ロールが食堂の入り口まで来た時、中から駆け足で出てくる女の子とぶつかりそうになって、慌てて横にずれて避けた。
女の子がロールの前を横切る時に一瞬涙が見えた気がして、少し気がかりに思いながらも食堂に入れば、ロールの方を向いて苦笑を浮かべているコットとげんなりとしたノエルを見つけ
る。
「コットさん、ノエルさん」
なにやら事情を知っていそうな二人に近づいてロールは声をかける。
口に出さずとも今の今の話なので、二人とも何を聞きたいのか分かってくれたらしい。
コットが自分の隣の椅子を引いて座るように促してきたので、ロールは素直にそこに座った。
ノエルが普段注文を取る時と同じ調子で尋ねてくる。
「ロールちゃん、何飲む?」
「コットさんのなんですか?」
「私? 私のはノエル特製ラテ」
「甘いですか?」
尋ねてから、子供っぽい事を聞いてしまったかとロールは少し赤くなった。
これでは苦いのが飲めないと自分から言っているようなものだ。
けれどコットは笑うでもなく、普通に答えてくれた。
「甘いよ〜」
「じゃあ、同じのがいいです」
「はいはい、ノエル特製ラテひとつね」
私も同じの淹れてこよう、とノエルは中に入ろうとして、ひょこりと顔だけ出した。
「どうせだから私の部屋でお茶しよう。先行って待ってて」
「あーい」
「じゃあ、持っていくのお手伝い……」
「大丈夫。私、これが本業よ?」
「あ」
ノエルが普段大きな料理皿をいくつも抱えて颯爽と歩いている姿を思い出して、余計な心配だったと気付く。
茶化すように笑ったノエルは、「ありがとね」と楽しそうに笑って厨房の奥へと見えなくなった。
コットについて先に入ったノエルの部屋は、ところどころに女の子らしい小物やレースがあったりして、なんというか女の人の部屋という感じがした。
ロールの部屋は父親と一緒なのもあって、もっと素っ気ない感じだ。
さっきの対応といい、二人はロールの密かな憧れだった。
こういうふわふわひらひらしたものが好きで、一番身近な年上であるミンスはそういうのに興味がないのか、あまりそういう物を持っていないから。
憧れているひらひらふわふわに囲まれた部屋で、ロールはどこか落ち着かずに小さく身動ぐ。
視線を彷徨わせ、失礼だと思うのか視線を床に落としてもじもじしているロールを見ていたコットがとうとう噴き出した。
「どしたの? 緊張してる?」
「えっ、あ、そのっ……女の人の部屋入るの、初めてで」
「女の人って……」
「おっまたせ〜。ノエル特製ラテですよー。ついでにお菓子くすねてきちゃった」
上機嫌でノエルがトレイを持ってきて、二人を見て首を傾げる。
「どしたの?」
「いやね、ロールちゃんがノエルの部屋が女の子っぽいから緊張してるんだって」
「あー……私レース柄とか好きでついあちこち飾っちゃうんだよね。だからごちゃごちゃした部屋になっちゃって」
「可愛くて、いいなぁって」
「じゃあ今度作ってみる?」
「作れるんですか!?」
「器用さと根気があればね。その机の上の掛布は自作よ」
自慢気に言いながら、トレイを棚の上に降ろす。
トレイには三人分のマグカップと、プチケーキがお皿の上に三つ乗せられていた。
「ま、本来これはひざかけにしようと思って作り始めたんだけどね……」
「ロールちゃんの前だからって見得張るから」
ロールのきらきらとした眼差しに堪えかねて、ノエルがぺろりと舌を出して白状したのを見てコットが盛大に噴き出した。
それぞれの手にマグカップが持たれて、さて、とノエルが切り出した。
「ロールちゃんはさっきの女の子の話が聞きたいのよね?」
「はい。どうして泣いてたんですか?」
「あれはねー、ノエルが泣かしたのよ」
「ちょっとコット! 人聞きの悪いこと言わないでよ」
にやにやと笑って言ったコットの言葉に、ロールは驚きに目を見張る。
ノエルが誰かをいじめて泣かせるなんて想像できない。
「……あのね、ロールちゃん。私がいじめたわけじゃないからね?」
その考えを読まれていたのか、ノエルが訂正した。
「あの子、私に、キッシュに好きな人がいるのか聞いてきたのよ」
「キッシュさんに、ですか」
「そう。たぶんキッシュのことが好きなんでしょうね」
「で、ノエルは「そんなこと自分で本人に聞きなさいよ」って突っぱねたわけ。冷たいよねー」
「だってそうでしょ? だいたいそれで私が「いる」って答えたら、素直に引き下がるつもりなのかしら」
「キッシュさんの好きな人……ですか」
ふぅふぅとカップの中身を冷ましながら、ロールは考えてみる。
父であるムドがクグロと親しい事もあって、度々リロを訪れていたロールにとって、キッシュは兄のような存在だ。
一緒に遊んでくれるしロールの作ったお話を聞いてくれるし優しいし、ロールもキッシュは大好きだ。
そんなキッシュの好きな人。
ロールの前でキッシュは恋の話というものをした事はなかったし、もしかしたら本当はいるのかもしれないけれど、普段のキッシュを見ている限りは。
「いなさそう……な気がします」
「あ。やっぱり?」
「周りはどうもミンスだって思ってるみたいだけどね」
「それはないってキッシュさんが昔言ってました」
どうしてミンスを好きだと誤解されてあんなに真っ青になって否定するのかは分からなかったけれど。
ロールの言葉に二人もうんうんと納得したように頷いている。
「まぁ、私達から見てもミンスはないってわかるけど。遠くから眺めてる子はそう勘違いするみたいね」
「むしろまだスティラってのがしっくりくるんだけど」
「ああ、好きな子ほど苛めたいっていう」
「なんでですか? スティラさんは男の人ですよ?」
きょとんとして言ったロールに、ノエルとコットはしばし沈黙して、そっとロールの肩に手を置いた。
「そうなんだけどねー」
「もうちょっとしたらロールちゃんにも教えてあげるね」
「……なんだか子ども扱いされてるみたいです」
ぷぅ、と頬を膨らませるロールに二人は更に可愛い可愛いと頭を撫でてくる。
「ええとねぇ……ああ、ほらトビアスさんとエリカさん、いるじゃない?」
「はい」
最近この砦で暮らすようになった人達だ。
話す機会はないけれど、キッシュともよく話しているし、目を引くからその存在は知っている。
「あの二人、恋人同士って知ってる?」
「え、そうなんですか?」
「本人達から直接聞いたことないけど、そんなようなものだってエリカさんが言ってたって聞いたことがあるからたぶんそう」
「そうなんですか……」
確かに二人はいつも一緒にいるし、エリカはトビアスに何かと世話を焼いていて、トビアスもそれを自然に受け入れているように見える。
どこかクグロとカロナの夫婦に似ているところがあるかもしれない、とロールは首を傾けた。
納得したロールに、ノエルはでも、と続ける。
「でもトビアスさんもエリカさんも男でしょ?」
「はい」
「世の中にはそういう恋愛もあるってこと。必ず男の人と女の人が恋愛するってわけじゃないんだよ」
「少数派ではあるけどね」
「……そうなんですか」
新しく知った衝撃的な知識に、ロールはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
そうか、そうなんだ、とロールは心を落ち着けるために湯気の薄くなったラテを一口飲んだ。
じんわりとした温かさが喉の奥へと通っていくと同時に、甘い味が口に広がって、ほう、と息を吐く。
「他にもそういう人、いるんですか?」
「んー? まぁ、いるっちゃいるね。けど本人達も秘密にしたい人が多いから、内緒」
口元に人差し指を当てて微笑むノエルにロールは頷く。
食堂で働いているだけあって、色々な噂を聞いたり見たりするのだろうけれど、それを聞いてしまったら申し訳なくなる。
「まぁ、片思いとかは見てると結構わかるからね」
「コットさんも色々知ってるんですか?」
「うん? まぁ私は人間見るのも仕事の内だからねー」
その人に見合った仕事を割り振るギルドの仕事をしていると、観察眼も身につくらしい。
「……私も、頑張って探してみます」
真剣な顔で言ったロールに、コットもノエルも楽しげに声をあげて笑う。
「じゃあわかったら今度また三人で話そっか」
「恋バナは自分のも他人のも楽しいからね〜」
もちろん言い触らしたりしないのが前提だけどね、と笑う二人に、ロールはなんだか自分も女の子みたいな会話に加われた事が嬉しくて、頑張ろう、と一人微笑んだ。
「あ、あとレース編みも教えてほしいです!」
「……いいけど、私教えられるほど上手じゃないからね?」
***
考えてみたら結構年齢差があった。
ていうかとある誤解がそのままです。ふたつほど。
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