円座を囲んだ状態で、キッシュは平静を装いつつも、心の中ではさてどうやって説明したものかと頭を抱えていた。
ここはヒーアスの実家で、キッシュ達が泊まるために用意された一室だ。
決して広いとはいえない室内で、男が五人膝を突き合わせているのはむさ苦しい。

「……何かあったの?」
沈黙に耐えかねたシャルロが不安げに声をかけてくる。
帰ってくるなり「大事な話があるから」と部屋に連れ込まれ、挙句誰も喋らないのだから、不安にもなるだろう。
シャルロの不安を解消するためにもとっとと話した方がいいのは分かっているのだが、短くも楽しい付き合いをしてきた三人にこれから距離を置かれるのだと思うとなかなか切り出せなかった。

キッシュの能力を知った人は、大抵その後はキッシュと距離を置くようになる。
「そんなの気にしない」と口では言いながら、心の中では考えを読まれる事を恐れ、キッシュを遠ざける。
そんな感情の動きまで分かってしまうから、キッシュはなるべく能力の事を知られないようにしていたのだ。
リロでそれを知った数人は、直に村を出て行った。
だから今、リロですらキッシュの能力を知っているものは極僅かしかいない。

言い澱んでいるキッシュに気をつかったのか、ヒーアスが別の話を切り出した。
「あのさ、捕まえた奴らはどうなったんだ?」
「ちゃんと警備団に引き渡してきたぞ。近い内になにかしら連絡はあるだろう」
「また同じようなこととか起きない……かな」
「そこは大丈夫だとキッシュが言うんだが」
戸惑い気味にアレストが答え、ヒーアスはキッシュに視線を移した。
なぜ分かるんだと不思議がっているのが分かる。
「……まぁ、アレストに、言うって言ったし」
覚悟を決めて、キッシュは背筋を伸ばした。

「ええと、西大陸では時々不思議な力を持って生まれる人間がいる」
「そうなのか?」
「そうなの?」
うん、だよなそうなるよな。
アレストとシャルロがまずそこで躓いて、ヒーアスに北大陸の言語で能力について説明を受けている。
その間の時間にせっかくした決意が折れそうだったが、引き下がるのも男ではないと腰の座りをもぞもぞと直しながら説明がひと段落するのを待った。

「つまり、キッシュもそういう能力があるってことだな」
「ああ」
ヒーアスの確認に頷いて、キッシュはさてどう説明したものかと思案する。
正直色々制約があったり条件があったりで面倒なんだが、必要な部分だけ話せば十分か。
「わかりやすく言えば嘘発見器っていうかだな。近くにいる奴が何を考えてるか、うすらぼんやりと分かるんだ」
だから男に投げかけた問いに対して、それが嘘か本当かを感情や思考の揺らぎで判断してた、と伝えれば、わかったようなわからないような顔をされた。

「それって人の心を読めるってこと?」
「全部が全部じゃないが……まぁ、時と場合によっては」
向けられる感情や強い思いは勝手に受信するが、具体的な内容は集中したり物理的に近づかないとうまく読み取れない。
基本はあくまでもその時の感情や意識の表面に浮いたものを拾うだけの能力だ。
けれどそれも、読心術といえるに変わりはない。

……割と、今まで同様深刻に受け止められると思っていたのだが、三人はキッシュの能力よりも「能力」そのものに興味が寄っているようで、わいわいと盛り上がっている。
じゃあお父さんも何か能力あるの?」
「いんや? そういやカヤシじゃほとんど生まれねぇなぁ」
「あのティローの笛が嫌いってそういうのじゃないのか。耳がすごくいい、とか」
「あー……そういえば……そうなのか?」
「四十年生きててその程度の認識かよ」
「耳がいいとか個性の範囲だろ! キッシュみたいに自覚しやすいのとは違うって!」
「ねね、スティラさんは何かあるの?」
「え、俺?」
静かに聞いていたスティラに矛先が向いて、キッシュはそうだねぇ、と呟く。
「俺のは、危険なことが近づいてるとわかるみたいな」
「おお、便利じゃねぇかそれ。そういや残党を探しに行く時にあっさり下がったのはそれがあったからか?」
「うん。命に関わるようなのじゃないとあんまり察知しないんだけど」
「便利だなー」
すげぇ、と素直に感嘆されて、スティラも複雑そうな顔をしている。

「えーと……つーかさ。三人とも俺の能力について何か言うこととかねぇの?」
このままお開きになりそうで、いちいち自ら藪をつつきに行かなくてもいいのではないかと思ったが、これは聞かずにはいられない。
「あ、キッシュさんの能力もすごいなって思うよ!」
「いやそうじゃなくて……考え読まれたりするとか、嫌じゃね?」
薮蛇すぎるキッシュの言葉に、三人はきょとんとしてから、首を傾げたり笑ったりと別々の反応を返してくる。
「人より少し感情の機微に敏いってだけだろ」
「こいつ人の思考読んでんじゃねーのって思うような奴らとの付き合いもあるしなぁ……」
「言いふらされないなら問題ない、かなって?」
「…………」
そんなあっさり流されることだったのか、俺の能力って。
それとも彼らが特殊なのか。

何にせよ、 なんだかさっきまで悩んでいた自分が阿呆らしくて、キッシュはくらくらしてきた頭を押さえた。
スティラがにやにやしながら腕を小突いてくる。
「よかったなー、気ぃ張ってたのが空回って」
「…………」
「いたいっ! 俺よかったねって言っただけなのに!」
「言い回しが絶妙にいらっとした」
「キッシュさんの能力って、どういう風に使うの?」
興味津々に尋ねてきたシャルロに、キッシュはスティラをどつく手を止めて、ヒーアスを見た。
「……ヒーアス、手ぇ貸して」
「こうか」
「このまま頭の中でなんか考えてもらえるか?」
「いきなり言われてもな……」
「昨日の夕飯でも奥さんのことでもなんでもいい」
「じゃあ……」
「……『アレストの熊』」
「なんだとう!?」
ぽそりと言ったキッシュに、アレストが半立ちになった。
「――って、ヒーアスが今思ったこと」
「おおすげぇ、当たってる」
「おいこらヒーアス!!」
「いきなり考えろって言われて正面にお前が座ってたもんだからつい」
「つい、で考えるのがそれなのか!?」
「てな感じに、思い浮かべたことはわかるけど、今ヒーアスが考えなかったこと――例えばヒーアスの誕生日とか、初恋の人とかはわかんないわけだ」
「ふぅん」
「今思い浮かべたから全部わかったけど」
「ぎゃあ!?」
「あー……あとは距離も関係してくるな。離れるとぼんやりとしかわからない」
「便利なんだか不便なんだか」
「不便だぞ。おかげで人が大勢いて感情や思考が入り乱れてる場所は鬼門だ。人酔いする」
「……それって、コントロールできないのか?」
「できない」
アレストの疑問に、キッシュはすっぱりと答えた。
できたら苦労していない。
能力は生まれてすぐか、五歳までには発現する。
コントロールできる術はまだ開発されていないから、発現したらあとは死ぬまで一生付き合っていくしかないのだ。

で、と一旦仕切りなおして、キッシュは三人をまっすぐ見た。
「それで三人に頼みがある。この能力、あまり人には知られたくないんだ」
「他言無用ってことか?」
「ああ」
「どうして?」
首を傾けたシャルロは本当に気にしていないようで、キッシュは苦笑混じりに言った。
「普通は自分の考えが読まれるのは嫌がるもんだろ」
「まぁそうかもしれないが……そんな嫌がらないといけないほど腹に一物抱えて暮らしてないからな」
「裏表なさそうだもんね、アレスト」
「キッシュさんは他の人には言わないんでしょ? ならいいかなーって思うけど」
「……そうも無条件に信用されるとそれはそれでプレッシャーだな」
苦笑して、キッシュは立ち上がった。
なんだかあまりにもあっさりと受け入れられすぎて、盛大なドッキリではないかとすら思ってしまう。
けれど三人から伝わってくるのは、決して嫌な感情ではない。

「どこ行くんだ?」
「気が抜けたらトイレ行きたくなった」
足早に三人の横をすり抜けて、部屋を出る間際に聞き取れるかどうかという大きさの声で呟いた。
「……ありがとな」

部屋を出た直後、中から笑い声が弾けるのが聞こえたが、今は中に入って一喝できそうな顔をしていない自覚はあったので、後でスティラを殴ると心に誓ってキッシュは風に当たりに行くために外に出た。





***
というわけで能力とはなんぞや、回。