遺跡はリロからそう離れていない場所にある。
元々は何かの儀式場だったのかなんなのか、大きな四角い建物はこのあたりでは見ない形状をしていて、しかし実際何に使われていたのかは誰も知らない。
最初はただの廃墟だとばかりに思っていたのだが、聞けばイグラが子供の頃にはすでにここにあり、その祖父の時代にもここにあったというから、少なくとも百年以上存在している事は分かっているのだが。
けれど一昔前の建物というのに外装を覆う石にはひび割れもなく、つるりとした加工を施された薄灰色の建築物は、昔の技術と思えぬほど高度な出来栄えだった。
実際、今の技術でもこれほどのものを造れるとは思えない。

「うっわー! おっきいね!」
シャルロが遺跡を見上げて叫ぶ。
驚くのも無理はない。まだキッシュ達がこれくらいの頃に、自分達の村とこの遺跡との大きさを比べてみようとして、ちょっと嫌な結果になりそうだったからやめた程度にはでかい。

「すっげーだろ!」
「ビスコが威張るところじゃないと思うけどねー」
「うん、すごい!」
「キッシュ、スティラ、早く行きましょうよ!」
きゃいきゃいはしゃぐ三人に、すでにぐったりしながら引率者二名は後をついていく。
まぁ、地上に出ている部分は何度もきた事があるし、くまなく探検した事もあるから、迷い込む事もなければ出てくるモンスターも大した事はないので大丈夫だ。
ビスコとフィンも、初めてのシャルロがいるから、さすがに知らないところまでは行こうとはしないだろう。

地面からは石の敷かれていないところから生えた草が茂みを形成したり蔦を這わせたりしているが、基本崩れそうな兆候もなければ、草木を取り払いさえすればすぐに住めそうな感じである。


「ねぇ、キッシュさん」
最後尾をとろとろ歩いていると、ビスコとフィンから離れて寄ってきたシャルロがこそりと聞いてきた。
「さっきフィンと会った時、僕のことが色々わかったのって、キッシュと同じような力を持ってるの?」
「いや、あいつの場合、なんていうか……まぁ、自称探偵だ」
「自称……?」
「あいつも確かに能力を持ってるんだが、説明がややこしくってな……知らない事の方がよくわかる、みたいな」
フィンの能力はその類稀なる推理力なのだが、相手の情報がなければないほどにその的中率をあげるのだ。
逆に情報が集まるほど的中率はさがり、人間に対しては名前がキーとなるのか、自己紹介をされた相手にはほとんど的中しなくなる。
「なるほど。それで早く自己紹介しろって言ったんだ」
「本人にあんま自覚はないけどな」
「みたいだね。聞いたけど、なにそれって顔されちゃった」
納得したよ、と頷くシャルロはすんなりと西大陸特有らしい「能力」についても理解を示していて、その順応力の高さに驚かされる。

「シャルロー! なにしてんのー?」
「こっちよこっちー!」
「うんー!」
「……ちなみにシャルロ君」
「なに?」
「あの二人の相手、疲れないか?」
「どうして? 二人とも僕を楽しませようとしてくれてるし、楽しいよ?」
「…………」
心底不思議そうに言って、随分先へと行ってしまったシャルロの背中がとてつもなく広いものに見えた。
「……すーげぇ」
今の会話を聞いていたスティラが、感嘆の言葉を漏らす。
キッシュもおおいに同意した。
「あれは将来大物になるぜ」

そんな年長者のやりとりなどまったく知らない年少トリオは、きゃいきゃいとはしゃぎながら奥へと進んでいく。
「すごいなぁ、あっちにもあるの?」
「そうよ、同じようなものが沢山あるんだけど、全部ちょっとずつ違うの。あっちにはもっと不思議なものがあるのよ!」
素直に感動してくれるシャルロの反応を気に入っているのか、ぐいぐいと腕を引いてフィンが先へと連れていく。
ビスコがその後を楽しげについていくのだが、三人に反応して寄ってくるモンスターの処理はキッシュとスティラである。
まぁ、もさもさとかもさもさとかもさもさとかしかいないので、それほど辛くはないのだが。

そうして辿り着いたのは、建物の中心部だった。
「ほら、これよ!」
フィンが胸を逸らして示したのは部屋の全体だった。

部屋は村の広場ほどもあり、その中心には祭壇のように積み上げられた石がある。
そして床にはその祭壇を取り囲むように、何重もの不思議な模様が描かれているのだ。
大きなもの、小さなものが、丸や四角の記号とともに、床を埋め尽くすように刻まれている。

圧倒されそうなその光景に、シャルロは息をのんで、ふと何かに気付いたようにその場にしゃがみこんだ。
その視線は一心に床に刻まれた文字に向けられている。
「……なんか、シンダル文字に似てる」
「シンダル?」
「なんだそれ? 北大陸の文字なのか?」
「うーん……違うような、そうなような……」
聞き返すビスコとフィンに言葉を濁して、シャルロは立ち上がる。
キッシュも気になって聞いてみた。
「シンダル文字ってなんだ?」
「ええと……北大陸にも、同じような遺跡があるんだ。僕が見たことがあるのはひとつだけなんだけど、そこにあった文字によく似てる」
「こんな遺跡が北大陸にもあるの?」
「うん、たくさんあるんだって。昔、シンダル文明っていうのがあって、僕達よりずっとずっと発達した文明だったんだって。シンダルの研究をしている人もいるし、そういうのをまとめた本もあるよ」
「……そうなのか」
「なぁんだ、北大陸にもあるの」
「こんな不思議なモンがあちこちにあるのかよ! すっげー!!」
思ったより驚いてもらえなかった事にやや不満げな様子のフィンだったが、ビスコは反対にこれと似たような遺跡が世界のあちこちにあると知って逆に興奮してきたようだった。

「で、シャルロは読めるのか?」
「読めないよ。一度しか見たことないし。それに、すごく難しいんだって。それを研究してる専門の人がいるくらい」
あっさりと首を横に振って、シャルロは答えた。
「お父さんやアレストさんでも無理じゃないかなぁ。……あの人達なら読めそうだけど、どうだろう?」
言葉の後半はうまく聞き取れなかったので首を傾げてみせると、シャルロはなんでもない、と首を振った。

「さて、というわけでそろそろ帰るか」
「えー! もっと奥行こうよー!!」
「そうだぞ! まだ全然見てないじゃないか!」
「そろそろ出口に行かないと、日が暮れる前に戻れなくなるよ」
スティラの言い分はもっともだった。
この遺跡が安全なのは昼間だけで、夜になると昼間とはケタ違いの強さを持ったモンスターが徘徊し始めるのだ。
……なぜそれを知っているかというと、昔それで大ポカをやらかしたからなのだが、それを言うとビスコとフィンは自分達もと言い出しかねないので永遠の秘密である。

「ぶー」
「俺の言うこと聞くって約束しただろが。また明日来てもいいんだから」
シャルロの観光案内ということで、クグロから畑仕事はしばらく免除と言われているから、明日も堂々と遊べる。
「僕も明日また来たいな。まだ当分お父さん達戻ってこないだろうし、ちょっとずつの方が長く楽しめるもん」
「まぁ、シャルロが言うなら?」
「明日も絶対くるのよ!」
「……おお、シャルロすげぇ」
「これでこの三人の中で最年少ってんだから……」
シャルロの精神年齢が高いのか、それとも他の二人が低いのか。

ちょっと熱くなった目頭を押さえつつ、戻ろうと踵を返しかけたところで、いきなり地響きがした。
ぐらぐらと地面が揺れる。
「地震!?」
「けっこうでかい……!?」
体勢を崩しそうになるのをなんとか堪えていると、すぐに揺れはおさまった。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
年少組は三人とも立っていられないようでその場に座り込んでいるが、怪我はなさそうだ。
人の腕にすがりついてきていたスティラをべりっとはがして投げ捨てて、キッシュはあたりを見回した。
「……次の揺れがくるかもしれない。しばらくはここで――」
言い終わる前にまた揺れた。
「またきたー!!」
スティラが情けない声をあげ、三人はぎゅっと固まって姿勢を低くしている。
おかしい、地震にしてはあまりにも唐突に来すぎやしないか。

その時、轟音が耳に届いた。


「なにかが崩れた……音?」
「まさか、この遺跡が崩れたとか!?」
「かもしれない、けど……この遺跡が崩れるくらいの地震だったら、村なんて倒壊してそうなんだけど」
「……音は奥の方からだったよな」
「確認しにいくの?」
「念のためな。お前達はここでスティラと」
「オレ達も行くぞ! そっちのが安全な気がするし!」
「そうよ! スティラだけ置いていかれてもなんの役にも立たないわ!」
「キッシュさん一人で行くのは危ないよ!」
「ビスコとフィンの言葉が胸に刺さる……」
「毎度のことだろ。行くぞ」
結局全員で行く事になるんだよなと肩をすくめて、キッシュ達は部屋を出た。

入り口とは反対の方へしばらく進んでいくと、地面に大きな穴ができていた。
「……なんだぁ、これ?」
「こんなとこにあったっけ、こんな穴」
この通路はキッシュ達が横一列にあるいてもまだ余裕があるくらい広いのだ。
その道を寸断するように、どでかい穴があいていた。
穴は地面だけでなく天井にも及んでいて、柔らかいオレンジ色をした日差しが穴の中を照らしている。
「……さっきの音でできた穴、だろうな」
「地震で? だったら天井まで落ちるのはおかしくないか?」
「……穴の淵が熱い。たぶん、下から出た何かが天井まで貫通させたってことなんだろうけど……」
「この頑丈な遺跡を貫通させるってなんですか!?」
少なくとも、キッシュ達がこの遺跡で見た事のあるモンスターの類ではない。

穴の端にしゃがんで下を覗き込んでいたビスコが言った。
「なぁなぁ、ちょっとだけ」
「だめだ」
「まだ何も言ってないだろー!」
「お前、下に降りたいとか言うんだろ。絶対だめだからな!」
「なんでだよー」
「こんな大穴あけるようなのがいるとこに行けるかっての!」
「なんだよ怖いのかよ!」
「怖いかどうかはともかくとして、俺らだけじゃ何かあった時にお前ら連れて逃げられない。ミンスがいてもさすがにここは退くぞ」
「うー……」
ミンスの名前を出されてビスコは納得したのか、大人しくこちらへ戻ってくる。

「ほら、フィンもこっちくる。危ないっての」
「んー……なんか、今下で何か動いたような――」
淵ギリギリに立って下を覗き込んでいるフィンを穴から離れさせようとスティラが近づいて、その時、破壊の衝撃でもろくなっていたのか、穴の淵の崩壊が進んで、二人の足元がガラガラと音を立てて砕けた。

「ふえっ」
「うわーっ!?」
フィンとスティラの姿が三人の視界から消える。
「おい!? ……お前らはここにいろよ!」
シャルロとビスコに動かないよう命じて穴の端へ寄って下を覗き込む。
瓦礫の山の上で手を振るフィンと、その隣で腰を押さえている(打ったらしい)スティラを見つけてほっと息を吐き出した。
「ケガはないか?」
「平気よー」
「……入り口のあたりにツタがあったな。それを持ってくるから、少し待ってろ」
「それがちょっとのんびり待てないかもー?」
スティラの緊迫した声に、フィンも何かに気付いたように視線をキッシュから外して穴の奥の方を睨みつけた。
二人の感情が、焦りと怯えに染まり始める。

「……ビスコ、シャルロ。入り口のあたりにツタがあったよな。丈夫そうなやつ取ってきてくれ」
「わ、わかった!」
「ビスコ、行こう!」
走り出した二人を確認して、キッシュも穴に飛び込んだ。


スティラとフィンが対峙していたのは、ぐにょぐにょと動く粘液の塊だった。
「はいよるねんえき……」
二、三匹くらいならスティラとフィンでもなんとかなるが、三人を囲むようにのたうっている奴らは両手の指でも足りないくらいだった。
「……さすがにこれは」
「うにうに気持ち悪いー!」
「とっとと終わらせるかっ……って!?」
スティラがつがえた弓が一匹に突き刺さる。
けれどそれはぐるりと体内に取り込まれ。

「溶かされたー!!」
「これって、食べられちゃうってこと?」
「縁起でもねーなぁ」
槍を構えてキッシュは苦く笑う。
試しに投げた元床の破片は、さすがに消化できないらしいが、モンスターの中で浮いている。

「刺すのがだめなら切るのはどうだ!?」
槍を横薙ぎに払い、近づいてきた一匹を切り裂く。
一瞬分離したそれは、ふたつになってまたうごうごと動き出した。

「増えたー!!」
「くっそ……ビスコとシャルロはまだか……?」
正面からやりあってなんとかなりそうな相手ではない。
あの二人がツタを持ってきてくれるのを待つしかないのだが、どんどん包囲網は狭められている。

「……フィンなら、上まで投げられる、か?」
覚悟を決めかけたところに、拍子抜けしそうな軽い声があたりに響いた。
「どーいってー」
すたん、と三人の眼前に誰かが降ってきた。
広がる灰色の中に、白銀の煌きが光る。

目を丸くしている三人に、彼女はことりと首を傾げた。
「んー? お困りかなー?」
「……いや、まぁ、お困り……です?」
スティラが疑問形で返した。

若い女性だった。キッシュ達よりかは上だろうが。
灰色の長い髪を白銀の髪留めで結い、身にまとうもの全てが黒と白のモノトーンで構成されている中で、唯一夕日と同じ色の瞳が煌いていた。
「あんた……」
「あんたじゃないよー。私はジェラって名前があるんだよー?」
「俺はスティラ……ってのんきに自己紹介してる場合じゃないんだって!」
「おっとっと」
突然の乱入者に刺激されたのか、とうとうはいよるねんえき達が襲い掛かってきた。
ぐにぐにとした触手を伸ばしてジェラの足を絡め取ろうとしたのをひらりとかわし、ジェラは呟いた。
「むーん。いい加減こいつらも飽きちゃったんだよねー」
ジェラは手で髪を後ろに流して、唇を尖らせた。
年齢はキッシュ達よりいくつか上だろうに、なんだか仕草が幼く見せる。

「さくっとやっつけちゃおっかー」
「倒し方わかるのか」
切っても増えるだけ、矢では取り込まれてしまう。そんな相手をどうやって倒すのか。

ジェラは両手を腰にやって、すらりと剣を抜く。
両手に同じ大きさと形をした剣が一本ずつ。
「双剣?」
くるくるっと剣を回して見せて、ジェラは強く大地を蹴った。
「はやっ!」
一瞬ではいよるねんえきに近づき、次の瞬間にはモンスターは十字に切られていた。

「やった!」
「すごいっ!!」
フィンとスティラが感嘆の声をあげる。
しかしジェラはくるりと剣を回し、首を傾けた。
「……ありゃー。やっぱりかー」
はいよるねんえきはぐにぐにとうごめいて、今度はひとつに戻ってしまう。

ジェラはもう一度くるくると剣を回すと、すっと構えなおした。
剣の柄に埋められた石が淡く光、その光が剣先へとのびていく。
片方は赤く、片方は薄緑に。

「とーう、りゃっ!」
ジェラがもう一度はいよるねんえきに切りかかる。
切った片方に赤く光る剣を突き刺すと、ぶすぶすとはいよるねんえき1/2が煙をあげ、黒くくすぶる塊になった。

もう半分も同じように処理して、ジェネはくるりとキッシュ達を振り向いた。
「いぇーい☆」
「い、いぇーい……?」
「かっこいー!」
「かっこいーでしょー」
フィンは今の光景にすっかりジェラに心酔してしまったらしい。

一匹がやられて危機感を覚えたらしく、他のはいよるねんえき達はずるずると闇の奥へと去っていく。
なんとか危険からは抜け出せたらしい。
「あの」
「んー?」
「助けてくれて助かった。ありがとう」
「そんなかしこまんなくていいって。そのかわり、いっこお願い聞いてほしいんだけど」
「なんだ?」
金だろうか。
少し身構えたキッシュ達に、ジェラは頬をかきつつへらりと笑った。

「あのね、一緒に外に連れてってほしいんだよねー?」
「……外?」
「一番奥じゃなく?」
「宝を一緒に探してほしいとかじゃなく?」
「いや、それはもうゲットしたからいいんだけどね?」
「したんか!」
「私方向音痴でさ。外出られなくて困ってたんだ」
「……方向音痴で遺跡探索って自殺行為な気がするんだけど……」
「こうして君らと出会えたからいいじゃない」
「「…………」」
この人限りなくアバウトだ、とキッシュとスティラの見解は一致した。


その後シャルロとビスコが持ってきてくれたツタでなんとか上へとあがり、ジェラと共に外へと出た。
実のところほぼぐるりと円形状になっているだけなので、多少迷ってもそれほどかからずに外に出られるはずなのだが、かれこれ三日ほど迷っていたらしい。

ほとんど陽の落ちた外で、ジェラは久々の外にぐぅっと背を伸ばし、深呼吸をした。
「助かったよー。ありがとね」
「いや、俺達も助けてもらったから」
「このままの垂れ死ぬかと思ったわー。いつものことだけど☆」
「…………」
「あ、外まで連れてきてくれたお礼にコレあげる。奥の方で拾ったんだけど、よくわかんないし、私こういうのあんまり興味ないから」
そう言ってぽいっと投げられたのは、石の塊だった。
濃い灰色をしたいびつな形のそれは、ところどころから色とりどりの水晶のような輝きをのぞかせている。
「紋章石の塊?」
「加工したら結構な値段になりそうだけど、いいの?」
「うん。私あんまり興味ないんだそういうの」
「…………」
トレジャーハンターなのに?
全員の心の声が一致した瞬間だった。


「ところでさー、もうひとつ教えてほしいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「このあたりで一番近い村ってどこかなぁ。っていうかご飯が食べられるところってどこだろう?」
「………………それなら、俺達の村が近いんで、案内するよ」
長い長い沈黙の後、なんとかキッシュは一言返した。





***
トレジャーに興味のない迷い子ハンター。
最早意味がわからない。