<合浦珠還>
六人が峠を抜けてキャロに辿り着いたのは夜半を回った頃だった。
本来なら野宿をして陽が昇ってから入るのだが、ジョウイもセノもこの町ではあまりにも有名過ぎて真っ向からではすぐバレる。
セノは変装をしていないから当然、女装しているはずのジョウイでも駄目。
「ジョウイはお母さんそっくりだから」
たぶんばれます。
というわけで盗賊団の如く、夜陰に乗じての里帰りとなった。
陽がまだ昇りきらぬ頃、自然に目が覚めてセノは起き上がった。
昨夜道場に辿り着いたのは遅く、まだ他の者達は夢の中。
けれど隣で寝ていたはずの者の姿がなくて、セノは首を傾げベッドを下りた。
行き先の見当を付け、上着を羽織って裏へ出る。
崖の端に作られた石を積んだだけの簡単な墓は、昔ゲンカクが死んだ時に三人で作ったものだ。
苔に覆われたその前で、ジョウイはしゃがんで手を合わせていた。
気配に気付き、顔をあげて小さく微笑む。
応えるようにセノも笑う。
「おはよう。早いね」
「眠れなくて」
墓参りもずっと来てなかったからと墓石を撫でるジョウイに、セノも隣に座って手を合わせた。
谷を吹き抜ける風が草を揺らす。
じっと目を閉じていたジョウイが、ぽつりと零した。
「……師匠にね、ずっと謝らなきゃって思ってたんだよ」
「何を?」
「セノやナナミを裏切った事、傷つけた事……他にも沢山」
ゲンカクから多くの事を教わった。
人を守る術、争いの無益さ、家族としての絆。
向けられていた信頼をどれだけ裏切ったのだろう。
不出来な弟子だよねえとジョウイは自嘲気味に笑う。
その笑顔に理由もなくむっとして、セノはその場に立ちあがった。
驚いたジョウイを睨みつけて言う。
「ジョウイ、ずっとそんな事思ってたの?」
「・…………」
「もういいよって言ったじゃない。僕は、僕達はジョウイが生きててくれたのが嬉しかったのに」
一時期はこうやってまた言葉を交わせるなどと思っていなかった。
共に過ごす事も、ゲンカクの墓参りをする事も、セノにとって一度は諦めた夢だった。
頬を冷たい水が伝う。
泣くのはずるいと分かっているのに、止める事ができない。
「ごめん」
「あやま、るな」
「……ごめん」
ジョウイは立ち上がってしゃくりあげるセノに恐る恐る手を伸ばして。
がこんとその場に沈んだ。
突然の出来事に涙も止まったらしくぽかんとしているセノの目に映ったのは。
「なにを朝からセノ泣かしてるのかな君は」
「……なにすんですかあんたら」
「あ、えーと、おはようございます」
「おはよう」
慌てて目元を擦って挨拶するセノに、クロスはにこやかな笑みを向ける。
その後ろでどつかれたジョウイとシグールが言い合いをしているが、止める気はないらしい。
「誰のお墓?」
「僕とナナミの養父で、僕達の師匠です」
「なるほど」
ご挨拶ご挨拶、とジョウイを締めているシグールを手招きして、墓の前で一礼する。
「初めましてセノとジョウイの友人その一です」
「二でーす」
「お前ら真面目に自己紹介せんか」
けらけらと笑いながら墓に向かって言うクロスとシグールに、いつの間にか起きてきていたテッドが突っ込んだ。
「お久し振りですいい天気ですねお元気でしたか?」
にこやかな笑みと共に棒読みな挨拶をされて、現アトレイド家当主は振り向いた瞬間固まった。
何しろ裏切り者として連れて行かれた挙句どういう経緯でそうなったのかハイランドの皇王になって最終的には死んだはずの兄が、当時の姿のまま立っているのだから驚くのも無理はない。
彼は夢かと頬を抓り、夢でないのを確認すると幽霊かとざっと顔を青くした。
昼間から幽霊。
どこまで常識無視な兄なんだ。
はくはくと言葉にならずに口を開けている弟にジョウイは苦笑する。
この分だと幽霊とでも思われているのだろう。
死んだ事になっているし、紋章のおかげで姿も変わっていないから当然かもしれないが。
「父さんと母さんは元気かい?」
尋ねると、弟はようやく声を出せるようになったようだ。
「に、にいさん、なのか」
「残念ながら幽霊じゃないよ」
「その、姿、は」
「色々あってね」
二人は元気かいともう一度問うと、彼は躊躇いがちに一度頷いた。
そう、と優しげに目を細める。
最後に会ったのはスパイ容疑で捕まった時だ。
母に至っては少年隊として出兵する前に会ったきり。
当時は自分を引き渡した家族を恨んだ。
母親に会わせてくれなかった父を、会ってくれなかった母を。
けれどあれから長い時間が経って歳を取り、改めて会うとその気持ちはもう薄れていた。
同盟軍が勝った時、皇王の家族として何を言われたか知れない。
迷惑をかけたのは事実だ。
会おうとは思わない。
健やかに生きていると確認できただけで十分だ。
そう思えるようになったのは、きっと自分が一番大切なものを失わずに済んだから。
自分自身を見てくれる者達ができたから。
ふと自分を睨んでいる弟に気付いた。
別に取って喰うつもりはないのだが。
震える膝でなんとか立ちながら、弟は昔兄だった男に搾り出すように叫んだ。
「に、二度とくるな」
「そのつもりだよ」
最後に一度だけ会っておきたかっただけだ。
あの頃の自分とけじめをつけたかった。
「さよなら。元気で」
踵を返すと後ろで草の鳴る音がした。
後ろ手に手を振って、ジョウイは生家を後にする。
振り返ることはしなかった。
***
デュナンではジョウイがひたすら不幸……というのを目標だったのに救いを入れてしまうあたりまだまだです(何
旅シリーズはここで一応の終了です。
長いお付き合いありがとうございました。
次の話は新シリーズへのつなぎの話になります。
合浦珠還: 一度失った大事な物が再び手に戻ることのたとえ。