毛玉連中を倒し、拠点となる砦を手中にした夜。砦の中にはささやかではあるが祝賀会のムードが漂っていた。
砦というよりもジャングル、建物というより木に石がまとわりついている、と言った方がいいのではないかと思えるような状態ではあるが、自分達の拠点と呼ぶべき場所を自らの手でもぎとった喜びは大きい。
とりあえずはミズレの人達を呼び込んで、一緒に修繕してもらおうというのはキッシュの目論見だ。
「いやー、なんか懐かしいよなぁ」
ぽつりと杯を傾けながらアレストが呟いた。
薄い酒で口を湿らせながら、天井が落ちて剥き出しになっている空を仰いで陽気に声をあげる。
空には欠けた月が浮いていて、砦を支える大樹の葉が時折吹く風に靡いてその輪郭を隠していた。
ここで寝泊りをするならまず最初に風と雨を避けられるように補修をすべきだろう。今の段階では、野宿と変わらない。
壁際で野宿よろしく毛布を被って寝ているキッシュ達を見て苦笑を浮かべた。
火番を兼ねてこっそり持ってきていた酒をちびちびと舐めながらアレストは記憶の中から思い出を呼び起こす。
「あの時もこんな感じだったよなー」
「……ああ、そういやそうだったな」
十年以上前だが、今でも鮮やかに思い出せる。
「あの時はなー。ミイラから本拠地ぶんどったはいいけど、こんなオンボロ城どうすんだって思ったっけ」
「最初に見た時はさすがに驚いたな」
「意外になんとかなったよな」
「最後の方はまたぼろぼろに逆戻りしたけどな」
十二年前の事を思い返し、ヒーアス達は笑って言葉を交わす。
うぞうぞと出てくる
ゾンビやゴーストに、同行していた少年が最初は怖がって大変だった。
それでも最後の方は立派に戦っていたから、短い間でも少年は成長するものだと感心もしたものだ。
少年はその後も成長を続けて、今では国を支える立場にある。
共に戦った者も、彼と共に国を守っている。
決して上質な寝床もなければ食事だって質素だった。
けれど誰も不平も不満もなく、その瞳は希望で満ちていた。
ここも、今は室内なのに月見を楽しめるような状態だが、やがて人も増え、施設も充実していくに違いない。
「……ん? 待てよ?」
はた、とヒーアスはある事に気付いた。
お人よし(と言い切るには色々アレだが)の少年(青年)。
モンスターの住まう廃墟。
まだまだこれからな、伸び盛りの人と組織。
「……なんか、似てね?」
「んぉ?」
その考えの最奥まで行き着いた瞬間。ヒーアスは酔いがざっと冷めた。
さっきまで、酔った頬には心地よいとすら感じていたはずの夜気が冷たく感じる。
「まさか……そんなことはないよな?」
恐々と尋ねたヒーアスに、質問の意図を正しく汲み取っているのかいないのか、のんびりと新しく酒を注ぎながらアレストは首を傾けた。
「どーだろなぁ……そういえば昔、俺のご先祖様がな」
「お前のご先祖様?」
「トランの解放戦争に参加した、まぁ大モトみたいな人なんだが」
「ああ」
「トランの英雄を解放軍に引き込んだのが、そのご先祖様でな」
「はぁ」
それって結構な有名所じゃなかったろうか。
トランも旅をした事はあったから、建国時の話を聞く機会くらいはあった。
後の英雄が国軍に追われている時に彼を匿い、解放軍のトップへと押し上げた立役者だったか。
それがどうかしたのか、と首を傾げるヒーアスの前で、じゃあこっからはオフレコなんだがな、とアレストは杯を傾けながら続ける。
「その後のデュナン統一戦争にも参加しててだな」
「……うん?」
それは知っている。別にオフレコでもなんでもない、知られた話だ。
「川から流れてきた、当時ハイランドの少年兵だった後のデュナン国王を拾ったのが俺のご先祖様なんだそうだ」
「…………」
「歴史書じゃ傭兵砦にきたとしか書かれてないけどな。そこの砦の頭をしてたのがご先祖様で、まぁその縁で戦争にも参加して……ってことらしい。二回も未来の英雄を拾うなんてすげぇよな」
陽気な声でけらけらと笑っているアレストとは対照的に、ヒーアスは絶望的な表情を浮かべて膝に顔をうずめる。
机があったらきっと頭を打っていたが、いかんせんテーブルなんてものはないので床に直に飲んでいた。
さすがにこの床に頭をぶつけるのは痛そうだ。
「もしキッシュがそうなら、俺も二人未来のリーダーと出会ったことになるよな」
「……なんのホイホイだよ」
そういえば、彼と最初に出会ってレジスタンスに引き入れたのもアレストだったと聞いた事があった。
ようやくアレストが言いたいことに気付いたが、あんなでかい戦争に巻き込まれるのはそうそうしたい経験ではないとヒーアスは溜息を吐いて酒を煽る。
アレストの腰に提げられた剣が、何かを訴えるようにちゃりと鳴った。
「そこの大人二名、なにしけた顔して飲んでんだ?」
騒がしかったのか目を覚ましたキッシュが焚火目当てにかこちらへ寄ってきた。
「いや、まぁ思い出話をな」
「なんだ、北大陸のホームシックか?」
「ま、当分帰れそうになさそうだなぁ、と」
苦笑いをしながら、今までの北大陸の言語から西のものに切り替えて答えたヒーアスに、キッシュは気の抜けた顔をする。
「ヒーアスもアレストも北大陸の奴だし、本音を言えばしばらく手伝ってもらいたいとは思うけど、長い間拘束するつもりもねぇよ。手伝ってもらう義理もねぇしさ」
「はは、ありがとな」
「まぁ気長に構えるさ……」
酒が入っているからか、なかなか考えがまとまっていない大人二人の思考はぐるぐると渦を巻いていて、キッシュは不思議に思いつつも、まぁいいけどと小さく欠伸をした。
「お前も飲むか?」
「あんまり好きじゃねぇからいらね」
ほどほどにしろよのんべえ共、と釘を刺しながら。
「……天魁星て、なんだ?」
キッシュは唯一読み取れた明確な単語に一人ごちた。
本拠地の地下にうずもれた石版が発見され、そこに天魁星の文字と何名かの名前が連ねられているのをキッシュが見つけるのは、この数日後のことである。
***
本拠地ゲットだぜ☆
キッシュがナチュラルに人の思考を読んでたりしますが酔っ払いだしよくわからない内容だったようです。
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