カヤシの人達にはキッシュの能力は伏せ、あの男が雇われただけであるという事だけは伝えておいた。
当面の間は大丈夫だと思うが、 今後も用心するようにと言えば、同じ手に何度もかかるヘマはしないと面々は色々と対策をすでに練り始めているようだった。
山脈を荷や人を乗せたまま駆け上がるティローの脚は強い。油断さえさせなければ、その一撃で相手をのすことだってできるだろう。

「シャルロ、またいつでも遊びにきておくれ」
「あのなぁ……大陸が違うんだから、そうほいほいこられるわけねーだろ」
「今度は妹が大きくなったら一緒にくるね! お母さんも一緒に!!」
「ああ、それは楽しみだ。それまで元気でいなくっちゃなぁ、母さん」
「ええ。長生きはするものだっておばあちゃんも言ってましたしね。クレアちゃんとネイネさんに会えるのを楽しみにしていますからね」
「うんっ!」
「だーかーらー」
「煩いぞヒーアス。二十年も親に心配かけ通しだった息子なんてどうでもええわい」
「今度は三人でいらっしゃいねぇ」
「実の息子そっちのけ!?」

「……あれは完璧に根に持たれてんなぁ」
「からかってるだけだろうけどな」
二十年も手紙ひとつ出さないまま生死不明になっておいて、これくらいで済めば御の字ではなかろうか。
それでも久方ぶりの息子の帰宅に、喜んでいるのは傍目でもよくわかる。
急かすのも野暮だろうと、 少し離れたところで一家団欒(?)を眺めつつ、三人はのんびりと出発を待っていた。

やがて、名残惜しそうなシャルロと、げんなりとしたヒーアスが戻ってくる。
「悪い、待たせたな」
「もういいのか」
「北大陸に戻る前にまた寄るつもりだし。ちくちく言葉の棘が痛いのなんのって……」
「愛の棘だろ」
「キッシュさん見てみて! ティローの笛もらったんだ!」
「おお」
首にぶらさげた紐を嬉しげに見せてくれるシャルロに、ヒーアスへのフォローを打ち切ってキッシュは笑顔で相槌を打った。
どうやら初孫のシャルロは、ヒーアスのご両親に大層気に入られたらしい。
……そういえばヒーアスは一人っ子だったらしいのだが。
そりゃ根にも持たれても仕方がない。

団欒が終わったのを見計らい、トルツが荷物を括りつけた彼の相棒であるティローを率いてやってくる。
随分と待ちくたびれたのか、かつかつと蹄で石を蹴る仕草は今にも出発したそうだ。
他に比べて一回り大きな体にシャルロがぱっと目を輝かせる。
「わあっ、大きなティロー!」
「俺の相棒で、シキっていうんだ」
「トルツさん、僕もシキに乗ってもいい?」
「いいぜ」
わぁい、と無邪気にはしゃぐシャルロはここが随分と気に入ったらしい。
シキも元来の性格なのかそれなりに気に入ったのか、シャルロに向けて首を差し出し、おとなしく毛を撫でられている。

「これ、将来ティロー使いになりたいって言うんじゃないのか?」
「……その時は家族会議が怖い」
乾いた笑顔でヒーアスが言った。



ティローでの旅は快適……とはなかなかいかなかった。
当たり前だが揺れる。足場が悪いところを行くので当たり前ではあるのだが。
行きと同じく反対側にも抜け道もあるようなので、そこを通ればいいという話もあったが、せっかくなのでティローに乗ってみたかったのだ。
「こえぇぇぇぇぇぇ!!」
「振り落とされないようにしっかり手綱握っておけよー」
シャルロと一緒にシキにまたがっているトルツの声が気持ち遠くに聞こえる。
ほとんど垂直の崖を落ちるように駆け下りるのは、慣れてしまえばスリルがあって楽しいが、それまではいつティローが足を踏み外すんじゃなかろうかとびくびくものだった。

途中、台地で一晩を過ごし、翌日の昼頃にはリロの近くにある乗合所に到着できた。
「ほんと助かったぜ。お前らならいつでもタダで乗せてやるからさ、山越えしたい時はいつでも言えよ!」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、またそのうち顔出すわ」
「トルツおじさん、またね!」
「おう。またな!」
乗合所にすでに控えていた別のティロー使いにティローを託して、シキにまたがり去っていく トルツを見送る。
営業を再開した乗合所は再開の話を聞いた人達で賑わっていた。
これで護衛の依頼過剰も解消されるだろう。

さて、とキッシュとスティラはアレスト達に向き直る。
なんだかんだで色々あったが、彼らとはここでお別れだ。

少し名残惜しさを感じつつ、キッシュは興味本位で尋ねてみた。
「三人はこれからどこに行くんだ?」
「あー……それなんだがな。ひとつ、頼んでもいいか?」
「ん?」
「二人はこれから村に戻るんだよな」
「ああ、村長の薬を届けないといけないからな」
「予定からずいぶん遅くなったしねー。心配してなきゃいいけど」
「……シャルロも一緒に連れてってもらえないか?」
「「へ?」」
ユニゾンで聞き返したキッシュとスティラに、アレストがあははと能天気に笑っている。
ヒーアスがその背中をどついて叫んだ。
「言ってなかったのかよ! 頼んどいてくれって言っただろ!?」
「いやぁ、お前らの感動の別れのシーンを見てたら忘れてた」
「…………」
「いや……まぁ……忘れてたのはいいから……理由だけ教えてもらえるか?」
「実はだな、俺達これからちょっと北の方に行かないといけなくてな」
「北って……なんでまた」
二人の目的地を聞いて、キッシュ達は眉を潜める。

大陸の北部は、エルベ王国と呼ばれていた大国があった地だ。
そして、西大陸が荒廃するほどの大規模な戦乱の火の中心となった国でもある。
今は王が倒れ、王国としての形はないが、いまだ最も大陸で強い勢力を持つエルベと、近隣のいくつかの勢力がせめぎあっていると聞くが、内紛時の事もあって、北部への印象はあまり良くない。
その上北部に行くには、大陸の中で最も戦火を受け、治安が悪いといわれている中央部を抜けなければならないのだ。
シャルロくらいの子供を連れて行くには向かない場所だ。

「いやー、ちょっとな」
「ちょっとで行くような場所じゃないとは思うけどな……まぁ、それならわかった。シャルロは俺達の村で預かるよ」
深くは聞かれたくない様子ではあったので、それ以上の追求はしないでおいた。
「けど、預けるならカヤシでもよかったんじゃないの? あそこならおじーさんとおばーさんもいるのに」
「僕がキッシュさん達と一緒がいいって言ったんだ。ここでお別れするのは寂しかったし、せっかくなら大陸の色々なところも見てみたかったし。……迷惑だったかな」
「そんなことないよー! シャルロなら歓迎だって。カロナ母さんも喜ぶし」
「そうだな……けど、先に言っとくが、俺達の村はなんもないからな?」
ちなみに謙遜でもなんでもない。

二人とは、村の手前の街道でそのまま別れる事になった。
「シャルロ、キッシュとスティラの言うこと聞いて、いい子にしてろよ」
「シャルロに関してはその決まり文句は一切必要ないと思うぞ」
「親としての義務だ義務」
じろりとアレストを睨みつけて、シャルロの頭を撫でると、ヒーアス達はあっさりと別れを告げて北へと旅立つ。
それを見送るシャルロは笑顔だったが、内心寂しいのと心配なのが分かってしまうので、キッシュとしては非常に思った。
その健気さをうちの連中にも分けてくれ、と。










「おかえり、キッシュ、スティラ。あんまりにも遅いから心配したのよ?」
「ただいまカロナ母さん」
「いやー、ちょっと色々あってさー」
「無事に帰ってきてなによりだよ」
村に戻ってまっすぐイグラの家へ行くと、カロナが笑顔で出迎えてくれた。
イグラは相変わらず奥の敷布に座って穏やかな表情をしている。
顔色も悪くない。予定より随分遅くなってしまったが、薬が足らなくなったという事態にならずに済んだ事にキッシュ達もほっとした。

同行してきた シャルロの事を尋ねられ、三人がティローの里の話諸々の事の顛末を一通り話し終えると、カロナは呆れた表情を作って溜息を吐いた。
「あんた達はもう……危ないことに首を突っ込んで」
「……ごめん」
「無事に戻ってきたからあまり言わないけどね。で、この子のお父さんは今エルベの方に行ってるんだね……なんでまた」
「そこはあんまり聞かなかったんだけど」
「あのあたりは今も小競り合いが頻発しているからね……」
「お父さん達は強いから大丈夫だよ!」
声を張り上げたシャルロを、幼い子供が気を張っているのだと解釈して、カロナは表情を緩めるとシャルロの頭を撫でた。
「お父さん達が戻ってくるまでいくらでもいるといいよ。キッシュ、スティラ、ちゃんと面倒みてやりなさいよ」
「「はーい」」

とりあえずは村の案内をという事で、報告を終えた 三人で連れ立って村長の家を出た。
ちなみに土産として買ってきた留め具はなかなか好評だった。
「さて、シャルロ何が見たい?」
「といっても、うちの村にあるのは畑と畑と畑くらいだけどなー」
「選択肢がなさすぎて泣けるな」
畑に行けばクグロがいるだろうから、軽い紹介をしておくのもいいかもしれない。
リロ唯一の名物(?)である鍬でモンスターを倒す農民は、シャルロとしてもきっと新鮮だろう。

とりあえず畑の方へ行ってみるかと行き先を決めた三人の背後から、ものすごい勢いで突っ込んでくるふたつの物体があった。
それらは速度をゆるめずにキッシュとスティラの腰あたり目掛けて全力タックルをかましてくる。
キッシュは足に力を入れてなんとかこらえたが、スティラは勢いに任せてそのまま地面に突っ込んだ。
「キッシュ兄! スティラ兄! おかえりおかえりおかえりーー!!」
「ねぇねぇ旅ってどんな感じなの? すごいモンスターは出た? 倒した? スティラ生きてる? お土産はないの?」
「色々あったがまぁ楽しかった。でかいムカデが出たけど倒した。スティラは今死んだと思うぞ」
「フィン……のいて……」
「いいなー! あたしも行きたかったー!!」
「オレもー!」
スティラの腰の上に座り込んだままの少女は自分の下から聞こえる声はスルーらしい。

二人は常日頃からこのテンションに慣れているが、シャルロはいきなり現れた自分と同じくらいの少年少女に目を白黒させている。
一度止めた方がよさそうだとキッシュは自分の腰にしがみついたままの少年の腕を外すと、スティラ上の少女をひょいと持ち上げてどかしてやった。
よろよろと起きあがるスティラからはすっかり興味をなくした二人は、ようやくシャルロの存在に気付いたようだった。

「なぁなぁキッシュ兄、そいつ誰ー?」
「人を指差すな。あと先に自分の紹介しろ」
「わーったよ。オレはビスコ、キッシュ兄とスティラ兄の弟だ!」
「あたしはフィンよ」
並んで立つと、成長期前のビスコよりフィンの方が幾分か背が高かった。
二人ともシャルロとほぼ同じ年齢なのだが、こうして見るとやはりシャルロよりはっちゃけている感がある。

「……ふうん」
「な、なに?」
いきなり顔を寄せてきたフィンに、シャルロは思わず一歩後ろに下がった。
フィンの被っている帽子のツバが額につくほどの距離でお互い見つめあい、それから満足気に笑うとフィンは顔を離して言った。
「あなた北大陸からきたのね。あたし、別の大陸の人と会ったの初めてよ」
「え!?」
「お父さんと一緒かな? お父さんはこっちの人? 里帰りにくっついてきたのかなぁ」
「え、え、え?」
「でも、二人旅でもないのね。もう一人誰かと一緒? 今はお父さんとその人でどこかに行ってるのかしら」
いきなりまくしたて始めたフィンの言葉の意味を理解したシャルロがぎょっとしている。
まだ何か言おうとするフィンの頭をはたいて止めた。
「あ、それと――」
「初対面の奴にやるのはやめろっての」
「なによう、あたしの推理はいつだって完璧なのよ!」
「シャルロ。とっとと自己紹介しちまえ」
「う、うん? 僕はシャルロ。フィンの言うとおり、お父さんとアレストさんの三人でこっちにきたんだけど、お父さんとアレストさんは北の方に行っちゃった んだ。危ないからってことで、僕はしばらくここでお世話になるんだ。よろしくね」
「よろしくねー」
「おう、よろしくしてやるぜ」
「お前がよろしくされる方だと思うぞ……」
胸を張って言ったビスコの頭を叩いてキッシュはしみじみと思う。
本当に。つくづくシャルロの爪の垢を煎じて飲ませたい。

「で、キッシュ兄達は今からどっか行くのか?」
「一応村の中の案内でもってね」
「案内するほどこの村何かあったっけ?」
「それは口にしちゃいけないことです」
「あ、だったら遺跡行こうぜ遺跡ー!」
「あたしも行きたいー!! キッシュもスティラもいっつも連れてってくれないものー!」
いきなり奔放な事を言い出した二人に、げ、とキッシュは顔を歪める。
「遺跡?」
しかしそれに気付かないシャルロが興味深深な目で見上げてきて、キッシュは溜息を吐いた。


リロの近くには、古い遺跡がひとつある。
人気のない場所おきまりのモンスターの根城になっているのだが、それほど強いモンスターでもなければ夜間しか活動しないものばかりなため、キッシュ達にとっては体のいいサボリ場になっているのだ。
さすがに十代前半のビスコとフィンを連れては滅多に行かないのだが、二人とも外からの客人にテンションが振り切れているらしい。

このままダメと言っても聞きそうにないし、何よりシャルロが乗り気になってしまった。
キッシュは溜息を吐くと、腰に手を当てて三人を見下ろす。
「……まぁ、そんなに危なくないところだし……いいか」
「「「やたー!!」」」
「ただし! 今日今からは夜になるから、明日な。あと、俺の言うことはきちんと聞くこと」
「「「はーい」」」
三重奏で戻ってきた返事に、まぁいいかと息を吐く。
「いいのかよ」
「ま、大丈夫だろ。俺はあいつらの引率で忙しいから、お前間違っても穴に落っこちたりして俺の手間を取らすなよ?」
「……昔のことは忘れましたー」
「ま、これで当面の時間潰しはできるな」
「だねー。その前に、クグロにシャルロ紹介すんの忘れんなよ?」
「わーってるよ」
ほっとくと今にも村を飛び出していきそうな三人に、当初の目的を果たすべく、キッシュは声をかけた。





***
ビスコとフィン。
どちらもトラブルメーカーです。
ビスコはカロナの息子で、フィンは近所の子のような。
フィンの能力についてはまたおいおい。