「あなた、この大陸の人間じゃないのね」
いきなり声が降ってきて、リーヤはぎょっとした。
振り返ればリーヤが背もたれとしてよっかかっていた材木の山の上に少女が立っている。
紐でくくってはあるが、材木の山は足を踏み外せば地面に向かってまっさかさまだ。
「そんなとこにいると危ねーぞ」
「平気よ」
ふん、と鼻で笑われた。

その言葉は嘘ではなかったようで、たんたんと軽い足取りで材木を降りてきた少女は、リーヤの真横に降り立つと、座ったままのリーヤを再び見下ろしてきた。
赤のチェック模様が前面についている帽子は風で飛ばないようにか顎の下で紐でくくられている。
腕のあたりまであるマント状の上着といい、ぱっと見た感じ「探偵」なスタイルだったが、肩口でしばられている白いリボンや全体的な雰囲気もあって、「探偵」ではなく「探偵ごっこ」といった感じだ。

「ねえ、あなた、この大陸の人じゃないんでしょう?」
もう一度尋ねられて、リーヤは頷く。
別に隠す事でもないし、ヒーアスやアレストあたりと聞いたのだろうか。
歳が近くてよく一緒にいるのを見かけるシャルロから聞いたのかもしれない。

自分から尋ねた割に少女の反応は薄く、帽子の位置をずらしながら今度は別の質問をぶつけてきた。
質問というより、確認だった。
「あなた、本当は強いのに戦わないのね」
「…………」
ヒーアスとアレスト、どっちだ。



リーヤは今回、素性不明の流れ者という事で通している。
アレストやヒーアス等知り合いがいるから、交易を暫定的に取り仕切っていても信用されているし、それなりに自由にあちこち顔を出したりもしているが、自分の事を明かそうとしていない点怪しい事には変わりない。
面倒事に巻き込まれないために自己申告であまり強くないと言っているため、人の目があるところでは武器をふるったりはできないしで面倒事も多い。
キッシュは薄々気付いていてつついてくるが、今のところはのらりくらりとかわしている。はずだ。

リーヤ自身、過分ではなく自分が十分な戦力に値する自覚はあっても、自分が戦いに表立って参加すると後々更に面倒になる事が分かっているから黙っているのだ。
この事を報告した時に「くれぐれも自分の所属を明かすな」とラウロからの手紙にも書いてあったし、リーヤ自身もそこは分かっている。

当時のジョウイが言っていた。
国の名前を背負っている者が非公式に戦争に参加するのは高いリスクがともなうこと。
後になって国への介入の口実になってしまったり、本人が死んだ時に攻め入る口実になってしまったり、本人にその気がなくともとんでもない事態を引き起こす事になってしまうのだということ。
「じゃあ来るなよ」と思わないでもなかったが、そこは星が決めることなのでどうしようもない。

というわけで黙っていたのだけれど、この少女はいったいどこでその情報を掴んだのだろうか。
十中八九ヒーアスかアレストが口を滑らせたんだろうが。
知り合いには全員口止めをしてあったはずで、ロアンやシャルロはちゃんと守りそうだ。

黙ったままでいると、少女は一人で勝手にしゃべりだした。
「そうね……実はすごい名門のお坊ちゃま……なんか違うなぁ……王様……王様には見えないのね……でもなんかそれっくらい偉い人よね。で、お忍びで来てるの。スパイするにはここは全然ちっさいし……別の国の偉い人ががんがん活躍するとなにかいけないのかしら。だから弱いってことにしてるのかしら」
「…………」
え、何この子怖い。
帽子をいじりながら一人で呟いている少女の言葉はほぼというか完璧に的中していて、リーヤはいっそ背筋が寒くなった。
いくらヒーアスやアレストでも、ここまで口を滑らせたとは思えない。

顔を引きつらせているリーヤの反応を少女はまったく見ておらず、カマをかけた様子はない。
淡々と自分の中で物語を作っているようだ。
「うん、こんな感じよね」
「……いやいやいやいや、まっさかぁ」
「これが真実! 私はなんでもお見通しなのよ!」
決めポーズなのか、びしっと指を突きつけた少女はいたく満足そうだ。
いや、真実だけど。間違ってないけど。完璧的中してるけど。けどここで肯定するわけにはいかんだろ。

「あれ。リーヤとフィン?」
「キッシュ! スティラ!」
「……げ」
その時タイミングの悪い事に、キッシュとスティラが通りかかった。
探偵少女はフィンと言うらしく、名前を呼ばれてばっと二人めがけて駆けだす。
座っていた分初動が遅かったリーヤは彼女を止められずに冷や汗を流した。
あの二人が少女の話を聞くのは本気でまずい。
しかし話し始めてしまったフィンを途中で遮るのは余計に「当たってます」と言っているようなものなので、リーヤは覚悟を決めてフィンの話が終わるのを待つしかなかった。
ああ……ラウロに知られたら俺殺されるかも。

「ん、どうしたフィン」
「今度はなんだ?」
「あのね、あのねっ!」
「ふんふん」
「…………」
フィンの話を聞いたキッシュとスティラの視線が、リーヤに向けられる。
リーヤは引きつった笑みを浮かべていると、スティラがフィンの頭をぐりぐりと押さえつけて笑った。
「実は国のお偉いさんでお忍びかぁ……また今回は壮大な話をつくったなぁ」
「作ってない! 私の推理はいつだって完璧なの!!」
「リーヤ悪いな。フィンの推理は明後日の方向にぶっとんでっからさ。真になんて受けないから心配しないでくれ」
「……あ、ああ」
「なんで本気にしてくれないのよう!」
「前に俺とキッシュの関係について不本意すぎる噂流したの、忘れてねーぞ」
「あ、あれはちょっとした悪戯心で」
「問答無用!」
殴る仕草をしたスティラから逃げ出すフィンを、スティラが追いかけだす。
どちらも薄く笑っているので、どうもこれは日常よくあることのようだ。

……どうやらフィンの日頃の行いのおかげで助かったらしい。
今回に限ればフィンの推理は当たっているので彼女には悪い事をしたとも思うが、リーヤは安堵の溜息を吐いた。

ふと、キッシュが二人の馬鹿騒ぎにつきあわずにリーヤを見ているのに気付いて、リーヤは嫌な感じがした。
「……まさか、お前も信じたわけじゃねー、よなー?」
「フィンの推理は確定した証拠があればあるほど外れるんだけど、脈絡も証拠もない推理ほど当たるんだ」
「…………」
「……ま、今はいいけど」
その内その口から直接聞いてやるよ、とうっすらと微笑まれて、リーヤは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。





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自己紹介する習慣がないとそうなります。