けて渡した。
「礼だ。ありがとな」
に、と笑ってスティラとミンスに支えられるようにして歩くイシルへと追いつく。
部屋を出る際に振り向くと、長い袖をふりふりと振って、影は見送ってくれていた。





「イシル、おい大丈夫か?」
「……大丈夫です」
部屋を出てしばらくするとイシルの顔色が戻ってきた。
まだ視線が落ち着かなさそうにきょろきょろと動いているが、会話もはっきりできる。
「しばらくそのへんで休んで」
「いえ。あの……早くここから出ませんか。一度休むと、そこから動けなくなりそうで」
「えー? まだ終わってないのに?」
フィンの声に申し訳なさそうな表情を作るものの、希望を撤回する様子はなさそうだ。

「イシルを背負って移動はきついしな。近くの村まで頑張れるか」
「はい。……キッシュ殿は、というか皆さんは、平気だったんですか?」
「何が?」
「……いえ、なんでもないです」
きょとんとした顔のビスコを見て、イシルはゆるく首を横に振った。

そういえばあの部屋の周辺で感じていた寒さは、今はもう感じなくなっていた。
やっぱりあのあたりに隙間でも開いてたんだろうと、すぐに忘れてしまったけれど。





***
これで本拠地に行くと黒いフードっ子がいます。