キッシュが敷地内をぶらりと歩いていると、誰かが言い合う声が聞こえてきた。
その声は遠くからでも判別できてしまう程度に馴染みのものだったので、そのままスルーしようと思ったのだが、その前に二人に捕まった。

「ちょっと、ねぇキッシュ!」
「キッシュー! 聞いてくれよ!!」
「…………」
うっわぁ超めんどい。

ミンスとスティラ双方に詰め寄られたキッシュは、ありありと嫌そうな顔をした。
もっともそんなものが通じる二人ではないので、好き勝手にこちらに言葉を向けてくる。

「なによう、もやしのくせに!」
「まな板に言われたくないね!」
「「…………」」
「……おまえら、落ち込むならよそでやれ」
自分達で言い合って自分達で落ち込んでいるスティラとミンスにキッシュは冷たい目線を向ける。

学習能力がないのか。少しは違う言い合いしてみようぜ。
この言い合いも何度聞いたか知れない。
そして結末もイヤというほど知っている。


「違うわよ着やせするだけよちょっとスレンダーなだけ!」
ミンスの叫びと盛大な音と共に、スティラが見事な曲線を描いて飛んでいった。
べしゃ、と床に落ちたスティラを前に、ミンスはきゃんきゃんと悪態を吐いている。

ここで懲りて黙ればいいものを、スティラはよろよろと上半身を起こして言った。
「着やせするってなら脱いで見せつけてみろっての!」
「なっ……スティラの変態!」
どす、とミンスの蹴りがスティラの横腹に入った。
もんどりうってスティラはごろごろと地面を転がっていく。
毎度をもってコントにしか見えないが、これが成長期を迎えてから数ヶ月に一度くらいの頻度で起こるものだから、キッシュも大概見飽きた。

そういうのは俺のいないところでやってくれ。
見つけても俺を巻き込むな。


とはいえこのままにしておくと、マッチ棒のようなスティラはミンスに折られかねないので、仕方がないかとキッシュは助け舟を出してやる事にした。
「……運動すると胸、落ちるらしいぞ」
小さな声ではあったが、ミンスの耳にはしっかり届いたらしい。
スティラに振り下ろされかけた足がすんでのところで止まる。
「……命拾いしたわね」
舌打ちひとつ。 物騒な言葉を吐いて、ミンスは足を引いた。

「お前、もやしけとばしてる暇があったら、牛乳と大豆食っとけ」
「大豆はぼそぼそするからあんまり好きじゃないのよねー……てかキッシュ、あんたよく知ってるわね」
「お前らがうるさいから調べたんだろ。大胸筋を鍛えて、それでもだめなら誰かにもんでもらえ」
投げやりに言ったキッシュに、ボロ雑巾のようになったスティラがぼそりと余計な事を突っ込んだ。
「ミンスの胸、もめるほどあるのかね……」



どすっ



「…………」
「スティラ、生きてるか」
「……な、んとか」
肩をいからせてミンスが去って言った後、床に沈んだスティラに声をかけると、弱弱しい声が返ってきた。
こうなるのが分かっているのになんでいちいち口答えをするのやら。
気を引きたいのかとも思ったが、そうでないのは感情を読み取ってみてもというか一度聞いたらこの世の終わりのような表情をしてみせたので、その気がないのはよく分かった。
自分でも同じ問いをされたら同じ反応をするが。
あれは幼馴染で天災でトラブルメーカーなのであって、恋愛対象には絶対ならない。


「ちなみにスティラ、もやしを改善するには適度な運動と食事だ」
「……それ、俺の普段見てて言う?」
「ほんとお前、燃費おかしいよな……」
せめて一発くらいはミンスの蹴りに堪えられるようになってほしいと幼馴染心に思うが、キッシュ自身一発喰らって立っていられるかは五分五分なので、あまり高望みはすまいと思った。





***
基本的にキッシュとミンスでスティラを弄りますが、たまにキッシュは助け舟を出してくれる時がある。
普段率先して弄ってるのがキッシュなので、特に感謝された事はないかもしれない。
というかミンスにこれだけ鍛えられているので防御力は低いけど最後のふんばりはたぶん強いスティラ。