キッシュ達の住むリロは、大陸のほぼ中央に位置する。
大陸を東西に区切るように走る険しい山脈を超えた東側の海岸に、今回目指す港町、シャシャは存在した。

山脈は人の足では到底超えられない難所がいくつも存在するために、大陸の西から東へと向かう場合、陸路を行くなら山脈が終わるところまで南下しなければならないのだが、それだと一月近くかかってしまう。
そのため、余程大きな荷物がない場合はティローを使うのが大陸の西から東へ渡る際の通常となっていた。
山脈に生息するティローという大型の獣は、人では到底飛び越えられない亀裂や断崖絶壁を超えることができるため、ほんの数日で大陸の向こう側へと行くことができるのだ。
野生のティローは気性が荒く乗るには危険が伴うため、山の中腹に住むティロー使いに手間賃を払うことにはなるのだが。

幸い、 ティローに乗るための乗合所までは、リロからはそう遠くなかった。
キッシュとスティラの足であれば、半日もあればたどりつける場所である。

が。

「……いねーな」
「いないね」
太陽が真上にのぼる頃。 キッシュとスティラは無人の乗合所を前に立ち尽くしていた。

山道の麓に設けられた乗合所には、普段は最低でも二人のティロー使いが常駐している。
山を越えたいという者が来ると、案内をしつつ中腹にあるという彼らの村に連絡を取って、代わりに誰かがティローを連れてまた下へと降りてくる。
連絡係要員として一人は必ず残っているはずなのだが、今日に限って誰もいなかった。

「っかしーな。村に引き上げるには早すぎるだろ」
「急に大口の仕事でも入ったのかなー」
天気の悪い日だったり日没が近い時刻ならまだしも、まだまだこれからが仕事時だろう。

「スティラ、最近雨って降ったか」
「一昨日に見事な夕立があっただろ」
「だよなぁ。……足跡がない」
毎日夕暮れになるとティローに乗って彼らは自分の村に帰る。
だから毎日麓と村を往復する道にはティローの蹄の跡が残っているはずなのに、地面に残っているそれらはあまり新しくない。
一昨日の雨で流された後、少なくともこの二日は、山道を誰も行き来していない事になる。

「乗合所の場所変えたって連絡もねーよな」
「なかったはずだけどね。それに、あったら村長が行きがけに言ってくれるだろうし」
尋ねたキッシュに、スティラは長い袖を指先でいじりながらしばらく記憶を浚ってから答えた。
「それもそうか」
小さく息を吐いて、かがめていた腰を元に戻す。
色々考えても仕方がない。ここでどれだけ考えたところで答えが出るわけでもない。
問題は、どうやって港に行くかだ。

「ティローの乗合所、ここ以外にあったっけか」
「いんや。ここだけ」
「てことは……」
「こうなると山を迂回するしかないよなー……二人だとちょっと厳しいと俺は思うわけデス」

道中はモンスターも出るし、このご時世、山賊や追いはぎも頻出している。
ここ十年ほど、取り締まるお上がいないのをいい事に、治安が悪化の一途をたどっているからだ。
成人に満たない者が二人で歩くには少々危険な道のりな上、スティラは近接戦闘向きではないし、キッシュもスティラを庇いながら戦えるほど戦闘能力は高くない。

「こういう時にミンスがいるといいんだけどねー」
「いない奴の事を言っても仕方がない。第一、いたらいたで面倒事も引き寄せるぞあいつは」
「そだなー……あのホイホイっぷりはどうにかならないのかね」
父親の実家に里帰りしている幼馴染の少女にしばし思いを馳せ、しかたない、と思考を切り替える。

「とにかく、迂回するからには何か手段を考えるしかない」
「ジラに寄って、同行してくれる人を捜すのが一番なんだろうけど」
前髪を後ろになでつけて露になっている額に掌を当てて、スティラは唸る。
「……そもそも、半月以上かかるなら、今の荷物じゃ食料も道具もまずいと思う」
「……問題は路銀か」
「そのとおり」
ティロー使いに払う金よりも、山脈迂回のために人を雇う方が経費はかかる。
もちろん日数に応じて水や食料といったものにかかる費用も嵩むわけで、この際小遣いは諦めるにしても、かなり心もとない所持金だ。

ここで、一度リロに戻って村長に相談するという手もあるが、シャシャへ行く必要があることには変わりはないし、金を追加でもらうためだけに戻るのもいささか癪だ。
「スティラ、どれくらい足りない」
「護衛との交渉次第だなー……。あと、野宿は覚悟」
「今の時期なら凍死はしねぇな。じゃあ交渉は全部スティラに任せるとして、ジラに行くぞー」
「キッシュのがそういうの得意だよね!?」
「疲れる。お前も下手ではねーだろ」
「…………」
「ほら、日暮れまでに町に入りてぇからとっとと行くぞ」
ほっといたら毎日きっちりセットしている髪を掻き毟りそうなスティラに一声かけて、キッシュはすたすたと歩き始める。

「ちょ、待てこら!」
背後から追いかけてくる声を無視して心持ち早く足を動かしながら、天気が崩れないといーけど、とところどころに雲がかかる空を見上げた。




当初の予定より長くなりそうな旅は、これから更に予定外に長くなっていくのだが、この時の二人はまだそんな事を知る由もない。





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Lの時と違って容量制限をかけてないので、短くてもざくざく進みます。
ティローはでかいカモシカだと思ってください。もの●け姫のヤックル的な何か。