「キッシュ生きてるかー」
「……スティラ、てめぇこうなること分かってただろ」
「なんのことかな?」
机に伏して、目元だけ顔を隠している腕から上げて睨みつけても、してやったりといった表情が変わる事はなくてキッシュは再び撃沈した。
サヴァが元々捕らえられていた場所、そして今も他のエルフ達が囚われている場所はどうやら大陸北部にあるゲバン砦らしい。
アレスト達に聞いたところ、やはり北部を移動している間に不穏な噂はちらほらと聞いていたようで、その中でもゲバンの砦は人の売り買いで資金を調達しているのだとか。
もし本当なら俺達も手伝うぜ、と快い返事をいただいて少し気持ちも軽くなったのだが、問題はそこからだった。
今後について相談しようとマーファのところを尋ねれば、ミズレ出身の数人の若者達がすでにそこには待っていた。
出稼ぎに出ていた彼らはミズレの状況を知り、駆けつけてくれたのだ。
中にはまた出稼ぎへと出ている者もいるが、そのままこの砦に腰を落ち着けてくれた者もいる。
彼らの側で宿屋の帳簿をつけながら、マーファがにこやかな笑みでキッシュを出迎えた。
「待ってたのよキッシュ。この子達が、どうしても直接熱意を伝えたいって」
「キッシュさん、人攫いを撲滅するために立ち上がるって聞きました!」
「俺達もその手伝いを! ぜひ!」
「夜闇に乗じるなら自信があります!」
「…………」
いきなり取り囲まれて目を白黒させるキッシュの視界に、マーファに向けて親指を立てているスティラが見えた。
てめぇの仕業か。
「おいスティラ」
「キッシュが色々うだうだ悩んでるから俺がマーファに相談しといた!」
「ここを用意してくれたのはキッシュだから、その恩返しが少しでもしたいのよ」
「…………」
「照れてるのね」
「照れてるな」
「照れてねぇ」
キッシュさん、と自分より年上の連中に叫ばれてひらひらと手を振る。
慣れないのでこういう時にどう反応していいのか掴めない。
「あー……心意気はもらっとく。まだどうなるかわかんねぇ、から。何か頼む時はよろしく」
「「はい!!」」
「荒事になるかも、だけど」
「その時こそ傭兵業で鍛えた腕に期待してください!」
「俺も色々暗躍してたんで大丈夫です!」
くそう目が眩しい。いや眩しくない。直視したくねぇこといくつか聞こえたぞ。
そんなわけでなし崩しにミズレの人達の了承までもらえてしまった。
「聞いた方が手っ取り早かっただろー」
「お前どこまで。つーかいつ」
「俺はミンスに、マーファにもちょっと話しといてって言っただけだし」
「……あの時か」
一番最初にミンスに聞きにいった時、案の定ミンスは「面白いならなんでもオッケー」なスタンスで即答してくれた。
「キッシュがやるなら乗るわよ」
あっさりと言ってくれたのは嬉しかったが、その直後にアレスト達と出会って噂について話している間、スティラとミンスが何か話しているのは気付いていたのだ。
その内容まで気を配っていなかったのは失敗した。
「こういう時の小細工は抜かりねぇな……」
「そりゃどうも」
「褒めてねぇよ」
一杯食わされたと呻くキッシュに、珍しく上手に立てたスティラは上機嫌だ。
しかし、肯定的に受け入れられたとはいえ、他にも問題は山積みだ。
「要塞相手に、普通に考えたら潜入とかできねーだろ」
「……だよなぁ。それに、武器とか防具とかもない」
そこらのモンスターを相手にするなら今のままでも問題ないが、さすがにそれだと心もとない。
けれど稼ぐ金は基本、ここの維持費に回されるわけで。
リーヤが交易を担当してくれるようになってから随分と収入が上がったが、今のように不在時には当然滞りがちにもなる。
「……ちょい、ギルドに顔出すか」
「現実逃避?」
「気分転換」
気分を落ち着かせるのを兼ねて。
外との入口に程近く、壁に沢山の紙を貼ってのやり取りは今日も繁盛しているらしい。
カウンターの向こうでは、トレードマークの貝殻が忙しなく動いている。
「コット、面白い依頼あるか」
「依頼なんて受けてる暇あるのー?」
「……お前まで話回ってんのかよ」
「情報が命の職業に対しての言葉じゃないわー」
そりゃそうだ、と返す間にもコットは手元の依頼書の束をめくっている。
「ああ、そういえば面白いのがあったっけ。キッシュご指名の」
「……指名制?」
「受けるのはいつでもいいから、暇つぶしにでもどうぞって。変わった依頼だよねー」
ほら、と出された紙を覗いてキッシュは首を傾げる。
「『依頼タイトル:私を見つけて』……なんだこれ」
「文字のとおり。依頼人を見つけるのが依頼よ。よくわかんないんだけどさ」
「……お前から容姿聞いたら一発じゃね?」
「それってアリなの。禁止されてるんじゃね?」
「ああ、それもアリだって」
「アリなのかよ」
「中肉中背の男の子だったよー、この依頼書を持ってきたのはね」
「……それが本人かはわかんないって、か?」
「誰かに持ってこさせたってのもあるってことか」
「受ける?」
「受ける」
「まいどありー」
仲介料を払ってキッシュは最優先事項をこの依頼のクリアに変更した。
範囲がこの砦の敷地内ならそう難しくはないはずだ。
なによりこの報酬が魅力的だった。
「『報酬:ゼロか無限』って随分極端な話だよな」
「うまくいけば、資金ゲットってな」
「ゼロの場合は?」
「イチから考え直すだけだろ」
別にマイナスになるでもない、と返すキッシュはすでに指針は決めているようだった。
そして半日。
「……みつかんねー」
考えてみたら手がかりが少なすぎた。
片っ端から尋ねて回ればいつか本人にぶち当たるのだろうが、そこは向こうも考えているようで、依頼書を見せられる回数は三回だけ。
その都度付属の小さな星のバッチを相手に渡さなければならない事になっていた。
たしかにそうでもしないといつかはこちらが見つける事になるが、しかし手がかりが少なすぎる。
「手がかりが『中身重視』とかわかんねぇって……」
「そーなんだよなぁ」
夕暮れに染まりつつある露天通りを芝に座って眺めながらキッシュは息を吐く。
外見なんてばらばらすぎてアテにならない。
もうひとつの手がかりが『何度も会ってる』だから、知り合いかとも思うが。
こんな面倒くさい依頼をふっかけてくる顔見知りは知らない……というか、いたら発覚した瞬間に締め上げる。
上手い話はそう簡単にいかねぇよなと、今日はもう切り上げる事にした。
露天でも見て帰るかと、道端に並ぶ露店(※許可なし)を適当にぶらつく。
ちょっとしたアクセサリから防具の類、雑貨、保存食、怪しげな物と、お天道様の下で商売しても大丈夫かと思う品々までそろっている。
「いらっしゃぁい。いいものそろってるよ」
店番をしている髭面の男に声をかけられて、前に並ぶ保存食を眺める。
使えそうなら今度の遠征組に持たせてもいいかもしれない。
試食にと出された干し杏を食べながら、ふと違和感を覚える。
「どうだい? 俺特製の一品だぜ。ここでしか手に入らないんだ」
「……あんた、いつからここで露天出してる?」
「昨日からだよ」
「これ、ここでしか手に入らないのか?」
「ああ」
「……なるほど」
にぃ、と笑ってキッシュは店先に並ぶそれらに指を向けた。
「これ、全部もらえるか」
「キッシュお前そんなに気にいったの!?」
「へい、どうもどうも」
「支払いは、依頼の報酬で」
「へ?」
ぴら、と依頼書を男に突きつけてキッシュは笑った。
「あんたが依頼人だろ?」
「……その心は?」
「こないだは試食どーも。あんた、人相変えてちょくちょく露天で店出してたな」
「ちゃんとヒントを拾ってくれてたようでなによりだ」
さっきまでよりも高く張りのある声が男の口から漏れる。
「依頼達成おめでとう。そんじゃ、報酬に“会わせよう”」
もう店じまいだな、と商品を手早く片付けて、男はその包みをキッシュに押し付けた。
「そいつは副賞でいーよ。僕にはもう必要ないからな。今日はもう遅いから明日の朝に門の前に集合。シャシャまで行くんでよろしく」
そこまでぺらぺらと喋っていなくなってしまった男に、とりあえず包みはサヴァにでもあげようと見舞いの品にする事にした。
そして
翌朝、門の前に現れたのは、キッシュ達とそう外見年齢が変わらない、橙色の髪をした青年だった。
これといった特徴のない顔で、意識してないと雑踏にすぐまぎれてしまうようなそんな印象がある。
「僕はナツ。昨日はどうも」
「昨日と目の色が違う?」
焦茶の目に気付いたスティラの声に、ナツはにこやかに頷く。
「いいとこ見てんね。目の色は好きに変えられるよ」
これで、とナツがポケットから取り出したのは小さなケースだった。
開いた中には薄い丸い幕が液体に浮いていて、うっすらと青い色が入っている。
「これを目に入れて、色を変えるの」
「目に!?」
ちょっとそれはぞっとしない。
「最近北大陸でも見るようになりましたけど……実際に見るのは私もはじめてですね」
薄い膜を覗き込んだ
ロアンが感嘆交じりに呟く。
「そんなのあるんだ」
「ええ、目的はオシャレだったり色々ありますが。ただ、とても作るのが難しいので、出回っている数はとても少ないです」
「これは僕の雇い主からもらったものだけどね」
さらっと言うナツに、改めて思う。
そんなものをぽんっと渡す雇い主ってどんなのだ。
キッシュ達の反応に、ナツは笑いながらケースをしまう。
「さてと。昨日言ったとおりシャシャまで行くわけだけど、人選はこれでOK?」
「ああ」
キッシュとスティラの他に、ミンス、ロアン、ハルヴァだ。
「……で、さ。今まで突っ込まなかったけどこれはなに」
顔を引き攣らせているハルヴァはもっともで、門の前には馬車がいた。
少なくとも今この砦にこんな立派なものはないぞ。
「急がないなら歩いてくけど、時間かかるだろってことで用意した」
「お前すげぇな!?」
「これも雇い主の希望ってやつで。実際気に入られるかどうかはしんないよ」
お金いるんでしょ、と問うナツはどこまで知っているんだろうか。
ただここは頷くしかなかったので、黙って馬車に乗り込んだ。
|