砦の出入りは比較的自由だし、ギルドの支部ができてからというもの、傭兵や旅人もよく訪れるようになった。
定住する際には手続きのようなものが必要だという事でなぜかキッシュのところに連れてこられるが、その数はそう多くない。大半を占める一時滞在者でマーファの宿屋はいつも盛況
だ。
ノエルがよく手伝ってくれて嬉しいと微笑むマーファは、ミズレで出会った頃よりも頬に色が差してきた。いい傾向だと思う。
砦の中でも、一番賑わっているのが敷地の中を通る大きな道のひとつだった。
脇の瓦礫も綺麗に片付けられて、外からやってきた者達が思い思いの露店を広げている。
誰が呼び始めたのか『露店通り』と呼ばれるようになった道は見ていて面白い商品も多いので好きだが、最近は場所取りで揉める事態も発生しているようで、そろそろどうにかした方がいいよとハルヴァからつつかれていた。
だからそういう問題事をどうしてこっちに持ってくるのか。
聞いたら「ここはキッシュの管轄でしょ?」と言われてしまいそれきりだった。
今日も店を出すスペースの広さについて揉めているのを治めていたらこんな時間だ。
ピーク時よりも人通りが減って歩きやすくなった道を食堂に向かっていると、長い髪を結った女性が笑顔で手招きして商品を勧めてきた。
「ね、そこのお兄さん。干し果実はいかが?」
おいしいわよ、と差し出されたのは赤く色づいたヤマモモで、店先には色々な干した果実やジャムが置かれている。
「いや、今から飯なんで」
「あら残念。お試しでひとつくらいは平気でしょう?」
気に入ったら今度買ってちょうだい、と青い目を向けられれば断るのも難しくて赤い実を受け取る。
口に放り込んだ実は甘酸っぱさが凝縮されていて、空腹にはかなり効いた。
「うん、うまい」
「うちでしかない商品も多いのよ。またご贔屓にね」
ひらひらと手袋を嵌めた手を振られて、軽く会釈をして食堂を再び目指す。
「……うん?」
なんか引っかかるのだが、なんだったか。
ピークの時間がとうに過ぎた食堂は空いていて、ノエルがキッシュを見つけるとすぐにカウンターの席を用意してくれた。
そこにいる小さな影に、口端が上がる。
「ロール、きてたのか」
「キッシュさんおひさしぶりです!」
ぴょこんと席を立つ少女の肩口で、稲穂色の髪が揺れた。
ロールは父親と一緒に大陸の中央から南部にかけて行商をしていて、知人であるクグロの伝手でしばしばリロを訪れていた。
彼女とも小さな頃からの知り合いで、最後に会ったのはたしか半年くらい前だったか。
「背、伸びたなぁ」
「成長期ですもん!」
嬉しげに頭の上に手を掲げて、若草色の瞳を輝かせるロールの頭を撫でてやった。
リロ出身ではないけれど、スティラやミンス含め、ロールは遠くにいる妹のような存在だ。
村に滞在中は彼らの家もあって、不在中はカロナやミンスの母親がその世話をしている。
「リロじゃなくてこっちにきたのか」
「行ったらキッシュさんのところ誰もいないんだもん」
「あー……」
キッシュとスティラはずっとこちらにいるし、カロナとビスコも途中からこちらに滞在している。
単身赴任よろしく村の警護のために一人だけ残されていたクグロも、ミンスの父親達が村に戻ってきたのをこれ幸いとこっちに移ってきて、今は畑を新規開拓真っ最中だ。
「イグラ様にここのことを教えてもらったら、お父さんがすっかり商売魂に火をつけちゃった、っていうのがほんとのところなんだけどね」
色々とご入用でしょ、と可愛らしく小首を傾げる少女は確かに防具屋の娘だった。
「ムドさんも元気か?」
「あれ、お父さんまだ挨拶に行ってなかったんですか……」
「別に俺に来る必要もないしな」
「それがそうでもなくって……ここで一番中心なのってキッシュさんなんでしょ?」
言われてキッシュは首元に手を当てて唸る。
なんだか最近、その認識が広まっている気がしてならない。
別に偉ぶるつもりはないのだが、色々決めるのには偉そうにするのも大事なことらしいんだよと挨拶に言った時のフォリアに言われてしまったのも頭に残っていて、どうしたものか。
「そのへんまたリーヤに聞くかなぁ……」
交易ついでに、揉め事の采配についていくつか教えてもらって知ったのは、リーヤはその方面にも明るいという事だ。
しかし今、彼は不在だった。
元々人探しのために西大陸へ来ていて、ここを拠点にしてくれてはいるが、常にいるわけではない。
いつ頃戻ってくるって言ってたっけかと考えていたら、ロールはくい、とキッシュの腕をひいた。
「あのね、それで……ここに来る途中に、小さな女の子が倒れてるのを見つけて連れてきたんだけど」
「行き倒れか」
このご時勢、あって嬉しい事ではないけれど、そんなに珍しい事でもない。
むしろ息がある内に見つかってよかった。
ロールも同じ思いだろうに、やけに表情が固いのはどうしたのか。
一層潜められた声で、耳元に囁かれる。
「それが……エルフの、女の子なの」
「は?」
ちょい待て、とキッシュは目を見開いた。
「それって耳の長い、あのエルフ?」
「うん」
「……ロール、その子どこにいる」
「宿屋のお部屋にいるよ。宿屋の女の人がきて、怪我の手当てするから外に行ってなさいってお父さんに外に出されたから、お父さんもまだそこにいるかも」
「さんきゅ」
聞くが早いか、出されていた昼食をかっこんでキッシュは席を立つ。
エルフとはまた厄介なとは口には出さず、けれど足早に宿屋へと向かった。
少し離れた席で茶器を傾ける黒髪と黒い出で立ちの二人組には、最後まで気付いていなかった。
***
「ふふふ、色々と大変そうですねぇ」
「…………」
「ほら、助けにいってあげてくださいな」
「……どこまで仕組んでる」
「私は何も?」
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