<猿号擁柱>
捕らえられていた町民を開放し、無人になった砦の一室で簡単に怪我の手当をし終えて溜息を吐いた六人。
「いや……疲れたなさすがに……」
テッドがそう言って椅子の背にもたれつつ天井を仰ぐと、残り五名も同意する。
奇襲に紋章フル活用、挟み撃ちに潜入。あらゆる手を尽くしたが、全員五体満足なのは上出来だ。
疲労を訴える足を伸ばしたセノは、隣のジョウイをじっと見つめる。
「ジョウイ」
「ん、何?」
「怪我してない?」
そう言われてとっさに左手を押さえ、平気だよと笑うジョウイの腕を捕まえ、クロスが無言で袖をまくる。
「……ジョウイ」
責める様なセノの声に、ジョウイは腕を振り解いて「たいしたことない」と口早に言う。
手当しなくちゃ駄目だよと、クロスがセノに布と水の入った容器を渡す。
「でも、本当にたいしたことないから」
ジョウイの傷を手当てし始めたセノにそう言うと、こくりとだけ頷いて、包帯を巻いた。
その最中テッドをじっと見ていたシグールが、立ち上がりつかつか歩いてテッドの上着を掴み引っ張る。
「脱いで」
「はっ!?」
「いいから脱げテッド」
何言ってんだお前とテッドに言われ、シグールは躊躇うことなくどこからともなく取り出した小型のナイフで一気にテッドの上着を切り裂いた。
「……脱げないならそう言え」
「テッドっ!」
右のわき腹辺りから出血したのだろう、その血が固まり服を貼りつかせている。
左肩の布地をシグールが引っ張ると、テッドの顔が苦痛にかすかに歪む。
左肩から背中にかけても、出血していた。
「なんで何も言わないのさ!!」
声を荒げたクロスは、横に置いてあった水入れと布に包帯を取りテッドへ駆け寄る。
無言でテッドの前に立っていたシグールは、その表情を窺わせないままもう一度言った。
「脱げ」
その言葉に気圧され、テッドは渋々上半身を覆う布地を取り去る。
柔らかなランプの明かりの下、現れたテッドの上半身を見て、全員が息を飲んだ。
腹にあるのは矢の傷、肩から背にかけての傷は剣によるもの。
血こそもう流れていないが、黒く凝固した血がべったりと傷口を覆っている。
セノが立ち上がり側へ――行こうとして足を止める。
カクンと椅子に座るテッドの前に両膝をつき、シグールは呆然とした顔で彼を見上げ……その頬に一筋の涙が伝う。
テッドが片膝をつき視線を合わせ、何事か話しかける。
ただ彼は涙を流すだけで。
「シグール」
テッドが呼びかけても、僅かに目が揺れ焦点はあったが、それでも何も言わない。
僅かに目だけで笑ったテッドが右手で抱きしめると、肩口に顔を埋めて背に手を回し、そのままの状態で身動きしない。
「――……あー……手当、ちゃんとやっとくから」
長い沈黙の後、テッドがそう言うと四人は顔を見合わせてから、静かに部屋を出て行く。
誰もいなくなった部屋の中、テッドはシグールの背をそっと叩いた。
「シグール、手当してくれねーの?」
「大丈夫だとっ――思ってたのにっ」
「八百人相手にこれはかなり幸運というか……」
「なんで一人でつっこんだんだよっ!」
「いや、だから……」
「テッドのバカバカバカっ!!」
「……はいはい」
小さな背をゆっくり撫でて、テッドは目を瞑る。
本当に怒っているわけではないのだろう――ただ、どうしようもない感情を持て余しているだけだ。
「僕も―― 一緒にいけば、よかった。いっつも、いっつも僕はっ」
「シグール」
鋭いテッドの声に、シグールは顔を上げる。
「お前はやるべきことをやった。その結果道が分かれても、それはお前の行動のせいじゃない」
だろう? と微笑む親友の首に腕を回して、シグールは身体を伸ばしキスをする。
震える唇を涙が伝い、それは本当に塩辛いのだと、テッドは久しぶりに思い出す。
「テッ、ド」
「……泣くな、俺は今度こそちゃんとお前の隣にいるから」
髪を撫でてそう言えば、安心したように微笑んだ。
「……うん」
糸の切れたように眠りこけるシグールを抱きかかえて、テッドはなんとかベッドまで運んだ。
「……僕かジョウイに頼めばいいのに」
部屋のドアにもたれかかったクロスが、腕を組んで言う。
「俺がルック運んだらお前どうする」
横たわるシグールに毛布をかけつつテッドが問うと、予想通りの返事が返った。
「"永遠なる試練"をぶちかます」
「……だろ?」
しばらく無言の落ちた部屋に、沈黙を破るようにクロスは言葉を放つ。
「好きなの?」
核心をついた問いを受け、テッドは肩を竦める。
「どうだろうな」
「何それ」
「……シグールにとって、「恋人」ってのは、俺を側にいさせるための口実だからな」
クロスは僅かに目を見開き、沈黙を保った。
「俺も、グレミオさんも、テオ様も――もっと昔を言えば奥方様も……こいつは皆に置いていかれた。だから取り戻した俺を失うことを酷く恐れてる」
お前も酷な事をしたよな、とテッドは連れ戻した張本人のクロスに容赦ない言葉をぶつけた。
「シグールは執着と恋慕を混同してる」
「……君は?」
「俺は――混同できるほどどちらの経験もないな」
浅く笑ったテッドは、眠るシグールの前髪をかき上げる。
「いいんだ、執着でも」
「テッド」
「友情じゃなくても、愛情じゃなくても。ただの独占欲と怯えでも、俺はいい」
死ぬ前より遥かに強い二人の絆は、友情以上の何かで裏打ちされているのかもしれない。
それがたとえ、自分とは違う物でも、いい。
「君は……強いね。そして、哀しい」
クロスがその目を細めて言った。
どこからともなく吹く夜風が、彼のさらりとした髪を揺らす。
ようやくクロスの方を向いたテッドが、クロスを出入り口から追い立てて、部屋の扉を静かに閉めた。
「お前も寝ろ、明日は町民が騒ぎ出す前にずらかるからな」
じゃあな、おやすみ。
そう言ってぽんとクロスの頭を撫で、テッドは隣の部屋へ入っていく。
「君は……優しくて、強くて、とてもとても哀しいね……」
呟いたクロスは、閉ざされたシグールの寝ている部屋の扉にそっと指先で触れる。
「……僕はそんな関係、堪えられない」
伏せられた睫毛が僅かに濡れているように見えたのは、月光のせいか、それとも。
***
……あれ、ギャグご志望でしたよね相方。
ごめんなさい、シリアスですしかもどーんっと深いシリアスです。
私としてはうちのテド坊はきっとこんなん。
……えとー……残り
二組がまともなもんですからたまには(何
猿号擁柱:弓の名人の凄腕をいうたとえ。