その日は朝から良き快晴だった。
ハルヴァが言うには夕方頃からは雨が降るという予報だったが、今のところは雲ひとつ見えない。
見えないが、ハルヴァの天気予報は絶対だ。
彼の能力は天候を読む事で、この砦の周囲であれば確実に当ててくる。
一度にわか雨を言い当てたのを実感して、それ以来は修復作業の予定立てに重宝していた。
殊に洗濯物を干すおばさま方にも大人気だ。
「昼過ぎには終わらせちまわねーとな」
随分と少なくなった瓦礫のひとつに足をかけて、見える範囲をぐるりと視線を巡らせた。
あれだけあった背の高い雑草はほとんど姿を消し、瓦礫も一角に集められつつある。
肝心の建物の補修についても、一番大きな円環状の建物は、随分と建物らしい雰囲気になった。
まだまだ他の建物は補修が必要だが、いまいる人数的には無理に手を出す必要はないから、もう少ししたらこの工事現場だらけの光景ともおさらばだ。
「補修作業ももうすぐひと段落だよなー」
長スコップの柄に顎をかけてスティラがのんびりとした声音で言う。
「終わったらどーすんの? リロに戻る?」
「んー……」
実はあんまり考えてなかった。
割と目の前の事で手一杯で、こうして先の事を改めて考えてみると、どうしたものかというのが本音だ。
「どうって……依頼こなしたりモンスターぶっ飛ばしたり作物作ったり?」
「俺達がリロでやってたのとかわんねーでやんの」
「だなぁ」
ミズレの人達のここでの生活が定着したら、リロに戻る時期だろう。
それがまだそれくらい後の事になるかは分からないが。
そうしたら、また。以前と同じ生活に戻るのだろうか。
平穏で、退屈で、代わり映えのない日々。
ういせっと瓦礫を移動用の箱に突っ込んで一息吐く。
そこでまだ作業に戻ろうとしないスティラを見咎めた。
「スティラ、手ぇ止めんな」
「……すげぇビリビリくんだけど」
「……おい?」
聞き直すと同時に、門の方でどでかい音がした。
「……………………」
「うわー! 門がー!!」
門、と言っても扉みたいなものは何もなかったが。
入り口として構えている隙間の左右にある城壁部分が粉々にされていた。
おい待て誰がやりやがった。
壊れかけてた塀を修繕したのは俺らだぞ。
やっと塀の向こうとこっちで顔合わせができなくなったんだぞ。
「キッシュ兄!」
キッシュの姿を見つけてビスコとフィンが慌てて走ってくる。
「ビスコ、どうした」
「わっかんねー! 気付いたらばっかーんて外から!」
「すごかったのー」
「よし、事情が分かってるのは誰だ」
ビスコの頭を押して周りを見る。
元々その場にいた人数はそう多くないようで、後から集まってきた顔ぶれは戸惑っているだけのようだ。
まぁ、怪我人がいなさそうだからそこはいいとする。
「おいおいどうしたぁ?」
騒ぎを聞きつけてきたのかリーヤがひょこりと顔を見せたので、俺も知らねと首を振る。
「事故ならまだ許してやらんこともない」
「……じゃ、ないみたいだぜ」
ほれ、とリーヤが指差した先。門より少し離れたところに、馬に乗った男達が何人かいた。
「なんだあいつら」
「観光目的には見えないどう見ても」
そりゃあこっち見てにやにやいやな笑み浮かべてたらそうだろうよ。
男の誰かが手を挙げるのが見えた。
その直後、男達の構えた弓の先に光が集まる。
「……げ。おい、あれっ!?」
「うえっ」
何を思って攻撃してくるか分からないが、ぶち当たって壁が崩れたら怪我人が出る。
「壁から離れろ!」
「防御防御!!」
「できるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな高尚な機能のある紋章石など持ってない。
できるのは迅速にその場を離れる事である。
ドカン、と盛大な音と共に壁が崩れる。
「壁がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おー。派手にやったなぁ」
こんなでかい紋章石の効果見たの初めてだわ、とリーヤの暢気が声が聞こえるが、こっちはそれどころじゃない。
「俺達の努力が……」
ぼろぼろになった反対側の壁も見てうな垂れる。が。
がばっと身を起こしてキッシュは門の外を睨みつける。
「てめぇら俺達になんの恨みがあってこんなことしやがる!!」
「恨みはねぇがその砦よこしなぁ!」
「……あ゛?」
聞こえてきたダミ声に、半音低い声が出た。
どうやらあいつらはこの砦が狙いらしい。
ボロいのがボロくなくなった途端にこれか。
「ザケんなぜってぇ渡すか」
「キッシュ顔が怖い」
「つってもどうすんだ?」
「追い返すに決まってんだろ」
ここで砦を取られてしまったら、せっかくの今までの苦労が水の泡である。
しかもミズレの人達の行き場がなくなる。
「砦なぁ……こんな砦にどんな魅力があんのかね」
「あるだろよ。ここの地下とか。この間拾ってきたあのでかい紋章石とか」
「あー……」
言われてみれば、確かにあのあたりは目をつけられる要因になるのかもしれない。
あの地下の謎の紋章と遺跡はクランみたいな奴からすると嬉しいものらしいし、サンの掘り当てたでかい紋章石はものすごく価値が高い。
でも、今のところどちらも知っているのはごく一部だ。
特に後者は、持って帰ってきた連中と、リーヤやハルヴァといった面々しか知らない。
リーヤが知っているのは、交易に出したらどれくらいの価値になるのかと興味半分で教えてもらおうと思ったからだ。
彼の口から笑える金額が出たので更に丁重に隠しておいたが。
なので、奴らは単純に、根城がほしいだけなんだろう。
「苦労してようやく雨風に当たらず寝れるようになったとこまでこぎつけたんだ。渡すかよ」
きぱっと言い切ってキッシュは指示を出し始める。
その直後。
「奴らがきましたぁぁぁぁぁ」と駆けこんできた一人の絶望に彩られた顔を見て、キッシュとスティラは顔を強張らせた。
「ちっ、はえぇ」
「まだ準備整ってねぇってのに」
「凹ます。スティラ、弓使える奴らと一緒に裏手から合図待て。一気にしかける」
「おーらい」
「ザハとアレストは一緒にきてもらえるか」
ガタイのいい二人を一緒にいさせることで、少しでも威圧感をだそうという作戦だ。
付け焼刃気味だがこの二人なら十分強い。
ちらっとリーヤを見てみたが、こちらは一緒に来るつもりはないようで、ひらりと手を振られてしまった。
仕方ない、と足を踏み出し、門へと急ぐ。
駆け付けれは、地面に伏して呻いている男達がいた。
幾人かはこちら側の人間で、だが残りはキッシュ達の知る顔ではない。
風貌と持っているものからして、襲撃をしかけてきた男達……に見えるのだが。
誰が、とは聞かずとも分かった。
今この場で立っているのはキッシュとザハ、アレストを始めとした駆けつけた面々と。
煤けた色のマントは足首までを覆っていて、すっぽりと被っているフードのせいで詳細は見えない。
しかも後ろを向いている。
キッシュより小柄ではあるが、小柄だからといって侮れない事は地面に倒れている彼らの様子から判断できた。
かなり――強い。
「おいおい、ここで第三勢力とか笑えないぜ?」
「こちらの味方という可能性は」
「こっちの連中ものされてるからなぁ」
のんびりとした口調で言いながらも、アレストの手はすでに剣の柄にかかっている。
侵入者がキッシュ達に今まで気付いていなかったわけもないだろうに、今更振り返った。
構えの姿勢を取っているキッシュと、その後ろに並ぶ面々を見渡し。
そして。
「やっだー、なに、あんたここにいたの?」
「へ?」
ものすごく馴れ馴れしい口調に、キッシュは踏み出しかけていた足を引いた。
この空気の読めない感じの口調と場にそぐわない明るい声はどこかで聞き覚えがある。
「このへんにいるって聞いてたから適当に回ってたんだけど、やーっと見つけたわぁ」
これは。
「……まさか、ミンス、か?」
「あたしがあたし以外の誰だっていうのよ」
そう言ってぺらっとフードをめくって現れた顔に、キッシュは思い切り脱力した。
黒の毛は左右で細く三つ編みにされ、くるんと巻いて上の方を赤いピンで留めてある。
はしばみ色の瞳は強い輝きを放っているが、にこりと笑う風体は虫も殺さぬような顔だ。
だがしかしキッシュは知っている。
その彼女の足から放たれる蹴りは岩をも砕くと。
「……なにしてんだ、お前」
「えー。このへんでキッシュとスティラが面白いこと始めたって聞いてさ、あたしも便乗しようかなと思って」
「……彼らをのした理由は」
「うん? いや、通るのに邪魔だったから適当にのしちゃった☆」
「☆つけたら許される事じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!! 人の仲間をのすな!」
「こんなかよわい女の子にやられてたら、モンスター一匹倒せないわよ?」
「別に山の主とかに挑むわけじゃねーから!」
「むう。確かにこの人たちのなけなしのプライドを折っちゃったのはかわいそうだったかな。ゴメンネ☆」
「…………」
こいつ絶対反省してねぇと思ったが、キッシュはもう何も言わない事にした。
かわりに自分達を叩きのめした相手が自分達より年下な少女であった事実に涙しているであろう、地面に伏している意識を取り戻した味方にせめてもの言葉をかけておく。
「……こいつに負けたことは恥じゃねーから気にするな。ハリケーンに巻かれたとでも思って忘れろ」
「「…………」」
そんな天災レベルの子なんですかその子、と方々からハモった心の声に、キッシュは静かに頷いた。
その時裏側から回り込んだスティラ達が到着したらしく、スティラの清清しい叫びが響き渡る。
「ミンスー!?」
「あらスティラ。相変わらずほそっこいわね」
「うっせぇ!」
「キッシュ、知り合いなのか」
「……まあ、あんな感じの幼馴染だ」
「……なるほど」
「多少手綱は取りにくいけど、戦力としては申し分ない」
「なる、ほど」
「ノリで身内でも簡単にノすから気をつけろ」
「…………」
押し黙ったザハの心の揺れに、キッシュは疲れた表情のまま付け足した。
「あいつは愉快犯でトリッキーで天災だからな」
***
力勝負で真っ向からやってアレストに拮抗する。それくらい。
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