その要塞は、数十年前、まだこの大陸でゼスタ帝国が栄華を誇っていた頃に「ケラジ要塞」として、帝国の中心に位置付けられていたものらしい。
リロやジラも昔はゼスタ帝国の領土だったというが、帝国はキッシュ達が生まれる随分前に滅んでしまった。
今生きている者で、帝国を知っているのはどれくらいなのだろう。
その栄華がどれほどのものだったのか、キッシュ達は直に見た事はない。

ケラジ要塞はリロとキナンから同じくらいの距離の位置、大陸の西端に造られていた。
何十年もほったらかしになっているというから、どれだけボロいのかと覚悟はしていたが、直に目にした要塞の状態は、キッシュ達の予想の斜め上を行くものだった。

「……う、わぉ」
「これは……」
「ひゃー。すっごいね。遺跡でもこんなのなかなかお目にかかれないよ」
「すげぇな」
「これ、どうやって入んだ?」
五人が五人とも、入り口と思しきところで呆然と突っ立っていた。

建物の形はある。
何十年、人の出入りはなかったのだろうが、堅固に組まれた石造りの要塞は、時間を経ても完全に風化してはおらず、その原型は留められていた。原型は。

建物をすっぽりと覆うように、数多の草木が敷地内に生えていた。
建物に植物が絡みついているというよりも、植物の中に建物があると言った方がいいくらいの割合で植物が建物を侵食している。
キッシュ達の立つ場所から石本来の色はほとんど見えず、まるで建築物を模った植物の集合体だ。

「……これは、あいつら連れてこなくて正解だったな」
モンスターがどうこう以前に、下草で溺れる。なにせ、キッシュの腰くらいまであるのだ。
シャルロもビスコもフィンも、どう頑張っても顔まで草がくる。

こんな所を本当に人が住めるまでにできるのかという不安が湧いてきたが、とりあえず建物の状態を把握するために、中に入る事にした。
下草を踏み倒して道を作りながら、建物の入り口へと歩を進めるのも一苦労だ。

「草刈りだけで何ヶ月仕事だこれ……」
「いっそ焼畑的な感じにしたら?」
「あー……それが賢いかもな。石造りなら飛び火で燃えることもなし」
周りを巻き込まないように端だけ刈り込んで、後はまとめて燃して肥料にするのがいいかもしれない。
「外はとりあえず後回しで、とにかく中の様子を見たいよな……」
「って、出たー!!」
「おお。カズラーじゃねぇか」
「やっぱりいるよなモンスター!」
スティラの声に視線をやれば、下草に埋もれるようにカズラーの蓋の部分と触手がうにょうにょと動いていた。
小型だが、数は多い。十匹近くはいそうだ。
中に入るどころか敷地内に入った時点でモンスターに遭遇とは幸先が大変よろしい。
よろしくて思わず笑いしか出てこない。

やはりというか、数十年もの間人の入らなかった要塞は、いまやすっかりモンスターの生息地と成り果ててしまったらしい。
「どうせ最終的には全部倒すんだ……かかってこいや!」
「あー……キッシュが吹っ切れたー……」
叫んでキッシュがカズラーに向けて槍を繰り出したのが、戦闘開始の合図だった。





とはいえ、アレストとヒーアスが加わったメンバーで、小型カズラーに早々苦戦するわけもなく、次に現れたキラービーもあっさり撃退して、キッシュ達は建物の中へ入るための入り口まで辿り着いた。
「……入り口、は」
「これは入れる気がしないって……」
正門だったらしい扉の枠は見つけたが、かつて砦が落とされた襲撃の際に壊されたのか瓦礫の山のようになっていた。
更にその上を蔦が覆っているために、瓦礫をどけるためには蔦を取り除かないとならない。
「どんだけ土がいいんだろうな……」
「ほったらかしでこんだけ太く長く育つもんなんだなー」
ためしに手頃な一本を引っ張ってみたが、びくともしない。
ナイフで切るにもかなり手間取ったので、これを何本も繰り返すのは嫌だ。
ここで畑を作ったら、かなりいいものができそうだ。
……何を養分としているかはあまり考えないようにしよう。

というわけで別の入り口を探す事にして、しばらく外壁沿いに歩いていけば、壁にどでかい穴が空いているのを見つけた。
蔓草が簾のようにかかっているが他に比べればここから中に入れそうだ。

「……ここ、本当に使えんのかね?」
中に入って改めて思う。
植物の侵食は中にも及んでいて、床や壁は外ほどではないが、屋内とは思えないくらいに緑色だ。
暗がりでこんなに育つんだろうかと思ったが、なんてことはない、壁や天井のいたるところにも穴が開いていて、そこから日光や雨水が入ってくるのだ。
「ここで暮らすのって、ほとんどキャンプと変わらなさそうだよねー」
本人は悪びれなく言ったのだろうが、ジェラの言葉にキッシュ達は「そうだよなぁ……」と暗くなる。
フォリア達への報告がどう考えても悪いものにしかならなさそうだ。
いやでも屋根と壁の原型はあるからなんとかできる、のだろうか。

気をつけないと足元を這う蔦や木の根に足を引っ掛けそうになりながら、一行は先へと進む。
ところどころ瓦礫で進めないところもあったが、たいていは他に開いている穴から迂回すれば事足りた。
……これだけ穴が開いているという事実からはひたすら目を背ける。
正式なドアをくぐるよりも、穴を出入りしている方が多いんじゃないだろうか。

壊れかけた階段をいくつかあがれば、最上階らしきところまでは辿り着く事ができた。
モンスターはあちこち徘徊していたが、強さはそれほどでもなく、体力はそれほど消耗していない。
「残るは屋上だけか」
「階段は酷いもんだけどね……」
屋上へと続くはずの階段は、完全に崩れていた。
これでは屋上へ上がるのは無理かと思ったが、ジェラが少し離れたところにある壁を指す。
「ねぇ、これで上、行けないかな」
それは木の根だった。
こんなところまでよくぞと思ったが、引っ張ってみると確かな感触が返ってくる。たしかにこれなら大丈夫そうだ。
ここまでくると、屋内でツタのぼりをするのもどうでもよくなってくる。

「じゃあ、様子見を兼ねて俺行ってくる」
「頼む」
ヒーアスが手挙げして、根の強度を確かめるようにしながら、石壁に足をかけて登っていく。
年齢にしては動作が身軽だなぁと感心していると、アレストに次は誰が上がるか尋ねられた。
「俺は体重的にも最後だろうからな。三人で適当に登ってくれ」
「私は後にしとくよー」
「じゃあスティラ、先に行け」
「え、俺先?」
「落ちないように下から支えてやるよ」
にっこりと笑みを浮かべて言ったキッシュに、スティラは引き攣った笑みを返す。
「そのこころは?」
「疲れたとか言って落ちてきたら槍で刺す」
「全力で登らせていただきます!」
「後がつかえてんだからちゃきちゃき登れー」
ひぃひぃ言いながら登り出したスティラに気のない応援を向けていると、アレストが隣に立った。
キッシュと同じように上へ視線を向けたまま言われる。
「お前ら変わってんなぁ」
「そうか? これが通常仕様だけど」
「まぁ……本人達が普通だと思ってるならいいけどな」
ごくごく普通に返したキッシュに、アレストは苦笑しか返せなかった。

なんとかスティラが登りきり、キッシュも根に体重をかけて石壁を登り始める。
ところどころひび割れて欠けた石壁は足をかけるのに苦労しなかった。
多少根がぎしぎしと軋む音を立てるが、切れる事もなく無事に最上階もとい屋上へ上がりきる事に成功する。

広々とした視界からあらためて敷地全体を見下ろして、キッシュは思わず溜息を漏らす。
キッシュ達が今いるのは本館のようで、敷地内の建物では最も大きい。
ドーナツのような円状に造られたその建物の周囲にはいくつか分館のようなものが見えたが、かろうじて骨組みを残しているだけで、完全に廃墟と化しているものもある。まともに使えそうなものはひとつかふたつしかなさそうだ。
そして、そのどれもが植物の侵食を受けている。

いっそここまで繁殖していると、逆におかしく思えてくる。
いくら土が肥えていて、植物が育つ環境が整っているとしても、こんなにも育つものだろうか。
見た限り植物の種類は普通にそこらへんにある蔦や蔓草なのだが。

「なぁ、キッシュ」
「あぁ?」
「木ってさ、ここまで育つのに何百年とかかるんじゃなかったっけ……」
「……そだなぁ」
振り向いたそこにあるものは、一本の巨大な大樹だった。
五階分はあるはずの建造物よりも更に高みまで幹を伸ばし、そこから枝葉を茂らせている巨木は、本来ならば育つまでに何百年もの歳月が必要なものだ。
それが建物の中央の空洞部分から生えている。
まさかこの要塞を造る時に、この木が中央にくるように生やしたわけじゃあるまいに。

「こうやって見ると、本当にすごい木だねー」
「こんなの滅多に見られねぇって」
登ってきたジェラとアレストも感嘆の声を漏らしている。

うんうんと頷いていたスティラが、ふと表情を固くした。
その視線は木の上方へ向けられている。
「……何かくる」
その言葉の直後に、木の枝が大きくたわんだかと思うと、屋上の石畳を何枚か犠牲にして大柄な毛玉が降ってきた。
――ひとつ、ふたつ、みっつ。
普段相手にするようなもさもさやイノシシよりも遥かにでかいそれは、毛の長いサルのようだった。
全身の毛を逆立てて、真っ赤な顔から白い牙を覗かせて威嚇するように甲高い声をあげる。
武器を構えながら、キッシュは彼らの足元を見て目つきを険しくした。
せっかく無傷だった石畳が、今の行動で何枚か駄目になった。


「ギッシャァァァァァァァ!!!」


威嚇するように長い手を振り下ろすと、石畳がまた数枚割れた。
「キッシュ、こいつらたぶんここに住み着いてるモンスターの親玉だ」
「……てことは、こいつを倒せば後のモンスター退治が楽になるんだな?」
「まぁ、そういうことだ」
「ならとっとと片付ける!」
ただでさえぼろい要塞をこれ以上壊されてたまるかという心意気を胸に、キッシュは石畳を蹴った。





***
ボス戦は省略です。
ジャングルな本拠地でのお約束に胃をひっそりと痛めるヒーアス。