「キッシュ殿!」
よく通る声に振り返れば、最近仲間になった小豆色の髪が見えた。
横髪の一部だけが白いのは生まれつきらしいのだが、不思議な色合いだと思う。
本拠地の中でも甲冑を外さないのはさすが元兵士といったところだろうか。
なんでも代々騎士の家系だというから、生まれつきそういう風に教育を受けているのかもしれない。
「甲冑、重くないのか?」
「これを着るのも仕事の一環ですから。身に着けていないと逆に落ち着かなくて」
そう言って苦笑を浮かべる姿は、なるほど格好いいと思う。
彼が仲間になってから、砦の女性は妙に華やいでいる。
エルベ王国で史上最年少で小隊を任されたというイシルは、自分より十歳年下なキッシュに律儀にも敬語を使う。
妙にむず痒く感じるのだが、そう零したらアレストに「慣れだな」と笑われた。
「イシル、もう本拠地には慣れたか?」
「はい。皆さん温かい方ばかりで、色々と教えていただいております」
にっこりと笑ったイシルに、どこからか小さな黄色い声があがる。
やっぱり男って見た目が大事か。
きっと女性の方々が、我先にと水面下での攻防を繰り広げながらイシルに色々教えているのだろう。
まぁ、本人が気にならないのならいいか。
人気があるのはいいことだ、とキッシュは一人納得する。
ゲバンの砦で捕らえられていたのが罪人でもないエルフだと知って、イシルはあの勢力を抜けた。
そんな簡単に抜けられるのかと思ったが、その直後にゴレに攻め込まれてあちらも抜けた連中どころではなかったらしい。
その後人伝いにエルフのことを聞いてここまでやってきた彼らのおかげで、砦の戦力アップがなされて大変喜ばしい事だった。
「で、イシル、俺に何か用だったか?」
「用……と申しますか。キッシュ殿にこのようなことでお手を煩わせるのは申し訳ないと思うのですが」
少し迷う素振りを見せた後、イシルはおずおずと問いを口にした。
「先日、砦で女性を仲間にされてはいないでしょうか……」
「女性?」
「金色の髪の女性なのですが。シャルロ殿に聞いたら、あの後はぐれてしまって、そもそも道中一緒になっただけで血縁ではなかったと……けれどあの時付近にはいたはずなので、もしや別口でここに身を寄せてはいないかと」
「…………」
そこでようやくキッシュはイシルが誰を指し示しているのか理解した。
キッシュにとってその「女性」は女性としてカウントされていなかったので、気付くのが遅れた。
あれか。スティラか。
シャルロも聞かれてさぞや困ったことだろう。どうやらうまくごまかしたようだけれど。
自分の中の何かが余計な事を口にしない方がいいと警鐘を鳴らしだす。
「その「女性」が、どうかしたか?」
「実はあいつは変装した男だ」とは言わずに問い返したキッシュは、イシルの反応を見て自分の判断が正しかった事を知る。
イシルはその端正な顔を赤く染めて、視線を床に落とした。
おい。まさか。
「そ、その……もしいらっしゃるのであれば、一度お会いしたいと思いまして」
「一目ぼれか」
「そ、そのようなっ……! た、ただ一度お話をしてみたいと……」
「…………」
それを一目ぼれっつーんじゃ。
キッシュはその言葉をなんとか飲み込んで、さてどうしたものかと頭をフル回転させる。
「そうだなぁ。俺が知る限りじゃいないなー」
「そうですか……」
明らかに意気消沈したイシルに、キッシュは床に伏して笑い転げたい衝動を押さえ込みながら、慰めの言葉をかける。
いささか棒読みになるきらいはあるが許してくれ。
「俺が知らないだけでここに来てるかもしれないしさ。人の出入りも多いから、縁があったらすぐに会えるって」
「そう……ですね。ありがとうございます」
ぱ、と表情を明るくして、一礼して去っていくイシルを見送ると、キッシュは足早にその場を離れた。
とりあえずこの面白い話を共有してくれる相手を探しにいかなくては。
その後はスティラ本人に話して――しばらくはイシルには真実は秘密にしておこう。
できれば最後まで教えない方が面白……本人の精神的にもいいだろう。
本音を建前で隠して歩くキッシュの足取りは軽かった。
***
リーヤ「さすが天暗星!」
ヒーア「……なるほど、これが天暗星」
リーヤ「容姿端麗・腕も立つ・性格もよし。ただし何かの運がすごぶる悪い!」
ヒーア「……不幸だな」
スティ「この場合一番不幸なのは俺だと思います!」
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