ナツの手引きでシャシャで会ったのは、いわゆる
パトロンだった。
協力をなんとか取り付けることができて、資金面はこれで随分と上向いた。
これでゲバンの砦に捕まっているエルフ達を助けに行く下準備はある程度整ったが、どうやって助けに行くかを全然考えていなかった。
一番肝心なところだったが、現実を直視したくなくて後回しにしていたことは認めよう。
当たり前だが、同じ要塞でも自分達が使っている要塞と向こうの要塞では色々違う。
こちらはぼろぼろの蔦まみれの穴だらけをなんとか修繕して人が使える程度のものにしただけの、砦の前に“元”をつけなければいけないような代物だ。
対してあちらは現役の砦だ。十二年前の内紛時には、いくつもの戦線を切り抜けたとも言われている。
穴だって開いてないし、蔦も這ってないし、兵士だっている。
……それが本来の砦の姿だと思うと言われて現実を見ると、現状が違いすぎて涙が出そうだ。
そんな相手に喧嘩をふっかけようとしているのだから、無謀もいいところだ。自覚はしている。
だがやると決めたのだから、撤回するのも嫌だ。
とにかく現実を嘆いていても始まらないので、頭を使えそうな面子を集めて作戦会議を開いてみた。
ハルヴァやザハもフォリアに話はすでに通してくれていて、キナンの方からもいくらか人をよこしてくれるらしい。
今度フォリアにかしこまって礼を言いに行く必要がありそうだ。
「真っ向からいったら無茶だよな……」
「速攻で捕まって、下手すりゃその場でコレものだと思うぜ」
リーヤが首をとんとんと水平に手で叩いてみせる。
人探しから戻ってきて初めてリオを見た時は顔を青くして何か呟いていたが、リオの自己紹介を聞いてからは心穏やかな表情をしている。あれはいったいなんだったのか。
その仕草に「だよなぁ」とキッシュは腕を組んだ。
「つーか、なんで俺までここにいるの?」
「いや、こういう時に便利だって聞いて」
「誰に!?」
「え、いろんな奴」
この期に及んで往生際が悪い。
この会議への出席を相当渋られたが、ロアンに引きずってきてもらった。
リーヤの疑問に答えつつ、視線はアレストとヒーアスに向ける。
それだけで情報源を察したのか、リーヤは睨む先をキッシュから二人へと変更した。
まぁ、実際のところはロアンから聞いたのだが、この場に連れてきてもらった恩は忘れてはいけない。今後も世話になる可能性もあるわけだし。
アレストとヒーアスを生贄にリーヤを(こちらに対して)静かにさせたところで、残った面子で机の上を凝視する。
「で、どうするか」
「砦の見取り図がおおまかでもあるのはありがたいけどな……」
幸いにも、ロクムがゲバンの砦の内部を把握していた。
作った当時、そのメンバーに加わっていたらしい。
若い頃、他の職人の技術を盗むためにあれこれと覚えていたのがまさか役に立つとはと白髭を揺らして豪快に笑っていた。
さすがにどの階に何があるかまでは分からないが、おおよその階数や、牢屋を置けるとしたらどこらへんかといった構造上の点でアドバイスはいくつかもらえたのはありがたい。
「本当は、詳しい中が分かったほうがいいんだけどな。無理だよなー」
「そんな便利な奴いないって」
だよなぁ、とそれ以上高望みするのはやめて、作戦を考える事にする。
とはいえ今までこんな事をやった経験などないのでそうそう思い浮かぶはずもない。
三人寄れば文殊の知恵と言うが、何人集まろうと何も浮かばない時は浮かばないのがやはり現実で、おおまかな砦の地図を囲んで十人近い人数が無言のまま時間は過ぎていく。
十分ほどいたたまれない沈黙を味わったところで、少し離れた位置からその様子を眺めていたロアンが顎に指を添えて小首を傾げた。
「んー……セオリーだと、誰かが陽動を担当して、その間に本隊が侵入するんですが、どうでしょう」
「……ロアン」
「ちゃんと勉強してないのにいきなり砦攻めはつらいですよ」
小声でたしなめるように名前を呼んだリーヤにロアンが唇を小さく尖らせて抗議している。
それを受けて腕を組んだリーヤが溜息を吐いて、ロアンの言葉を継いだ。
「陽動と本隊の他には、撤退時の目くらまし担当な。エルフが動けない事を考えると、抱えて脱出できるように馬車とかの用意もしておけ」
「陽動と、救出部隊と、撤退組か……」
「それぞれある程度の人数必要じゃない? そんなに戦闘に長けた連中いねぇよ?」
今回の作戦に参加してくれる有志の名前の一覧を見てスティラとハルヴァが難しい顔をする。
「武力は本隊中心でいいんだよ。陽動と撤退は、むしろ機動力と持久力だ」
「陽動はあくまで注意をひきつけるのが目的ですし、撤退は本隊が逃げるまで時間を稼げればいいわけですから、相手を必ず倒す必要はないんですよ。……ですよね?」
「まぁな。戦争すんなら別だけど、今回はちげーだろ」
リーヤに確認されてキッシュは頷く。
可能ならばこちらが何者なのかを知られずに終わらせたいとも思っている。
自分たちの仕業とバレて襲撃されたら、確実に負けるからだ。
……砦がそもそも敵ウェルカム状態だからな。
「あの……随分手馴れてるというか、詳しいですね?」
今までのロアンとリーヤの言葉をメモしていたらしいハルヴァがペンを置いて尋ねる。
不審を持った目を向けられているにも関わらず、ロアンはいつもと変わらない笑み……むしろ、どことなく照れくさそうな笑みをもって答えた。
「私、将来の夢が軍師だったんです」
「……は、ぁ」
そうだったんですか、としかハルヴァは返せなかったようだ。
将来の夢が軍師ってどういう環境で育ったんだ……と思うが、そこまで聞けるほどまだ親しいわけではない。
ちょっと照れてるロアンさんも素敵だ、と呟いているスティラの後頭部をはったおしておきつつ、先程のロアンのアドバイスを思い返す。
「陽動か……。具体的に、それってどういうのなんだ?」
「はい?」
「兵士の注意を引くって、まさか話しかけるとかじゃないよな」
「んー……そうですね。リーヤさん、お願いします」
「へ? 俺?」
話を振られて、リーヤは目を丸くする。
「なんで俺に」
「困った時はとりあえずリーヤさんでいいって聞きました」
「……ロアン、あいつの影響受けすぎ」
「血ってこえぇなあ」
豪快に笑うアレストを一睨みして、その場の全員の視線を受けたリーヤは大きく溜息を吐く。
「お前ら自分達で考えねーと成長しないぜ……?」
「陽動のなんたるかが全然わかってないからな。俺達」
「いばるな」
例がないとわかんない、と主張する一同に諦めたのか、腕と足を組んで半眼で全員を順に眺めていたリーヤの視線がとある一人で止まった。口元が薄く持ち上がる。
「そういや、陽動作戦のひとつに色仕掛けってのがあったな」
「色仕掛け?」
「そ。古今東西男は色仕掛けに弱いって話だ。実際、男より女が話しかけた方が警戒も緩みやすいからな。北の方は治安悪いし、襲われたから助けてほしいとか言えばいけるだろ」
「…………」
そこでキッシュは考える。
リーヤの視線が止まった先。本拠地にいる女性の顔ぶれ。
なるほど、とキッシュはリーヤの思いつきを正しく理解した。
「よし、スティラ気合入れてこうぜ」
「お前俺の性別知ってるよね!?」
斜め方向にかっ飛ばした指名に、スティラが椅子を蹴って立ち上がるが、キッシュはしれっと返す。
全員の視線がスティラに向いた。
「できる奴がお前しかいないんだから仕方ないだろ」
「いやいやいやいや俺男!」
「それは知ってる」
「だよね幼馴染だもんね!?」
「じゃあお前、今ここにいる女性で陽動作戦できそうな人を挙げてみろ」
「え、えーと……」
急に言われても、と立ち尽くしたまま、それでも名前を連ねようと指を折りかけて、固まった。
他の面々も同じように思い浮かべようとして思い当たったらしい。
ただ一人、最初から分かっていたリーヤだけが肩を震わせて笑っている。
「……いない」
そう呟いたスティラの表情は、いっそ絶望的だった。
***
残念な事に、現在この基地において陽動役に適している女性はいない。
万が一の事を考えて最低限の抵抗ができる力はほしいし、多少なりとも演技力もほしい。
第一条件の時点で残るのがジェラとミンスだけという悲しい状態なのだが、この二人は色々な意味で論外だった。
ジェラは演技とか無理だし、ミンスは演技以前に陽動の意味も忘れて見張りをぶっ飛ばす。絶対に。
相手を倒すならそれでいいが、陽動という意味においては最悪だ。
「――となると男から出すしかないだろ? お前筋肉ないし、大丈夫だって」
「何一つ大丈夫じゃない!」
「いいじゃねぇか、減るもんでもなし」
「俺の精神と男としてのプライドが減るよ!!」
「つべこべ言うな。女装して、全員がダメ出ししたら止めてもいいぞ」
「…………」
「はーいそれじゃいこうかスティラ」
「楽しみにしててね☆」
キッシュの出した条件に、スティラはまだ何か言おうとしていたが、コットとノエルにずるずると引きずられていった。
こういう時の女性はとにかく楽しそうだとキッシュは思う。
スティラが変身させられるのを待つ間、潜入する本隊のメンバーを決める事にする。
「サヴァは必須だろー。ほんとはチェイスは撤退班がいいんだけど、今回はサヴァと一緒のがいいか」
「エルフの皆さんを連れ出すなら、体格的にアレストさんとザハさんは必要ですよね」
「大柄だとその分見つかりやすくなるから気をつけねーとだけど」
開き直ったのかこちらが聞く前にぽんぽん会話をしながらメンバーを割り振るロアンとリーヤにしばし呆けた。
手馴れていすぎやしませんかね。助かりますが。
「便利だろ」
「……おう」
心を読んだのかとばかりにヒーアスに言われて、キッシュは素直に頷いた。
ザハとハルヴァが隣に立って時々あれそれ聞いたり戦力について答えているからあそこは任せよう。
「リーヤ、経験でもあんの」
「まぁな。俺達が出会ったのもそこだな。アレストとリーヤはその前から面識あったけど」
それでリーヤの使い方が容赦ないのかと彼らの交友についての一端を知る。
「たとえばどんな?」
「十二年前のラナイ王国の内戦って知ってるか?」
好奇心からの質問に対して質問で返され、キッシュは否と答える。
その頃は北大陸全体が大変だったし、そもそも西大陸での出来事には疎い。
「まぁ、内戦みたいなのがあったんだが……それに参加してたんだ。俺達も、あいつも」
「……それって」
戦争に参加してたってことか、と聞く前に、ドアが開いてコットとノエルが戻ってきた。
「準備できたよー」
「いやぁ、自信作自信作」
満足気な二人の様子に、待っていましたとわらわらと人が寄ってくる。
ヒーアス達の興味もそちらに移って、深く聞けなくなったのでキッシュも扉の方に視線を向けた。
二人の後ろ、ドアの隙間から見慣れた金髪が覗いている。
「…………」
「どうした?」
「……はいりたくない」
「いいからとっとと入ってこい」
「……やっぱりやーだー!!」
この期に及んで嫌がるスティラにキッシュはにやりと口元を吊り上げた。
「けど、実際どうなんだろうな?」
「細いって言っても男だしなぁ」
「なんであいつがいつも髪の毛あげてるか知ってるか?」
女装の出来栄えに疑問を抱いている連中に、キッシュはにやついた笑みを浮かべて言う。
さっさと出てこないあいつが悪い。
「村にきた行商の連中がいてな。その中の一人がスティラを女と勘違いしてプロポーズしたんだよなー。で、それ以来あいつは髪型でせめて女顔をカバーしようと涙ぐましい努力を」
「人のトラウマをえぐるなちくしょう!」
「渋ってるお前が悪い」
「俺はあの出来事を一秒でも早く忘れたいんだが!」
「いい思い出だろ? プロポーズって一生ものだぜ」
「一生もののトラウマになったけどな俺も向こうも!」
うつろな視線で乾いた笑みを浮かべているスティラは、コットやノエルの服はさすがにサイズが合わないようでマーファのものを借りたらしく、落ち着いた色合いのワンピースに白いレースのショールをかけていた。
普段後ろになでつけている前髪は下ろしていて、そのせいで長めになった横髪はピンで留めている。見覚えがあるから、たぶんこれはコットかノエルの手持ちだろう。
「なんか髪長くね?」
「そこらへんはプロの力を借りました」
「僕の出番と聞いて馳せ参じた」
としたり顔で部屋に入ってきたのはナツだ。
「髪のセットと化粧は僕担当だよ」
「さすが本職って感じだったわ」
「途中で抵抗する気力も失せた……」
げんなりとしているスティラは、声を聞けばスティラだが、黙って立っていたら姉か従姉妹かと思うだろう。
知らない人から見れば。
「まぁ、スティラだなぁ」
「一瞬わかんねーけど」
「つーことは、元々女顔だったってわけか」
「いやー似合う似合う」
誰一人否定的な意見を言わない、生温い視線に晒されて、スティラが頭を掻き毟る。
「そろいもそろって人のコンプレックス抉って楽しいか……!?」
「普段から髪下ろしてたら面白いことになるのに」
「はいそこ不穏な本音を漏らさない!」
「でもまぁ、知らない奴が見たら女の子だな」
「ああ、見える見える」
「かけらも嬉しくない……」
「よかったなスティラ。これで晴れて陽動の大役はお前のものだ」
「……キッシュ、楽しんでるだろう」
「これが楽しんでないように見えるか?」
「…………」
こないだの仕返しか、と睨みつけてくるスティラなどカケラも怖くなかった。
「スティラさん」
「ロ、ロアンさんっ!?」
たた、と歩み寄ったロアンにスティラの頬に赤みが差す。
彼女はスティラの両手を握って本心からの言葉を告げた。
「すごく綺麗です!」
「…………」
「さて、各自、自分の担当の仕事よろしくなー」
撃沈しているスティラときらきらしているロアンを尻目に他のメンバーに声をかけつつ、今のロアンとスティラが並んでいても、女性同士にしか見えないなぁとまさしく他人事に思った。
***
潜入作戦ごそごそ。
リオの初対面時については気が向いたら追加されるかもしれませんがはしょっています。
マクドール家のシグールそっくりのでも本人のなりすましとかではなく本当に別人です。
あとナツの一人称が初対面時と違うのは仕様です。外向けと内向け。
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