このご時世、「ちょっとそこまで」な移動をするにも武器を手放せない。
モンスターもさることながら、嘆かわしい事にここ十年ほど、大陸全土を巻き込んだ内紛が起こった頃合から、盗賊や物取りの類が横行している。
然らば人々の自衛もまた発達するわけで。
幼少期よりクグロに鍛えられたキッシュとスティラにとって、隣町であるジラまでならば、二人で行くのも然程問題はない。
とはいえ、山脈を越えた向こうの港町となれば話は別だ。そこまで二人だけで行くとなると死ぬ。
主に後衛であるスティラが。

急げや急げと 早足で進みはしたが、ジラに着いた時にはすっかり日は暮れてしまっていた。
紋章石を使った灯りが漏れる窓同士の間を進みながら、星が瞬く空を仰ぐ。
「ギルドもう閉まってっかなー」
「何時までやってたっけか……」
寄合所とは、一般的にはギルドと呼ばれているが、ある程度の規模の町になると、仕事の斡旋所として置かれる施設だ。
仕事を求めて流れてきた旅人や傭兵崩れやらに、それなりの報酬を支払って仕事をしてもらうという仕組みになっていて、 依頼の内容も様々で、旅の護衛からちょっとしたおつかい、果ては子守なんてものまである。
キッシュやスティラも小遣い稼ぎとして簡単な仕事を請けた事はあるが、いつも終わる時間など気にしなくていい時に来ているので、正確な終了時間など知らなかった。

「あ。明かりついてる」
「ラッキー」
急げ、と疲れた足に活を入れて、明かりがついたままの窓の下を過ぎ、「OPEN」の札がかかった入口に駆け寄る。
開いたドアの先の光景を見て二人そろって顔を顰めた。

「げ」
「……うわー」
それほど大きくない建物の中に、この時間とは思えない人数がいた。
むしろ、今まで来た中で一番人がいるのではなかろうか、と思えるくらいだ。
ここには小遣い稼ぎのために何度か子守などの依頼目当てで来た事があったが、ここまで人が大勢いるのは初めて見る。
カウンターでは人が右往左往していて、この時間まで開いているのは本来の時間ではなく、彼らの処理に追われているからと想像がついた。

「…………」
「キッシュ、無理そうなら外で待ってるか?」
「いい。大丈夫だ」
難しい表情をしているキッシュにスティラが声をかける。
それに首を振って、 深呼吸してから受付に向かった。
「やあ、久しぶり。今日は二人かい?」
「ミンスは里帰り中っす」
「ああ、ミンスちゃんはハーフだったっけ」
顔見知りの受付係の男性が人好きのする笑顔を向けてくるが、その顔は「疲れました」とでかでかと書いてあるようだった。
紙とペンを差し出してきたので、あまり長話をするのも悪いだろうとキッシュは一歩下がってスティラの肩を叩いた。
「よろしく」
「へーい」
さらさらさ〜とスティラが用紙に記入をして係に渡すと、内容を見た係の男性はちょっと眉を寄せた。
「あー……護衛の依頼か」
今多いんだよね、と男性は何枚かの紙を取り出す。
「それ全部俺らと同じ依頼?」
「そう」
「何かあったの」
「それがさっぱりわからなくてね。ただ、ティローがまったく使えなくなったみたいで。調べに行こうにも、あそこの村は崖の中腹にあるから誰も行けないし……人間の通れる道もあるって話だけど、 村人しか知らないならそれこそどうしようもないよ」
やはり、このギルドの混み具合の原因はティローが使えないことにあったらしい。

「もともと護衛が請け負える人が少ない上、ペソの皆も今里帰り中だからね……参った参った」
男性は自棄になってテンションがあがっているのか、乾いた声で笑っている。
その感情が流れ込んできて、キッシュは気付かれないようにそっと溜息を吐いた。

スティラが男性の言葉に相槌を打つ。
「そっかぁ……普段ここにいるペソの人達も皆里帰りしてるんだもんね」
「種族の決まりごとのようなものだから、仕方がないけどね。まさかこんなことになるなんて思わないし……っと。で、依頼なんだけどね。一応何人か出せるといえば出せるんだ」
「そうなの?」
これだけ先着があったら無理だろうと思っていたところの発言に、ぱ、とスティラが表情を明るくする。
それに対して男性は眉尻を下げた笑みのまま、リストが載った紙を二人に見せた。
そこに書かれた金額を見て、素っ頓狂な声が漏れる。
「げぇっ、何この値段!」
「皆同じ依頼を出すものだから、受ける側がだいぶ吊り上げてね……元々高い値段設定の人達だから、腕は確かなんだけど、さ」
「いやー……これは無理だ、さすがに」
首を横に振って紙を戻すと、男性は苦笑いをしながら紙をひっこめた。

男性に労いの挨拶をして、二人は受付を離れる。
依頼を受けてもらえないのであれば長居しても仕方がないと、 建物の外に出て夜気を胸いっぱいに吸いこんだキッシュにスティラが気遣わしげな視線を向けてきた。
「先に出てりゃよかったのに」
「……俺もちょっと後悔した」
受付の男性はよかったが、壁際に張り付いている護衛探しの連中がよくなかった。
苛立ちや怒りの負の感情がぐるぐると渦巻いていて、正直後半はかなりきつかった……有体に言えば、酔った。

「キッシュのその能力も良し悪しだよなー」
「制御が効けば楽なんだけどな」
表層だけとはいえ、人の意識が流れてくるのはあまり気持ちのいい事ではない。


西大陸では、そこそこの頻度で特殊な力を持った子供が生まれる。
たとえばキッシュは人の考えや感情を読み取る。
スティラは自分を中心とした危険を察知する。

能力の種類も程度も千差万別で、微妙な能力も多ければ、自分で制御できないので鬱陶しい事この上ない。
しかし、取って外せるものではないのでどうしようもなく、強すぎれば能力に振り回される者もいる。
時代の流れで血が薄まったのか、大陸に住む者でそこまで強い力を持つものは滅多に現れないし、持っていても自覚がないまま一生を終える場合もある。
半島の方や海の向こうにある古の島には、もっと強い能力を持った者やコントロールできる者もいるというが、交流がないので知る術もない。

キッシュも距離や集中力で精度は変わるが、普段シャットアウトできずに流れ込むのは表層的な感情くらいだ。
スティラも基本的に命に関わる危険でなければ感知しないし、回避できるかは別問題だ。
何にせよ、厄介なものには違いない。



水を飲んで一息ついたところで、今後の方針について改めて考える。
手持ちの 路銀を考えると、とてもじゃないがあのランクの人たちは雇えない。片道だけでかつかつだ。
かといって、そのへんで適当に捕まえると、今度は「護衛」に追い剥ぎをされる可能性がある。
おそらくあの壁際にいる彼らは、護衛として雇える人を探す他に、宿泊場所も目当てにしているんだろう。
この町の宿屋は、あの人数を収容できるほど部屋数はない。

「今夜の宿はどうすっか」
「ノエルかブランの家に泊めてもらう」
「だよなぁ」
ジラにいる知り合いの家で寝床は確保するとして、問題は明日以降だ。
「一か八かで二人だけで行く?」
「そうか……スティラ、今までありがとう」
「何その別れの挨拶!?」
「お前を庇いつつ港町行ける気がしない。まったく」
「…………」
「まぁ冗談はこのへんにしといて。真面目な話二人だけじゃ無理だから、村に戻って事情話すしかねぇだろ」
「だよなー……。村長の薬、なくなる前に間に合うといいんだけど」
がくりと二人して肩を落としていると、声をかけられた。

「ねえ、そこの君達」
そこにいたのはランタンを手にし、簡易鎧を身に着けた女剣士だった。
ざっくりと編まれた金色の髪が背中で揺れる。
「さっきギルドの受付の人と話してるの聞いちゃったんだけど、護衛を探してるの?」
「いえ、ちょっと」
「いやぁ、港町に行きたいんですけど、護衛の人を雇えるほどお金がなくって」
「…………」
言葉を濁したキッシュの隣でさらっと言いおったスティラを横目で睨む。

「お、俺なんかまずいこと言った?」
「……いや、別に」
「ああ、どっちの港町に行くつもり?」
「シャシャに」
「シャシャかぁ……よかったら、私達と一緒に行く?」
「「え」」
きょとんとする二人に、女剣士は小首を傾げて小さく笑う。

「もちろん、私の雇い主がOKを出したら、が前提で。さっきはそれでギルドの依頼待ちを取り消すためにいたところだったんだけどね。行き先は同じだし、荷物持ちをしてくれるんならNOとは言わないんじゃないかな。私としては一人守るも三人守るもあんまり変わらないしね。料金についてはその人と相談してもらうってことで」
片目を瞑って言った剣士は表面的に怪しいところはない。
鎧や剣に施されている装飾からして、腕もそこそこ立ちそうだ。

スティラが小声でキッシュに聞いてくる。
「キッシュ、どう?」
「……嘘は吐いてないな。酔狂だとは思うけど、腹に何か抱えてるわけでもなさそうだ」
「うん? もし私の身分について心配だったらギルドに聞いてくれていいよ。これまでの活動履歴とかもあるしね」
ひそひそ話す二人に気分を害す様子もなく、さっぱりと言う彼女にキッシュ達は顔を見合わせた。
「ここは渡りに船と思って乗っとくか」
「うん。悪い人じゃなさそうあ」
「どうかな?」
「「よろしくお願いします」」
確認する声に同時に頭を下げれば、女剣士はにこりと笑った。

「じゃあ早速雇い主を紹介するよ。……それと、早速ひとつお願いがあるんだけど」
「なんでしょう」
「君達この町に詳しそうだし、どこか宿屋以外に泊めてくれるところ、知らないかな?」
「「…………」」
絶対さっきの立ち話聞いてただろう、とは口にしないでおいた。




女剣士はシュトレといい、その雇い主はワーズという壮年の男性だった。
すこしふくよかな体格をしているが、だらしない印象はない。
顎のラインに沿うように生やしたひげは、貫禄をつけるために最近伸ばし始めたんだと紹介の時に自分で言っていた。

ワーズはシャシャに品物を運ぶ途中だったらしく、荷物運びを二人がするかわりに、シュトレの護衛代については払わなくてもいいと言ってくれた。
宿屋に泊まれず街中で野宿かと途方に暮れていたところに屋根のある寝床を紹介したおかげもあるだろう。
空き部屋を貸してくれたブラン様々だ。

「泊まるところを紹介してもらっただけじゃなくて、あんなに美味しい食事が摂れるとは」
ブランの料理を気に入ったらしく、上機嫌なワーズにシュトレも頷く。
「私も色々な町を回ってるけど、他に見ない味付けだったな。美味しかった」
「それはそれは……」
「お口にあったようで……」
昨晩もブランを前に絶賛していたが、それでも足りなかったのかまた食べたいと言ってくれる二人に対して、キッシュ達の反応は鈍かった。
どことなく視線を逸らしながら、真実は伏せておこうとこれからもブランの料理を美味しく食べてもらうために誓う。

「しかし、二人で港町まで使いとは度胸があるね。最近は追いはぎがまた増えたと聞くよ」
「一応それなりに腕に覚えはあるので。とはいえ、護衛なしでは無理だったので本当に助かりました」
「荷物持ちを雇わないといけないかと思っていたから、逆に助かったよ」
「こちらこそ、同行させてもらえて助かりました」
二人が肩にかけている鞄の中身は紋章石らしく、量はそれほど多くないがずしりと肩にくる。

先頭を歩きながらシュトレが小さく振り向く。
「キッシュとスティラのバランスはいいよね。近距離と遠距離で」
頷いて、キッシュは背にかけた槍を軽く背負いなおす。
同じように、 スティラの背には弓筒がある。
「私が近距離だからちょうどいいかな」
「といっても、シュトレさんみたいに強くないんで、あんまりあてにしないでくださいね」
「ははっ、私より強かったら、私は賃金がもらえないよ」
「その時は二人に護衛の代金をお支払いしないといけませんね」
ワーズが乗ってきて、シュトレが「それは困るな」と苦い笑みを浮かべる。

道中は和やかに過ぎて、半分程が順調に消化されていた。
十日近くを寝食共にしているだけありそれなりに親交も深まって、こういった冗談もできるようになってきた。

時たま現れる追いはぎやモンスターはシュトレが中心となって倒してくれるおかげで、被害もない。
今日も現れたモンスターを手際よく倒し、ついた脂を拭って鞘へしまったシュトレが笑う。
「二人とも筋がいいよ。師匠がいいのかな」
「師匠かー……武器についても基礎は教えてもらったけど、農作業の方が多いような」
「だな。畑の作物を狙ってくるモンスター相手に日頃ドンパチやってたら、後はなんとなく上達したって感じ」
「へぇ、実践派なのか」
「実践派っていうか、農業派?」
「鍬一本でカットバニーの集団とやりあうからなあの人は」
「俺、昔鍬一本で巨大カズラーを肥料にしたって逸話、地味に信じてるんだけど」
「安心しろ、俺もだ」
「あの年の芋は豊作だったしな」
「……楽しい師匠だね」
「まぁ、日々退屈はしないかな?」
「だな」
「ふふ、その感じだと、師匠以外にもいそうだね?」
「幼馴染が一人。この上なく凶暴なのが」
「それは楽しそうだ」
今度はぜひリロにも立ち寄らせてもらおう、とワーズが腹を揺らして笑う。



そして野宿の数が二桁へと乗りそうになったあたりで、村を囲む柵が地面の上に巡らされているのを発見できた。
そこを超えるように更に進むとあるのが、山脈の迂回ルートのほぼ半分の地点にある、キナンという村だった。
数える程しか来た事がなかったが、キッシュ達の住むリロよりも南にあり、内戦の影響もほとんど受けなかったおかげで、かなり豊かだ。
「今日は野宿せずにすみそうだ」
村長に話をしに行っていたワーズが嬉しそうな顔で戻ってきた。

村に宿はなく、村長の家の裏手にある小屋を借りて休ませてもらう事になった。
道具屋を物色しに行ったワーズと、それに同行するというシュトレと別れ、キッシュとスティラはぶらぶらと適当に村の中を歩いてみる。
いつも用事がある時しかキナンに来た事がなかったから、こんな風に歩き回るのは初めてだ。

「あの人達、なんなんですか?」
スティラが村の端に数人で固まっている青年を指して尋ねた。
全員が手に何かしらの武器を持ち、中には結構立派な鎧を着ている者もいる。
村人の格好にしては少々不似合いだ。

質問された村のおばさんは気前のいい笑顔で答えてくれた。
「あの子達は自警団だよ」
「自警団?」
「畑や町を襲ってくるモンスター とか盗人を退治する連中さ。元々はうちの若い子達が作ったものなんだけどねぇ、最近は他の村にも手をかしたり、街道の取り締まりまでしてるってんだから、よくやるものさ」
説明してくれるおばさんは、口調こそ血気盛んだからねと言っていたが、誇らしげな様子が見て取れた。
ついでに、それを取りまとめているのはキッシュ達とそう変わらない年齢の青年だというのも教えてくれる。

「すげーな。俺達なんて毎日もさもさやらカットバニーやらを追い払うので精一杯なのになーっ……てキッシュ!?」
すたすたと青年達の方へ歩いていくキッシュに気付いてスティラがぎょっと声を上擦らせた。
「なぁ」
「ん?」
いきなり見も知らぬ人間から声をかけられて、青年達はいぶかしげに眉を寄せる。
一番年長らしき男性が人当たりのいい笑みを浮かべてキッシュへと一歩近づいた。
「何か用かな?」
「あんた達自警団なんだって? トップって、どんな奴?」
「キッシュ……それはストレートすぎないですかねぇ……?」
追いついたスティラがキッシュの腕を引いて引き攣った笑いを浮かべる。

男性はキッシュとスティラを交互にみやって、ああ、と頷いた。
「奥さん方に話を聞いたのかな」
ザハと自己紹介した男性は、短く刈り込んだ髪をがしがしと乱して、少し困ったように、しかし誇らしげな表情を浮かべる。
「どんな奴、と言ってもなぁ……人がよくて、行動力があるって感じ、か?」
「俺達に聞かないでくださいよ」
「俺達よりザハさんの方がフォリアさんと付き合い長いでしょ」
話を振られた他の青年達が笑いながら言う。

「フォリアさんはすごいよ。村を襲うモンスターをどう倒すかとか、次はどう防ぐかとか、そういうのを考えて指示くれるんだからさ」
「誰かを助けるために動きたいって、すげーよ」
「あっ、ザハさんはフォリアさんの右腕なんだぜ!」
「そうだ、興味あるなら一緒にどうだ? 最近は周りの村の連中も一緒に活動してたりするんだ」
やいやいと熱気をあげて話してくる年下らしき青年達をやんわり宥めてザハが締めた。

「まぁ。もし興味があるなら今度フォリアがいる時に声をかけてくれ。あいつは今他の村に行ってて留守なんだ」
「そ、そうします」
思ったより勧誘めいたものを受けてしまって、しどろもどろになっていたので、これ幸いを軽く一礼してその場を後にした。
少し疲れた顔で、寝床として提供された小屋へと戻る。
「キッシュ、ああいうの興味あるん?」
「いや……なんとなく気になっただけ」
「自警団な。うちの村はミンスとミンスの親父さんがいるからいいけど、ペソのいない村とかは確かに大変だよな。俺達のとこでも作った方がいいのかね」
「作ったところでなり手がいないだろ」
「ごもっとも」

「二人とも、村長さんが夕食をご馳走してくださるそうだよ」
「はーい」」
小屋の前で二人を待っていたらしいシュトレに言われて、会話はそこで終了した。





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フラグだけ立てて終了ー。
型破り設定。主人公含む複数人特殊能力持ち。
もう好き放題し放題。