<見微知著>





ハルモニアとデュナンの国境近くにある小さな町。
気ままな旅の途中でその近くを訪れたフッチは、道すがら地面にぽこぽこ開いている穴を見て首を傾げた。

何のためにあんな馬鹿でかい穴を掘ったのだろうか。
……ゴミ捨て場にでもするのかな?

後にフッチは、その楽天的な考えを心の底から後悔する事となる。





一晩の宿を求めて町に入ったフッチは、そこで知りたくもない事実を知る。

夕食を取ろうと席に着くや否や、数人の老人がフッチの席に押しかけてきた。
旅人が珍しい小さな村などではこういう事は珍しくないし、何か頼まれ事をする事もある。
人のいいフッチはお年寄りを無下にするわけにもいかず、何か御用ですかと人好きのする笑みで対応すると、 老人の一人が酒で赤らめた顔で開口一番、セノ様をご存知かと言った。

ええ知ってます、よーく知ってます。
心の中でだけそう答え、表面では一般的な言葉を返すフッチ推定四十歳。
年齢と共にだいぶ社交的になっている。

「国王様ですよね?」
そうだそうだと老人は頷き、一人の世界に浸っている。
なんでいきなりセノの名前が出てきたのか分からないフッチに、他の老人が話しかけた。
それに割り込むように、もう一人。
「つい最近までここはハルモニアが占領しててね」
「お偉いさんの許可は取ってるって言ってたけど本当かどうか」
「やりたい放題で威張り腐って、こっちはいい迷惑だったよ」
それは大変だったんですね、とフッチは真剣な顔で頷く。
「けどね、そこにセノ様がいらっしゃってね」
「逃げ出そうとして切られそうになった者を助けて下さって」
「あの時は夢かと思ったよ・……」

フッチは思わず食べかけの夕食を噴き出した。
ごほごほと咽るフッチの背を摩りながら、大丈夫かいと親切に声をかけてくれるご老人。

「……それは、それは」
なんだか嫌な予感のするフッチである。
普通国王であるセノがこんな国境近くに姿を現したりはしない。
けれどもし、本当であるのなら……。

まさかと思いつつフッチは尋ねる。
「それでそのハルモニア軍は今はどこへ?」
「さあ……私達はセノ様に先導されて避難していたんだが、戻った時にはすっかりいなくなっとったよ」
町外れのクレーターはその間にできたもののようだった。
「向こうの小山上に古城があるんだが、そこも人っ子一人おらんくなっとった」
一晩の間に五千近くいた筈のハルモニア兵は忽然と姿を消したという。

気付かれないように目を逸らしながら、フッチは乾いた笑いを浮かべる。
十中八九本物のセノだ。
そして、あのメンバーも一緒だったのだ。
だとすれば、あのクレーターも一晩で五千の兵がぱったり姿を消したというのも頷ける。
というか彼らしかそんな芸当できやしない。

数年前にルックを掻っ攫って行った彼らが、今度はこんな辺境でハルモニア相手に喧嘩を売っていたとは。
何をしていたんだろうあの人達は。

「でもどうしてハルモニアがこんな所へ?」
フッチの問いに、老人達はさあ、と首を傾げていたが、情報は新しい酒を運んできたウエイトレスから入ってきた。
「なんでも「裏切り者の捕獲」とかなんとか言ってたのを聞いたことがあるよ」
「ほぅ、裏切り者ねえ」
「何をやらかしたんだろうねぇ」
「……へぇ」

それにしても、と再び、今度は自分達の話しに華を咲かせ始めた老人達をよそに、フッチは深い溜息を吐いた。
裏切り者といえばおそらくルック。
とすれば、なんとなく事の顛末の予想が付いてしまった。
面倒になったのだろう、追っ手が。

あの人達はそういう人達だよなと過去二回に渡って共に戦い、その裏切り者がどつかれて連れて行かれる様を目撃したフッチは考え、その時その場にいなくてよかったと常々思った。










「へくしゅんっ」
「どうしたシグール、風邪か?」
「なーんかどっかで噂をされているような」
「誰でしょうね」

「それにしても疲れたー……」
「後始末があんなに疲れるとは」
「さすがにあれを町の人に任せるのは可哀想だったからな」
「量多かったしね」

何の後始末とは聞くなかれ。








***
一週間くらい後にフッチが着きました。
タイミングいいんだか悪いんだか。
でも、最中だったら確実に巻き込まれていた。


見微知著:芽生えを見て、全体の姿をつかむ。ちょっとした手掛かり、ヒントから全体の方向や本質を見抜くこと。