集団がでかくなると、どこからともなく書類仕事なんてものが沸いてくる。
ギルドの本部とのやりとりとか、他の村との連絡とか。
そんなの全部口頭でいいと思うのだが、そうもいかないのが集団行動というものらしく、キッシュの最近の仕事はもっぱら書類との格闘だった。
読み書きができるようになって本が読めるのはなかなか楽しいと思うが、あくまでも興味のある範囲内での話であって、興味の持てないかったい文章の書類を日がな眺めて過ごすのはストレスが溜まる。
クグロの手伝いをして農作業してる方が万倍楽しい。

というわけで今日も仕事をスティラに押し付けるべく、キッシュはスティラを捜し求めて本拠地内を探索中だった。
最近キッシュの行動パターンを一丁前に読むのか、このくらいの時間になるとスティラもなかなか見つからない。

やや苛々しながら建物の顔を曲がると、年少組が集まって何やらひそひそと話をしているのを見つけた。
内緒話だろうかと後ろから近づいてみると、それに混ざって金色のオールバックが見えて、キッシュはにやりと口端を吊り上げ、 気配を絶ってそろそろと近づく。
話の中心に花が見えて、その話の内容になんとなく予想がついた。
近づくにつれて漏れ聞こえてくる声はその予想を裏付けてくれている。

「それで、その子は立ち止まったの。それでも足音は止まらない。ひた、ひた、ひたって、少しずつ、少しずつ聞こえてくるの。その子は息を呑んで、ゆっくりと視線を下に落とした。地面にはその子の影と、もうひとつ、影があった。けど、本当ならその影は見えちゃいけない影だった。だってその子は夕日に走っていたのに、その子の影は後ろに伸びているのに。そこでその子は気付いたの。足音が止まっているって。震えながらその子は顔をあげた。影はその子の前から伸びていた。いつのまにか、足音はその子を追い越していたの。そして顔をあげたその子の目に映ったのは――」

「映ったのは?」
「きゃー!!」
「わー!!」
「いやーー!? ってぎゃーーーーーー!?!?」
がしっとスティラの肩を鷲掴みにして声をかけたキッシュに、不意を疲れた年少組は盛大な悲鳴をあげてくれた。
実際に肩を捕まれたスティラは心臓が止まるかといわんばかりの形相だったが、それがキッシュだったと分かるとまた悲鳴を上げた。失礼な。
「はーいスティラ君つーかまえたーっと」
「いやー!?」
「あ、キッシュさんだ」
「ようロール。楽しんでたとこ悪いな」
「ううん、ちょうどいいオチをありがとう。スティラさん借りちゃっててごめんなさい」
「いえいえどういたしまして。どうせこいつが勝手にまぎれてただけだろうからこっちこそ悪かったな」
「スティラさん、よく驚いてくれるから嬉しいの」
にっこりと笑う少女の頭の上で花の飾りが揺れる。

肩までのふわふわ薄茶の髪に花飾りのついたカチューシャ。
白いエプロンドレスに同じく桃色のワンピースなんて、どこかのお嬢様みたいな格好だ。
そんな人畜無害そうな表情と格好で口にするのが大人でも背筋を凍らせるようなえげつない怪談を話すのだがら、人間ギャップって恐ろしい。
今の話は子供向けにある程度抑えていたらしいけれど、一度夜に大人相手に話しているのを聞いてさすがのキッシュもちょっと引いた。
それでもロールの話を聞きたがる奴らが大勢いるっていうんだから、怪談はよくも悪くも人の興味をそそるものなんだろう。

「本当は冒険談でも童話でも歴史ものでもなんでもOKなんだけど、怪談が一番ウケがいいのよねー」というのはロールの言で、実際に彼女はなんでも話す。
ネタは父親と一緒に行商をする中で見聞きしたものが多いというが、それをアレンジしてほとんど創作だっていうんだから将来は凄い作家になるんじゃないだろうか。
もちろん、読み聞かせがうまいというのもあるんだろうが。

「ロールちゃん、もっと話してよー」
「なんだよフィン、怖がってたくせに」
「ビスコだって膝が笑ってるじゃないー」
「んなことねーよ!」
「僕、今度は冒険談がいいなぁ。前に話してくれた南の島の女王様と海賊の話」
「あ、それいいー」
「なんだよころころ変えやがって」
「いいじゃないなんだって!」
「じゃあいくよー」
ビスコとフィンにシャルロを加えるといい中和剤になると今日もしみじみ納得しつつ、キッシュはスティラを引きずってその場を離れた。


「それじゃあスティラ、年長は年長らしく仕事しようなー」
「それお前の書類仕事だよね!?」
「俺まだ読み書きが不慣れでねー」
「その言い訳は数ヶ月くらい遅いと思う!!」
「つべこべ言わず仕事しろ」






***
ロールとノエルとコットと合わせてインフォメトリオと呼ばれたり。
誰かに聞かれたら全員に知れ渡ると思えが暗黙の了解。
彼女の話すどっかの英雄様とかの話では、作り話のはずが結構的を射たりしているものがあったりなかったり。