その日のロアンはとてもご機嫌だった。
元々誰に対しても温和な態度を見せるロアンだったけれど、朝から誰が話しかけても何時にも増してにこにことしている。
明らかに「幸せ」というオーラを振りまいている彼女に、スティラは昼食時に尋ねてみる事にした。
彼女をそこまで幸せにできるものってなんなのだろうと、彼女に恋する者としては到底ほったらかしにできる問題ではなかったようだ。
食堂でロアンが食事をしているのを見かけたとキッシュから聞いてスティラが急いで食堂へ入ると、ロアンの姿はすぐに見つける事ができた。
決して黒髪は少なくないけれど、ロアンだけはどれだけ遠くからでもはっきりと判別できる。
「お前人の顔覚えるの苦手なくせにな……」とキッシュが呆れた顔で以前ぼやいていたが、分かるものは分かるのだ。
「ロアンさん、ご一緒しても?」
「はい、どうぞ」
にっこりと笑みを向けられて、それだけでスティラの気持ちは華やぐ。
しかも今日は普段の三割……それ以上だ。
手狭でいつもすぐに満席になってしまう食堂の窮屈さに今日ばかりは感謝しながら(相席をお願いしても不審に思われない)スティラはロアンの正面に座る。
適当に料理を注文して、先に渡された水で唇を湿らせながら、スティラはどう切り出そうかと考えた。
できるだけ自然に、そして単刀直入にだ。
普段回る舌がこういう時に役に立たないのを恨めしく思いながら、ようやっとスティラが「あの」と言い出しかけたところで、非常にタイミング悪くロアンが誰かを見つけて腰を浮かせた。
「リーヤさん!」
「ん? ロアン?」
「…………」
食堂の入り口にいたリーヤは、ロアンの声に気付いて二人のいる席へと歩いてくる。
あからさまに目つきを険しくするスティラを一切気にしたそぶりもなく、リーヤは促されるままロアンの隣に座った。
(なんでそんなあっさりロアンさんの隣に!)
ぎりぎりと歯噛みしているスティラに料理を運んできたノエルが苦笑しながら肩を叩いていった。
「で、どうしたロアン? なんか俺に用?」
「あのですね、聞いてください!」
きらきらした笑顔でロアンはリーヤの袖を引く。
どうやら話がしたくて呼んだらしいが、自分じゃだめだったのだろうかとスティラはどんよりと暗雲を背負う。
ああそんな満面の笑みを向けられるなんてうらやましいいっそねたましい。
「手紙がきたんです!」
「手紙?」
「はい! ギラムさんから!」
ギラム。スティラの知らない名前だ。
どうやらロアンが今日ご機嫌だったのは、その「ギラムさん」からの手紙が理由だったらしい。
わざわざリーヤに報告したということはリーヤは誰か知っているのだろう。
せめてリーヤの表情からギラムがどんな人物か知ろうと思ったスティラは、明らかに顔を引きつらせているリーヤを見て「あれ」と目を瞬かせた。
「……ギラム」
「はい!」
「ロアン……まだギラムと連絡取ってたのか」
「ずっとお手紙のやりとりはしていたんです。最後にお会いしたのはここにくる前で、もう一年くらい経っちゃいますけど」
ほら、とロアンは懐から大事そうに手紙を取り出した。
薄い桃色の封筒は可愛らしいもので、それが「ギラムさん」から送られた手紙なのだろう。
「この髪飾りも、ギラムさんが一緒に送ってくれたんですよ」
「ああ、今日はいつもと違うなって思ってたんです。とてもよく似合ってますよね!」
ここぞとばかりに褒めると、ロアンはうれしそうに頬を染めて微笑んだ。ああかわいい。
「ギラムさんの手作りなんですよ、すごいですよね」
「へぇ、手作りなんですか」
相槌を打ちながら、スティラは内心かなりほっとしていた。
名前を聞いた時は新しいライバル登場かと思ったが、封筒といい手作りの髪飾りといい、相手は女性のようだ。
「ギラム」というからてっきり男性かと勘違いしてしまった。
早合点してしまった。そうだ、男性らしい名前を持つ女性だってたくさんいるし、もしかしたら名前の一部だったりファミリーネームかもしれないじゃないか。
話題の切り口が見つかったとばかりにスティラは尋ねた。
「ギラムさんってどんな方なんですか?」
「とても素敵な方なんですよ。強くて、芯のある方で、でもとても優しい方なんです」
「ロアンさんはギラムさんのことがお好きなんですね」
「あ、憧れてるだけです」
頬を染めてロアンは照れたように笑う。ああ、そんな笑みも可愛らしい。
けれどその反応はまるで恋する乙女のようで、よほどロアンは「ギラムさん」に憧れているらしい。
とても楽しそうに話すロアンの様子に、スティラは「ギラムさん」について色々と聞いてしまう。
聞けば聞くほど「ギラムさん」は女性らしい方のようで、なるほど、そんな人から久しぶりに手紙が届いたら嬉しくもなるだろう。
「俺も一度お会いしてみたいなぁ」
きっと彼女からもロアンのことを色々と聞けるかもしれない、と多少の下心込みで言ってみたら、ロアンは顔を輝かせて言った。
「それなんですけど、久しぶりに会いたいねってお手紙にあったんです。
けど、遠いし、私ここでお世話になってる身でしょう? 軽々しく来てくださいっていうのもなと思って」
「むしろお世話になってるのは俺達の方ですし! ロアンさんの大切なご友人なら歓迎ですよこんなボロ砦でよければ!」
「そうですか? それじゃあ、私、ぜひ来てくださいって書いちゃいますね。大陸が違うから本当にきてもらえるかはわからないですけど」
「その時にはぜひ、紹介してくださいね」
「もちろんです」
それでロアンさんの笑顔が見られるなら、と心の中で付け足して頷くと、ロアンは嬉しそうにしながら早速とばかりに席を立った。
すぐにでも手紙の返事を書きたいのだろう。
うきうきと去っていくロアンを幸せそうに見送って、スティラは二人がギラムについて話している間、一言も言葉を発しなかったリーヤを胡乱げに見た。
途中で運ばれてきた料理を無口でずっと食べていたが、その様子はまるで逃避のようだった。
「あんた、そんなにギラムさんが来るのが嫌なのか?」
「嫌っつーか……まだ続いてたのかっていうか……」
「心狭いなぁ」
リーヤは盛大に溜息を吐くと、どこか遠くを見つめながらぽつりと漏らした。
「当時聞いた時には俺もラウロも心臓止まるかと思ったけどな……一過性であると信じてたんだけどなー……ロアンって昔から頑固だったもんなぁ……」
「そんな昔からの知り合いなの?」
「ロアンが生まれる前から知ってんぜ。ロアンの叔父と腐れ縁で親友なの俺」
「そうだったのか……」
だからあんなに仲がよさそうだったのか。
真実を知ってスティラは一気に脱力した。
こんなことならもっと早く二人の関係について聞いておくんだった。
「あれ……じゃあ、なんでギラムさんとロアンさんが仲良くするのを嫌がるんだ?」
「だから嫌がってるわけじゃねーんだって……」
あんなに嬉しそうだったのに、と顔を顰めると、リーヤは言葉を濁す。
「話してるロアン見て、どう思った?」
「え、すごくかわいかった」
「嬉しそうだったよな?」
「そりゃあ憧れの人から手紙きたら嬉しいだろ? しかもプレゼントつき」
「……お前、ギラムをどんな人間だと思ってる?」
いきなり聞かれて、スティラはロアンから聞かされた事を思い返しながら指折り数える。
「ええと……強くて、優しくて、格好よくて、料理裁縫なんでもできて……女性の鏡だよな?」
「……そうだな」
妙にひっかかる沈黙の後に、リーヤは急ににやりと性質の悪い笑みを浮かべて立ち上がった。
「ひとつだけアドバイスしといてやるよ」
「お前にとって最大のライバルは、俺じゃなくてギラムとロアンの母親だ」
一言残して去っていくリーヤの言葉の意味が分からずスティラは首を傾げる。
そんな彼に現実が訪れるまであと○日。
***
気遣い、礼儀など女性面に加え力強さや漢前っぷりとその包容力に惹かれました byロアン
ラウロ「……見る目があるのかないのか……」
アズミ「私はあったのに」
リーヤ「ラウロはねーもんなー(^▽^)」
ラウロ「ソレは男選びかそれとも女選びか?(据わった目」
アズミ「両方でしょ」
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