朝というか曙だったが、キッシュは妙な目の冴え方をしてしまって、机に座っていた。
とは言えど仕事をしているわけではなく、文字通り机に座っているだけだ。

響いた軽いノックの音に視線を上げる。
「キッシュ……起きてるか?」
こんな時間にとは思ったが、 ぼそりと響いた声は知っている人のもので、キッシュは躊躇わず許可を出した。
顔を出したリーヤは座っているキッシュを見て申し訳なさそうに表情を崩す。
「悪ぃ……寝てたか?」
「いや、冴えてた」
「…………」
リーヤはそれはそれで、心配そうな顔をするので、こちらとしては肩を竦めて返すしかない。
時折何かを探るような視線を向けられるのは何なのだろうか。

「寝れてねぇの?」
「たまたまだから気にすんな。普段はばっちり快眠してるぜ。なんか話か?」
「う〜ん……まぁ、そのさ」
「素性の話かな、お偉いさん」
以前披露されたフィンの名(迷)推理を思い出して返すと、リーヤはいつものように否定することなく、頷いた。
その反応に、今度はこっちが顔を歪める番になった。

「あ〜……マジ?」
「隠しておくのも問題だって言われたし……なんかあったらまずいし」
悪ぃけど時間もらえっかな、と言われてキッシュは机から飛び降りた。
「俺だけが知っておけばいい話か?」
「まぁ、たぶん。ある程度遠征とかのメンバー考える奴らが知ってればいいくらい。あんまり公にされるのも問題だし」
「ヒーアスとかロアンは知ってる?」
「北大陸からの俺の知り合い連中は知ってるよ」
ふむ、と顎に手を当てて考える。
あえて正体を明かしてくる理由が見えなかったが、どうやら聞いておかないことも問題らしいので、聞かないという選択肢はない。
だが、キッシュも重くなりそうな話を一人で聞かされるつもりはない。
あとこのシチュエーションだとスティラを起こした方が面白そうだと、憎たらしくも部屋の隅で転がって熟睡している幼馴染を蹴り起こした。

「おい、起きろ」
「……さいっあくの目覚めだな、おい」
寝起き故に降りたままの髪の下の眉間に盛大な皺を作ってスティラが起き上がる。
しばらく唸りながら、視界にリーヤを見つけると目を瞬かせた。
「なんかあったの?」
「今からあるらしい」
ふぅん、と呻きなのか呟きなのか分からない声を漏らしながら、のそのそと上着を羽織るのを見てから改めてリーヤに視線を向ける。
「いいぜー」
「ん」
それじゃお邪魔するな、と室内に入ってきたリーヤの後ろに、もうひとつ小柄な影が。
「なんでロアンさん!?」
ぎゃぁ、と一気にテンションのあがったスティラの脇腹に一発入れて大人しくさせて、キッシュは腕を組んだ。
「始めてくれ」

「ん……まず、約束してもらわねーといけねーんだけど」
「他言無用ってことだろ」
そのとーり、と頷いてリーヤは頭をかいた。
「何から始めっかな……」
「まず自己紹介だと思います、正式な」
ロアンがさくっと横から促し、リーヤは渋い顔をしてから背筋を正すと一礼した。

「……リーヤ。ラナイ王国、近衛隊隊長兼首都軍総長を務めている。……でだいたいわかった?」
「え? そうちょう?」
間抜けな声を出したスティラに、リーヤは困った顔で笑う。
「説明すっとなげーんだけど。とりあえず俺はとある国の軍部最高責任者ってワケ。……自分で言うのなんや嫌だなこれ」
「いやいやいやいや、いきなり何言い出すのさリーヤ」
スティラがハハハと気の抜けた声で笑っている横で、キッシュは頷く。

「荒唐無稽だけど俺達に嘘を吐くメリットもないしその気配もないから信じよう」
「うへぇ……!?」
「そしたらやけに強い理由もわかるし、戦闘に参加したくないっていう理由も納得できるだろ。ただ本当だとすれば、総長様がわざわざ別大陸に来た理由が気になるけどな」
「あ、そーじゃん! そんなお偉いさんがほいほい他国、しかも別の大陸になんてさあ」
「ええ、本来ならリーヤさんのお仕事は陛下および王佐の護衛および首都軍の統括。せいぜいが国内の見回り。百歩譲って外交までです」
ロアンがすらすら述べた仕事内容に、リーヤはだんだん表情が暗くなる。
「そーだよ……っつーかその上雑用積まれて手いっぱいっつーのに……」
「トビアスを探してたんだよな……そんなお偉いさんが探しにくるって、トビアスって……まさか国王とか言わないよな?」

リーヤはトビアスを探しに西大陸まで来たと言っていた。
実際トビアスを見つけてからはふらふらどこかへ行かないし、そもそも トビアスに同行してエルフの森の結界を調べに行ったりしているし。
顔色を悪くする二人に、それはない、と断ってからリーヤは迷う素振りを見せる。
「トビアスは……トビアスはなー」
「トビアスさんは現在はラナイ王国の魔法隊特別顧問ですが、近々外務大臣への就任が決まっています」
リーヤの代わりにロアンがすぱっと言ってくれた。
そりゃもうすぱっと。
「「…………」」
ものすごく言い表しがたい表情になっているリーヤと、全く何にも動じていないロアンを交互に見やる。
――どうやら嘘はないらしい。マジか。

「国王じゃないなら、まだマシ……なのか?」
「それでも国のお偉い方がこんなボロ砦に二人っておかしいだろ普通」
「なぁ、今までは諸事情でおおっぴらにトビアスを起用出来なかったんだけどさ。いざできるって段階になっても戻ってこねーもんだから、宰相が業を煮やして俺に連れ帰ってこいって命令したんだよ……単身で西大陸で人探し できるのって俺 くらいしかいなかったし」
そんな理由で別大陸にまで派遣されるのか。北大陸の国事情がわかんねぇ。

「そんなわけでリーヤさんは正体を隠してトビアスさんを探してたってわけです。見つかってよかったですね」
「ロアン……お前がここにいることも成り行き上報告したけど、それは痛み分けってことにしてくれな……」
憂鬱と顔にでかでかと書いてあるリーヤがため息交じりに言うと、大丈夫ですとロアンはにっこり笑った。
「私はお母さんが話を通しに行ってくれたと思うんで☆」
「うらやましい……」
あいつ怒るとこえーんだもん、と虚ろな目で呟いたリーヤは、改めてキッシュに視線を戻してそういうわけで、と話を続けた。

「俺やトビアスは立場上、万が一とかあったらまずいんだよな」
暗にされる要求には首を縦に振るしかない。
というか、知らずにばかすかこき使うところだった。恐ろしい。

「まぁ、基本これまでと同じスタンスで頼むわ。あとこの話は内密にな」
言葉を重ねての締めくくりに二人そろって頷いてから、気になった事をひとつ聞いてみた。

「けど、ほんとに今言う必要あったのか? 前みたいに逃げ回ってるなりしてればよかったのに」
「トビアスが、言っておけって。……これから国交を持つ可能性があるんだからフェアにしとけとか言う割にトビアスいねーし……やりたがらなくて自身は逃げ回ってるくせに外交は聡いんだよな……」
ぼそぼそと呟かれた後半は生憎と聞こえなかった。

「ええと、リーヤとトビアスの他にはいない……よな?」
「ああ。あとはそのへんの傭兵と同じだからこき使っていいぜ」
暗にヒーアスやアレストは問題ないよなという スティラの確認を肯定したリーヤに、そうかとキッシュは心に決めた。
リーヤとトビアスの分まで、他の奴らに働いていてもらおうと。
知っていて黙っていた罪は重い。いや、教えられても困ったけど。





***
リーヤとトビアス出世街道まっしぐら……しぐら?
宰相はもちろん銀髪のあの人。