結果として、パトロン(?)のゲットには成功した。
シャシャで待っていたナツの雇い主がまさか自分と同じ年とは思わなかったが。
街中の宿屋ではなく、ちゃんとした屋敷に連れていかれた先では優雅に座った青年がキッシュ達を出迎えた。
この屋敷は借り物ではなく、ここで交易をした利益で手に入れたものらしい。

「……シグールさん?」
「はじめまして。僕はリオ=マクドール。北大陸から交易目的でこっちにきている」
ロアンが驚きに零した声はキッシュにしか聞こえなかったのか。
それも向こうの紹介を聞けば、彼女は人違いとして認識したようだった。

どうやらリオは中央部に貿易の手を伸ばしたかったらしく、キッシュ達が砦を立て直したのを聞いてナツを潜入調査に送り込んでいたらしい。
その結果、拠点を置くのにそこそこ適していると判断を下し、最終テストとしてあの依頼を出させたのだとか。
どこまでも上から目線だが、交易の利益はある程度渡してあげると言われると飲み込むしかなかった。





僕に交易してほしいんなら場所よこせ☆ と言ったぼんぼんのために急遽交易施設(仮)を設立して五日目。
とりあえずの見通しと言って本人自らキッシュの前に投げてよこした書類を見て、スティラ共々仲良く絶句した。

「な、なんだこの利益表!?」
「っつーか何この金額!?」
今まで自分たちがひぃひぃ言いながらやりくりしてきたものより桁が一つ軽く違っている。
モンスターを連日狩りまくり、少しでも安い品を求めて右に左にとさまよっていたあの日々はなんだったのか。
「お、おいリオ、見通しってこれマジか?」
滅多な事では動揺しないキッシュも声が裏返っている。
つまりそれくらいあり得ない金額だった。

しかしながらその書類を用意した超本人は、もちろんだよーとにこにこ笑っているだけだ。
「これくらいできなきゃマクドール家の一員なんて名乗れないよ恥ずかしい」
「俺より年下なのになんだそのたくましさ……」
こえーよ、と呟いたスティラに適所適材って言葉があるからねえと涼しく返す。

「だってお前、そもそもこの元手どうするよ……」
現実的なところに突っ込んだスティラには、ことりと首を傾けて言い放った。
「大丈夫だよ?」
「いやいやいや、うち貧乏だからね!? 食糧とか自給自足だからさ!」
リオの価値観で言われても困るから! と言ったスティラに大丈夫だよ、とリオは繰り返す。
「そのうち回収できる額だもん」
「いや、悪いがそれでもうちじゃあ用意できないっていうか」
「あははー、キッシュに用意してもらうとか思ってないよ、ここ貧乏なんだし。元手は調達済みだよ」
その「元手」自体がキッシュ達ではまず用意できない額だったので、いったいどうやったんだという視線を送ると、リオはまるで子供に当然のことを教える大人のように説明してくれた。

「ちょっと周囲のモンスターを徹底的に狩ったのを元手に数日交易してただけだよ。勝手に何人か手伝ってもらったけど手当つけておいたし、いいでしょ」
「ちょっと狩ってこんな金額用意できるのか……?」
「少し面倒だったけど資本の元手が個人の出資からってのも微妙だし。ま、商才の違いってことで」
ざっくり笑顔で言い放ったリオは、そうそうと言いながら机の上に袋を置いた。
ジャラリドスンと響くそれは金属の音だ。
「これは別腹。僕からの個人的な投資ね」
「投資、って……」
「稼ぎがきちんと出るようになるまでの間に合わせとしての援助金。ちょっとした小遣いだから気にしないでー」
「……ちょっとした……?」
「……小遣い……?」

そうだったこいつは北大陸では有数の大貴族のお坊ちゃんだった。
思わず机に突っ伏したキッシュとスティラの前で、リオはにこにこしながら続ける。
「ま、交易は好きにやって利益はちゃんと渡すから安心して。……で、一つ言っておくけど」
「ん、なんだ?」
少しトーンを落としたリオの口調の変化に、キッシュは顔をあげて彼を見る。
暗い色の瞳を細めて、珍しく顔から機嫌のよさを消したリオは、口元にだけうっすら笑みを残して言った。

「沈む船に乗る趣味はないから。危なくなったらいつでも見限るからそのつもりでね」
「ああ、そうしてくれ」
ためらわず答えたキッシュにリオはすぐにいつも通りの笑顔を浮かべて、それでこそキッシュだよ☆ と笑いながら立ち上がる。
「ちょ、リオこれほんとにいいの?」
スティラが置いて行かれた袋を持って言うと、好きに使っていいよと返しつつ、扉に手をかけた状態で振り返った。

「あ、でもそれスティラの私物じゃないし。女性に貢いだりしたら身体で払ってもらうから☆」
「いやだぁあああああ!!」
「貢ぐところは否定しないのか」
キッシュの冷たいツッコミに、「しねぇよ!」と叫んだスティラに、リオは涼しい顔で「でもしようと思ったんだね?」と追い打ちをかける。
「じゃなきゃ間が開かないもんね」
「あいてなかったよね!?」
「僕の目の届くところで不正はやめてねスティラ。砂漠に不法投棄しなくちゃいけなくなるし」
「暗に殺害予告だよなそれ!?」

悲鳴を上げたスティラにリオはくすくすと笑いだし、もちろんキッシュも笑って誰も慰めてはくれなかった。







***
本人じゃないよ!