荷運びは、数種類の植物の種をシャシャの花屋まで届けるというものだった。
砦に一度戻ってヒーアスとアレストとジェラ、ザハを別の依頼で受けておいたモンスター退治へと送り出した後、メンバーをそろえてティローの乗合所まで向かえば、縁があるのかちょうどディンがいた。
こちらに気付けばぶんぶんと手を振ってくる。
「キッシュさん、こんにちは!」
「よう、ディン。向こう側まで頼めるか?」
「もちろんです」
にこにこと笑っているディンは幸せそうだ――思い当たる原因なんてひとつしかない。
「ルニとはうまくいってんだ?」
「なっ、ななななな」
「そういやルニとはもう一緒に住んでるのか?」
キッシュとスティラがにやにやとディンを両側からつつけば
顔を真っ赤にしてうろたえているが、緩む頬がおさえられていない。まさに新婚といったところか。まだ結婚はしてないらしいけど。
「幸せオーラ全開だなー」
「いやー。高山なのにあっついなー」
「もうっ! 二人ともからかって! 酷いですよー!」
襟をはためかせる真似をしてからかう二人にディンは苦言を漏らすが、まったくもって迫力がない。
「随分と彼と仲がいいんだな」
「色々あってなー」
事情を知らず不思議そうな顔をしているクランにかいつまんで説明をしてやれば、なるほどとそれで興味は満たされたのか、さしてそれ以上は触れてこなかった。
むしろ一緒に来ていたロアンの方が興味津津なようで、目を輝かせてディンに突っ込んでいる。
女性はどこの大陸でも恋愛話が好きらしい、と井戸端会議であれこれ話しているカロナを思い出した。
ノエルも何かと突っ込んでくるし。性なのだろうか。
「キッシュ兄ー、シャシャってまだー?」
「まだ折り返しでもねーよ!」
そして恋愛よりも初めての港町に意識が完全に寄っているビスコはしきりに先を気にしている。
「今回はどっちか一人だけ」ということで、フィンとじゃんけんで一騎打ちをした結果ビスコになったわけだが、フィンの様子からして近いうちにまた連れてくる事にはなりそうだ
。
どうせなら二人ともまとめて連れてくるべきだったか。けれどシャルロも行きたそうにしていたのを見逃してはいなかったから。三人はさすがに無理だ。
その分土産は奮発しようとひっそり思いながら山道を登れば、
時々同じようにティローで山を行き来する人達とすれ違う。
「もうすっかり元通りだな」
「おかげさまで、ティローも怪我をした子もいませんでしたし。頑張らないとって皆張り切ってます」
自分のティローを器用に操りながらディンは大きな岩場をひとつ飛び越える。
成熟したティローだと子供なら二人は乗せてしまえるようで、スティラとビスコは一頭にまとめられているが、それでも軽々とティローは岩山を登っていく。
「やっぱ迂回するより断然早いな」
「それが僕らの強みですから」
後は降りるだけですよ、と見晴らしのいい頂上でディンが得意気に笑った。
「それじゃ、僕はここで。帰りもこちらから帰りますか?」
「そのつもりだ」
ポメロ側の停留所に着いて、ディンに帰りの予定を聞かれて返す。
荷運びは渡してしまえば終了だが、クランの石の鑑定がどれくらい時間がかかるか分からない。
数もかなりあると聞いていたからおおよそ数日かかるだろうというのがギルドの見立てだった。
だいたいの時期を告げれば、ならなるべく僕がいるようにしますとディンが笑顔で言う。
「別に新婚なんだから無理しなくたっていいんだぜ」
「ま、まだ結婚してないです! それに、せっかくだから僕が送り迎えしたいんです。よかったら帰りにカヤシにも寄ってください。ルニが喜びます」
「そうだな、それもいいけど……」
どうせならシャルロも連れて改めて行ったらヒーアスの両親も喜ぶんじゃないだろうか。
だったら帰りに少し寄るよりも、ちゃんと遊びに――とヒーアスを完全にそっちのけで予定について少し話して、ディンに見送られて歩きの行程に入る。
「いいですね。ああやって仲良くなれるのって」
ロアンが楽しげに言う。
ディンと知り合った経緯について言っているのだろう。山道を登る間の時間潰しに聞かれた限りで詳しく話したが、クランと違いロアンは北大陸出身なので、ヒーアスが使った紋章についてはさらりとスルーしていた。
クランはおそらく戻り次第ヒーアスに詰め寄りに行くだろうが。
「ヒーアスやアレストの力が大きかったから、あんまり感謝されると気恥ずかしいんだけどな」
「照れてるだけだろ」
茶々を入れるスティラに無言で肘鉄をお見舞いして、キッシュはロアンに苦笑を返す。
「そんなことないですよ。話を聞いてても、キッシュさんも活躍されてましたし。アレストさんやヒーアスさんは……そういう荒事に、少し慣れてますから。動きがいいのはあるかもしれません」
「へぇ……そういやあの二人とロアンってどんな知り合いなんだ? なにかの護衛とか?」
ヒーアス達とロアンのつながりで思いつくといったらそれくらいしかない。
けれどロアンはくすくすと笑って首を横に振った。
「実は、キッシュさん達とはちょっと違うんですけど……似たような集団がありまして。私達はそこで一緒だったんです。アレストさんもヒーアスさんもかなり最初からいて、私が行った時にはもう中心で活躍されてました
」
ところどころぼかした物言いがあえてなのかどうか判断がつかない。
ちらりと浮かんだ、湖と頑強な建物のイメージと、たなびくのは旗だろうか。
誰か赤髪の人物の姿までがうっすらと見えたところで一歩距離を置いてそのイメージを消した。
口にされていない部分を勝手に知るのはあまりいただけない。
「アレストとヒーアスがいたってことは傭兵の集まりとか? それだとなんでロアンさんがいたかよくわからないんだけど」
スティラが間を割るように話しかけてきた。
どうやらロアンを見た瞬間に以下略らしく、まぁ結果が面白そうなので微笑ましく見守ってやる事にしている。
「傭兵……とも違いますね。私はそこにおじさんがいたので。私の他にも子供はいたからそれほど珍しがられることはなかったですけど。あまり詳しくお話できなくてごめんなさい」
申し訳なさそうに謝罪を受けて、スティラは両手をぶんぶんと顔の前で振っている。
見てて面白い。
雑談はそのまま弾み、直に到着した
ポメロで一泊してからシャシャまで行けば、入口まで来たところで石の鑑定に行くクランとその見学をするというロアンとは一旦お別れだ。
「それじゃ、依頼が終わったら宿屋でな」
「わかった。そんなに時間をかけるつもりはないから早くそっちも済ませろよ」
「りょーかーい」
荷物を渡すだけなので、鑑定より時間がかかる事は絶対にないだろうが、自信あるなぁとクランを見送って種を注文したという花屋を探す。
「港に近い通りにあるって言ってたけどなー……」
「なーなー、あっちの店見に行きたいー!」
店の場所を綴ったメモを見つつ歩くキッシュの袖をビスコが引く。
好奇心がうずくのは分かるが、依頼を片付けるのが先決だ。
腐るようなものではないが、植物はものによっては撒く時期が狭いものもある。道草をして時期を逃したとなれば依頼が失敗になってしまう。
キッシュの言に不満そうに唇を尖らせて、ビスコは勢いキッシュの袖を強く引く。
その腕がすれ違いそうになっていた相手に当たった。
「わっ!」
「ビスコお前なぁ」
「すみません。大丈夫ですか?」
やべ、と顔を顰めたビスコの頭に拳を落としたキッシュと、相手に謝ったスティラは、相手を見て少し無言になった。
なんか言葉にならない威圧感がある。
少しだけ長めの金糸はスティラと似ているが、こちらは普通に流してあるし、身長も高い。
やや細めの瞳で見下ろされると、睨まれているようにも……睨まれているのだろうか、これは。
首から上こそ顕になっているものの、そこから下は長い黒のローブが全身を覆っていて、不気味といえば不気味だ。
なにより気になるのは、肩にかけた細長い袋だ。
……これ、剣だったりするんだろうか。
袋から剣が出てきてざっくりやられたりするんだろうか。
「えーと……連れが悪かった」
「…………」
無言で返され、沈黙が落ちた。
「ちょっとこれやばくね?」「やばいかも」と目線で会話する。
警戒をしつつ反応を待っていると、男性は眉を潜め、何事か小さく口にしてから、懐から小さなメモを取り出した。
それを開いてなにやら読みつつ途切れ途切れに口にしたのは。
「……こちら、も、よそみ、してた。気にしない」
カタコトでつづられた言葉に、キッシュ達は顔を見合わせる。
もしかして……黙っていたのは単に言葉が通じなかったからか。
ここは港町で、唯一外とのつながりがある場所でもある。その分別大陸の人間と会う確率も高い。
「ならよかった」
首を横に振って
笑みを向ければ男も通じたとわかったのか、僅かに口元を緩める。
それから軽く会釈をして道の向こうに去っていくのを見ながら、今更ながらに当たり前な事を思い出した。
「アレストやシャルロが普通に喋るからすっかり忘れてたけど、言語違うんだよな」
「シャルロもたまに悩んでる時あるぜー? そういう時はオレやフィンが教えてあげてんだ!」
「ろくでもない言葉教えるなよ」
「むしろ北大陸の言葉教えてもらったらいいんじゃない?」
使う機会があるかは知らないが。
「そういや、ロアンも普通に会話してるよな」
「ロアンさんもかなり勉強したって言ってたぜ」
「……スティラ、お前いつの間に」
「北大陸のことを教えてもらう際にちょっとな!」
珍しく能動的な幼馴染に感心するべきなのか、この忙しい時期にと仕事を追加するべきか少し悩んだ。
そんなやりとりをしつつ目当ての店で店番をしていた女性に種を渡して依頼達成のサインを受け取る。
その足で宿屋に行けば、次の依頼人はそこで待っていた。
「ええと、皆さんがアタシを手伝ってくれる人達であってるー?」
ことりと首を傾げた少女は、なんだかふわっふわしている子だった。
長い水色と白のストライブのリボンをカチューシャ代わりにつけ、薄茶の髪に一緒に編みこんでいる。
「サンっていうの。掘りたい場所があるんだけど、モンスターがうじゃっとしてて困ってて。手伝ってくれる人を探してたの」
「掘りたい場所……」
彼女もクグロと同じ部類の人なんだろうか、とどこか失礼な考えを抱きながら、指定された場所へと向かえば、町から出た先にある平地の中少しくぼんだ場所だった。
ちらほらとモンスターらしき陰が見えるので、近くに巣があるのだろう。
「そんじゃビスコはサンの手伝いしてやって。俺達がさばききれなかったモンスターを倒すのもお前な」
「切り札って感じでかっけーな!」
「そうだね切り札だねー」
見えるモンスターは数こそ多いがそれほど大柄なものはいなかったので、大丈夫だろうとあたりをつけて依頼を執行する。
実際に、サンが目当てのものを掘り当てるまで、適度な資金稼ぎができたほどで、ビスコに回すモンスターをえり好みする余裕もあった。
「……で、これはなんだ?」
「んー、よくわかんない」
掘り当てたサンもこれが何であるのかよくわからないようで、首を傾げている。
キッシュの頭部ほどありそうな黒い石の塊なのだが、持ってみるとなかなかに重い。
だがいったい何なのかがまったく分からない。
「アタシは近くにあったこっちのキラキラしてるので十分なの。だからそっちはほしかったらあげる」
「あげる、って言われてもなぁ……」
「ただの石っぽいし……あ、でもこれにも紋章石混ざってるかも」
サンが言っている「キラキラしてるもの」は紋章石だ。
鉱山でもないところから見つかるのは珍しいから、サンが「気になっていたもの」が紋章石というのはかなりの勘を持っているといえる。
紋章石は買おうと思えば買えるものだが、タダで手に入るならそれに越したことはない。
本音を言えばそちらを少し分けてほしいが、依頼料はちゃんともらっているのでそれもほしいとは言えない。というかたぶんサンが袋に詰めた分で依頼料は軽々と超える。
「ま、砦に戻ってロクムのじっちゃんに削りだしてもらおうぜ」
「……せめて、交代で持とうな」
「気合入れて持てよ担当その2」
「へぇい……」
***
宿屋まで石を背負って戻り、部屋で一息ついているとクラン達が戻ってきた。
「なんだ、一回戻ってきたのか? 依頼主のところに泊まるかと思ってたのに」
「もう終わった」
「は?」
「あんなもの見ればすぐにわかる」
しれっと言い切ったクランに、ロアンが興奮気味に拳を握って説明する。
かなりの数あったはずの石を、クランはすべて一目見ただけで判別してしまったらしい。
「紋章石の鑑定って、専用の道具とか使って結構細かく調べるんじゃなかったっけ」
「オレはもともとそういう能力なんだよ。紋章石の属性とか精度とか、見ただけでわかる」
面倒そうに説明したクランに、それが彼の能力なのかと知った。
「それなりのところにいきゃ重宝されるだろうに」
「働くのめんどい」
「…………」
ざっくり言ったぞこいつ。そういえば砦に最初顔を出した時も手伝う気なかったな。
「あ。これが依頼料でした」
どうぞ、とロアンに渡されたのは、金銭と小さな紋章石がいくつかだった。
「これで当面は手伝いなしで滞在するからな」
「おう。あ、じゃあついでにこれも見てくれね?」
気楽によいせっと机の上に置いた石を見せた途端、クランの目の色が変わった。
表面をなぞり、まじまじと見つめてから恐る恐るといった様子でキッシュへと視線を向ける。
「……これ、今じゃ滅多にお目にかかれない複合石だ、ぞ?」
クランが震える声で呟く。
「そんなにすげぇのか」
「一皮向いたら全部紋章石の塊だからなこれ」
「「――はぁっ!?!?」」
あまりにも衝撃的な発言に目を剥く二人に、黒い表面を軽く叩きながらクランは続ける。
「しかもこの大きさだ。出るとこ出したらあの砦修復するだけの金なんてぽんっと出てくるぞ」
「まじか!!」
「……売るなよ?」
「え」
釘を刺されて目を瞬かせる。
てっきりとっとと売り払うものかと思っていた。
なんでだと視線で問いかけると、呆れたような視線を向けられた。
「お前らそんな金に困ってんのか」
「「困ってる」」
シンクロした声に呆れが更に強くなる。
仕方ないだろうこちとら元でゼロでやってんだ。
「……このご時世、そんな金ぽんと出せるような連中なんざロクな奴じゃねぇぞ。こういうのは金じゃ買えねぇから、どうせなら自分達で使った方が有意義だろ。……あと、そんだけの金が手に入ると色々と面倒なことにもなる」
「面倒ってーと?」
「これだけの紋章石が出回ったら、誰がどこで出したかなんて即行で割れるからな?」
「……ご忠告痛み入ります」
襲われたいなら止めないとまで言われたら、大人しく意見を聞いておく以外に選択肢はなかった。
とはいえ、加工するには専門職がいないと無理で、しかしそれを頼むには余程信頼のおける相手でなければ面倒事が避けられない。
……うん。地下の例の空間にでもしまっとこう。
余談。
重い石をポメロまで肩凝り必至の体で運び、ティローに申し訳なくなりながら結局砦まで運んでもらい(ディン本当にありがとう)、「暇だから一緒に行く!」というサンを連れて
砦に戻ったらコットがいた。
砦に入ってすぐのところに、ちゃっかり小さなカウンターとコルクボードまで設置して、まるで小さなギルド状態だ。
木でできた丸椅子に座って話していたコットがこちらに気付けばひらひらと笑みとともに手を振ってくる。
「やほー」
「……なんでいる?」
「嫌そうな顔するねー。いたらいけない?」
「いや、そうじゃなくてだな」
「あのね、私が一緒に行こうって言ったんだよ」
コットと一緒にいたノエルが口を挟む。
なんでもジラに私物を取りにいった時に、コットと行きあったらしい。
「ノエルがここで食堂やってるって言うじゃん? だったらギルドの支店も作っちゃえと」
「どこをどうやったら「だったら」になるのかがさっぱりだ」
「便利になるんだからいいじゃん。それともいちいち許可とかいるの?」
「……これからそうしようかと今思った」
たしかにギルドが敷地内にできるのは、いちいちジラまで行かなくて済むから便利になるが。
知り合いがやけに増殖している気がするのは気のせいか。
というわけでよろしく、と完全に居座るつもりらしいコットに、これ以上言っても無駄だなとキッシュは溜息ひとつで諦めた。
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黒い塊はさてはてどなたか。
女の子達が常駐し始めました。
華やぐってすばらしい。
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