ジェラを連れて村まで戻ったキッシュ達を待っていたのは、仁王立ちしたカロナだった。
日暮れより前に戻るという言いつけを破ったからお説教は覚悟していたが、あやうく夕食抜きにされるところだった。
イグラが宥めてくれたおかげでなんとかそれは免れたが。
遺跡の中でモンスターと一戦やって一食抜き。それは勘弁願いたい。
「まったく……年長組のあんた達がしっかりしないでどうするの」
「ごめんなさい」
「明日は罰として、みっちりクグロの畑仕事を手伝うのよ」
「はい」
謝りながらも、普段ならば一通り怒れば後は蒸し返してこないカロナが、今回はやけに引きずるなとキッシュはやけに辛いスープを掻きこむ。
けど、やでも、な言い訳はこういう時はしないに限る。
しかしキッシュの疑問に気づいたのか、食後の茶を飲んでいたクグロがその理由を教えてくれた。
「今日、ちょっと物騒な情報が入ってな。カロナも神経質になっとるんだ」
「物騒?」
「日頃から物騒じゃん」
モンスターが村を襲った然り、盗賊が現れた然り。このあたりでは、割と日常茶飯事だ。
匙を動かす手を止めて尋ねたスティラに、それもそうなんだが、と一拍置いてクグロは顎を擦る。
「襲われたのがチノミなんだ」
「チノミって南部にある、あのチノミ?」
「あそこってモンスター対策はしっかりしてるはずだろ」
南部は肥沃な土地だけあって、治安事態はこのへんより穏やかだ。
それでも耕作地を狙ってのモンスターは多く(中部の場合は本当に「村自体」をモンスターが襲うことも珍しくない。食料事情って大切だ。)、どの村も対策を練っている。
チノミも柵も高く頑丈なものを作り、夜間の警備も怠らないと聞いていた。
そこが襲われたのだとしたら、かなり事態を重く見ているのも頷ける。
「詳しいことはまだ入ってきてねぇが、結構手酷くやられたらしい。というわけだから、俺達も気をつけようってことになってな。うちの柵も強化することになったから、明日はきりきり働けよ?」
「「…………」」
「頑張りますっ!」
白い歯を見せてにやりと笑ってイグラに、キッシュ達は嫌々、シャルロは嬉々として頷いた。
翌日、文字通り日の出から日暮れまで柵の強化と新設でみっちり働かされた。キッシュとスティラが。
ビスコと
シャルロは朝は少し手伝っていたが、フィンが半ば無理矢理引っ張っていってしまった。
元々シャルロを働かせるつもりはなかったカロナは心よく送り出し、同年代の友人はいた方がいいだろうとビスコも免除状態だ……不満は言うまい。
ちなみにジェラは特に何をするでもなく村の中を適当に歩いては迷子になっていた。
彼女はフィンの家に厄介になっているのだが、彼女の家からほぼ一本道でしかない広場に行くまでに半日かかったというから驚きだ。
この小さな村で迷えるのはある意味才能じゃないだろうか。
「俺明日筋肉痛で立てない……」
「前々から思ってたけど、お前なんでそんな筋肉つかねぇの……」
「知るか……」
そして現在、一日肉体労働に従事した体をベッドに投げ出してゾンビのように
ぐったりと息を吐くスティラはまさしく生きる屍状態に見えた。
キッシュもスティラほどではないが、体が重い。
「農作業する度に筋肉痛でへばるサイクルから抜け出したい……」
「ほぼ毎日やってそれって、お前の燃費の悪さと貧相さにいっそ驚愕するわ」
枕にうつぶせになったままもごもごとぼやき、うっさい、とキッシュの方に伸ばしかけて力尽きるように落ちた腕は細い。
特別食が細いわけでもないし、農作業もやっているのに一向にたくましくなる気配がない。
しばらく室内に沈黙が落ちる。
開けっ放しの窓からシャルロとビスコが何か喋っている声が聞こえてくるが、それもすぐに聞こえなくなったところを考えるに彼らは早々に眠ったらしい。
キッシュはベッドに体を投げ出したままぼんやりと天井を見上げる。
じわじわと睡魔がやってくるが、今日一日畑仕事をしながら考えていた事を今日中に言っておくかとキッシュは口を開いた。
「スティラ-」
「……なーにー?」
すでに夢の世界に片足を突っ込んでいるような声を出すスティラにお構いなしに、キッシュは天井を見上げたまま呟く。
「チノミに行ってみようと思うんだけど」
「……はぁ!? なんで!?」
眠気を吹き飛ばすには十分だったらしい。数秒で言葉を頭に回して
がばりとスティラが身を起こす。
「そんなに驚くことかよ」
「驚くことだよ!」
「なんで襲われたか知りたくねぇ? もし新種のモンスターとかで、こっちにまできたらどうするよ」
このあたりの土地はそれほど裕福じゃない。貯蔵だって十全でもない。
収穫期前のこの時期にモンスターに襲われたら、冬を越せなくなる村だって出てくるし、他の村から人がこればリロもかなり苦しくなる。
「対策が必要なら立てねぇとだろ」
「まぁ、そうだけどさぁ。……クグロやカロナ母さんになんて言うんだよ」
「様子見に行くくらいなら許してもらえるだろ」
「……あいつらは?」
「…………」
言ったら絶対ついてくると思うけど。
キッシュ自身も考えていたところを突かれて、黙り込む。
黙って言ったら後が怖いが、一緒に連れて行くとなるとさすがにカロナが反対するだろう。
まぁそこは明日なんとかなるだろうと明日の自分に任せて、キッシュは布団を被った。
***
「俺、チノミ行ってくる」
早朝に朝食前の一仕事をしていたクグロに言えば、彼が持っていた柄杓からだばだばと水が零れた。
「チノミってなんでまた……」
「いや、ちょっと様子見に行きたいなと」
「ふむ……」
クグロはどうしたものかと考えるように顎を触れる。
「わしも様子を見に行きたいとは思っていたんだが、この時期に畑を離れるわけにもいかなかったからな……。お前らが行ってくれるなら助かるが」
そこで言葉を切って、クグロはちらと家の方を見る。
「カロナにはきちんと言っていけよ」
「わーってる」
「それとビスコ達は」
「連れて行くつもりはない」
断言したキッシュに頷いて、クグロはしかし苦笑いを浮かべた。
「まぁ、ばれんようにしろや」
「――と言ってどんだけ頑張っても、フィンの家にジェラがいる時点でそれは無理だったと思うわけですよ」
「黙れ」
「あたしをおいて行くなんて酷いと思うの」
ぷんすかしているフィンを目の前に、出発前からキッシュとスティラは頭を抱えていた。
同行を頼もうと思っていたジェラがフィンの家に間借りしていたせいで、運悪く見つかったのだ。
「……どうすんだよ。これでビスコとシャルロ置いていったら後が怖いぜ」
「連れていった後のカロナ母さんの怒りを考えるのも怖い」
「「…………」」
これは素直にカロナ母さんに相談するしかない、と二人は力強く頷いた。
「私は別にいいけどね?」
「いやー……よくないんだって」
笑うジェラに首を振って、カロナのところへと再び足を向けた。
結果から言えばカロナ母の許しは出た。
というよりも、置いていったところで絶対に後からこっそりついて行くに違いないから、最初から一緒に行ってしっかり見張ってなさいという事らしい。
……暗に、二人が無茶をしないようにビスコ達をつけたというのが窺えてしまったので、無理に置いていくのも諦めた。
「何かあったら首突っ込むって読まれてる……」
「そりゃ十年以上俺達の面倒みてくれてるわけじゃないからな」
お前のおしめ取り替えてくれてたんだからな、と笑うスティラは自分がそうじゃないからといいご身分である。
遠出できる事が嬉しくてたまらないといわんばかりの三人が先行しすぎないよう注意しながら、街道をゆっくりと進む。
ティローが再び使えるようになったおかげで、街道を歩く人影は少ない。
穏やかな気候だし、聞こえてくるのは鳥のさえずりと子供のはしゃぐ声というのも悪くない。
三人が同行する事に了承を出した時のカロナは、仕方ないという顔をしながらも、少しほっとしているようだった。
たぶん、カヤシのことで、終わった事とはいえど随分と心配をかけたのだろう。
「あんまり心配かけないようにしねーとなぁ」
「今回は様子見るだけだろ」
「カヤシの時も最初はただのお使いだったじゃん」
「それもそうだけど」
今回、もしモンスターが新種であったとわかっても、討伐をしようとか、自分達だけで突っ込むなんて無謀な事はしない。
前の時は手練れであるアレストとヒーアスが一緒だったから勝算もあったが、今回大人はジェラだけで、彼女もあの二人ほど強くはない。
そして守る相手があの時はシャルロだけだったが今回は三倍だ。
そこまで無謀でも無鉄砲でもないって、とキッシュは笑って、なぜか街道から外れそうになるジェラの服を引っ張った。
***
誰もスティラが行くとも行かないとも言ってないのに行くもんだと思われていないかという。
疑問を一瞬覚えたけれど愚問な気しかしなかったので気にしないことにしました。
序盤は強制加入です。
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