キッシュの持っている選択肢から考えて、こんな話を持っていけるのはフォリアのところしかなかった。
リロにはミズレの人達を受け入れる余裕はない。
マーファはああ言っていたが、フォリアならば、キナンの人をうまく宥めてくれるのではないかと考えたのだ。
フォリアが訪れた後のミズレの様子を聞いたフォリアは、腕を組んでしばらく考えた後、苦しそうな表情で答えた。
「全員をここで引き受けるのは無理だと思う」
「……そうか」
「食料の提供も、正直、町長からは渋られてるんだ」
結局僕達には権限はないから、と言うフォリアは悔しそうだ。
「それに、ここにはチノミから動いてきている人もいるから……」
続きはなかったが、その先はキッシュにも想像がつく。
チノミの人にとって、ミズレに対する印象はすこぶる悪いだろう。
そしてチノミの人をすでに受け入れたキナンの人々も、ミズレに決していい感情は持っていないのはキッシュ達がここを訪れた際の視線からなんとなく察せられている。
仮にフォリアの説得で表面上は受け入れる事に同意してくれたとしても、軋轢が生まれるに違いない。
相談を持ちかける時点ですでに薄々分かってはいたが、やはりフォリアでも厳しいようだ。
「けど、確かにそのままにはしておけないよね……」
暗い表情をしたままのフォリアに、ザハが口を開いた。
「ミズレへ人を送ろうか」
「けど、キナンとチノミの警護もあるのにミズレにそんなに人は割けないよ。最近モンスターの数が増えているのはたしかなんだし」
ザハの提案を否定したのはハルヴァだった。
「町の状態を聞くに、直すには時間も人も必要だ。だけど、モンスター達は畑の味を知ってしまってるから、また襲ってくるだろうね」
「ミズレにい続けるのは危ない?」
「と、思うよ」
スティラの確認にハルヴァは
眼鏡の位置を直し、机上に広げてあった地図に指を滑らせる。
「……このあたりに、ゼスタ帝国の要塞跡がある」
指が示したのは、町のそばを流れる川の上流より更に上へと行ったところだった。
地図上には何も記されていない。
そんなところに、そんなものがあったのか。
「ゼスタ帝国って、もう何十年も前に滅んだ国だろ?」
「そう。けど、この要塞は堅牢な造りだから、まだ使えるはずだって言ってたのを聞いたことがある」
「聞いたって誰に」
「先生」
「僕も初めて聞いたんだけど……」
フォリアの言葉に曖昧に返して、ハルヴァはどうだろう、とキッシュへと視線を向けた。
「ここにミズレの人達を移せってことか?」
「ミズレに留まるよりは安全だと思う。食糧の問題とか、色々あるけど……」
「そこは僕達でなんとか頑張ってみよう」
フォリアがいい、ザハが頷く。
彼らの助言を受けて、キッシュも今もらった話以外に手はないだろうと考える。
そもそも打つ手がないから彼らを頼りにきたわけだから、当たり前なのかもしれないが。
「問題は、本当に使えるかってことか」
「そうだね。よろしくね。キッシュ、スティラ」
「「…………」」
にっこりと笑みを向けられて、キッシュとスティラは顔を引き攣らせた。
あ。
この流れって。
「……俺達で、要塞が使えるかどうか確認してこいと?」
「ミズレの人達には僕らから話に行くよ。当面の対策は必要だろうし」
「大変そうだったら少しは手伝うからな」
「…………」
「……これは断れる雰囲気じゃねーよなー」
自分達から話を持ち込んだ形だ。
全部フォリア達に押し付けてさよならというのは問屋も卸さないし気が咎める。
溜息をひとつ吐いて、キッシュは頷いた。
「わかった。見てくるけど、モンスターとか住み着いてたら、討伐は手伝ってくれよ」
「もちろんだよ」
ここまでくると腹を括るしかないのかもしれない、と思いながら、イグラにどう報告しようかと目先の問題だけを考えて、キッシュは再び溜息を吐いた。
***
イグラへの報告はあっさりと済んだが、それよりも置いていかれた事に激怒するビスコとフィンを宥める方に一苦労だった。
家から出てきたキッシュ達を見つけた途端、すごい勢いで飛び掛ってこられて、スティラが一度潰された。
「オレ達に黙っていくとかひでー!」
「そうよ!」
「いや、だって言ったら絶対ついてくるだろが!?」
「当たり前だろ!」
「あたし達だって行きたかったのにー!」
「だから言わなかったんだろうが!!」
きゃんきゃん言ってくる二人をあしらうのに手一杯で、奥から出てくる大きな人影に気付けなかった。
「よう、元気そうだな!」
がしっと肩を組まれてずしりとした重みに一瞬よろける。
振り仰げば、熊みたいな顔が人好きのする笑みを浮かべていた。
「アレスト!」
「久しぶりだなー」
すぐ近くにはヒーアスもいた。二人とも、キッシュ達が出かけている間にリロに戻ってきたらしい。
どちらも大きな怪我をしたりはしていないようで、出るにしても挨拶をしてからと留まってくれていたのだという。
「いつ戻ってきたんだ?」
「ほとんどキッシュ達と入れ違いだな」
「聞いたぜ。南の方に行ってたんだって?」
「ああ……うん」
頷いて、キッシュはアレストの腕から抜け出す。
「二人とも、北部を見に行くって話は終わったのか?」
「ああ、一応一段落したけど」
「……少し頼みたいことがある」
「いいぜ」
「おいアレスト」
「シャルロ預かってもらってたんだから、礼はしないとだろ」
「だからってなぁ、一応話を聞いてから」
「よし言質取った」
言ってにやりと笑ったキッシュに、アレストとヒーアスは嫌な予感がしたんだ、と後に語った。
長くなるから
茶でも飲みながら話そうと家へと戻り、カロナはイグラのところにいるので茶を淹れるのは必然的にスティラの仕事だ。
いつも淹れているからか、これだけはキッシュよりうまい。
ビスコとフィンとシャルロもいるので、詳しい描写は省いて、キッシュは事の経緯を説明した。
「――てなわけで、その要塞跡が使えるかどうかを確かめに行くんだけど」
「俺達もついてこいって?」
「おう」
「別にそれくらいは構わんだろ。なぁ、ヒーアス」
「ああ。どんな無茶難題を振られるかと思ったからほっとしたぞ」
「……いったい何を言われると思ってたんだ」
尋ねれば、ヒーアスはどこか遠くを見る目をするだけだった。
「けどなぁ。行くなら子供達は置いてった方がいいな」
「「なんで!?」」
ユニゾンで叫んだビスコとフィンに、危ないからだ、とヒーアスはもっともな事を答えたが、本当の理由は別にあるようだ。
たしかにモンスターが徘徊してる可能性はあるが、手に負えないようなら戻ってくるつもりだった
し、こいつらを置いていくのも振り切るのが大変だから連れて行こうかと考えていたのだが。
「そんなに危ないとこなのか?」
自分達より余程旅慣れていそうな彼らが言うなら、気づかない危険があるのかもしれない。
忠告があるなら真面目に聞こうと尋ねれば、なんとも曖昧な表情をされた。
「……いや、たぶん」
言葉を濁すヒーアスは、何か知っているようだ。
しかし、どうにもはっきりしない。
「何か知ってるなら教えてくれ。北部に行く最中に寄って、何か見たのか?」
「いや、俺達は山脈沿いに進んだから、要塞の方には行ってないぞ」
「危険っつーか……身の危険ってことならたぶん普通の旅と変わらないから問題ないんだが……うん、たいしたことじゃないから気にするな」
「……まぁ、いいけど」
語尾に「たいしたことじゃなくあってくれ」とついていた気がした。
ヒーアスが何を危惧しているのか分からなかったが、危なさについては通常と変わらないようだし、二人もついてきてくれるなら心強い。
「ジェラはどうする?」
「要塞って遺跡みたいなものかなぁー?」
「遺跡とは違うが、要塞は外敵からの侵入に強い造りをしてるからな。入り組んではいるかもな」
「なら行ってもいいよー」
君達と一緒にいると退屈しないし、私も乗りかかった船だしねと承諾してくれたジェラを含め、これで五人。
旅をするにはこれくらいがちょうどいいだろうか。
「となれば善は急げか。すぐに出発するか?」
「いや、明日にするから」
つい、と指をあげて、キッシュはアレストとヒーアスを指し、そのまま不満を前面に出している子供達に動かした。
「こいつらの説得よろしく」
「俺らが!?」
「俺達の言うことじゃ聞かないもんなー」
「ああ。ここは年長者からの重みのある言葉で諦めさせてくれ」
「…………」
「…………」
「……アレスト」
「いや、俺はこういうのは苦手だから」
「お前の方が経験豊富だろう!」
擦り付け合いを始めた大人二人をほっぽって、巻き込まれる前にキッシュとスティラは早々に休むために奥の部屋にひっこんだ。
***
茶を出しているところでキッシュとスティラが夫婦みたいだとアレストに言わせたかったけれどあんまりにも二人が不憫だと思ってやめてみた。
ヒーアス的予測は「要塞の最深部にはボスがいるんだ。きっといるんだ」というものです。
そろそろ一度キッシュの手の甲を確認したい今日この頃。
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