<為虎添翼 下>





「我"真なる罰の紋章"よ――」
 集う兵を前に、ルックを庇うようにして立ったクロスが左手を上げて呟く。
 それは、断罪の叫び。

「今全ての罪を許す時、我の道を開け!」



 光が

 赤き光が

 空を貫く







 戦 闘 開 始







「……始まったか」
呟いたテッドは、弓に矢を構える。
夜目の利く彼の目には、今しがた起こったでき事を唖然と見つめる無防備な兵。
(頼むから無事でいろよっ)
引き絞って、射る。
崩れたのを確認して、さらに木の影から二本三本。
「し――侵入者だ!」
上げた声を目安にもう一本。





赤き空を見ていたセノは、ジョウイをつついて身を起こす。
「兵……動かないね」
「ああ」
非常事態にどう対処するのかと思っていると、兵は慌てこそすれ動かない。
しかし町民は違う――皆怯えて逃げようとする。
それを。
「っ!」
ジョウイの制止の前に、セノの体が飛び出した。
逃げようとした人々を打ち据えようとしていたハルモニア兵の剣をトンファーで叩き落とし、怒りに満ちた目を向ける。
「何をしてるんだっ」
「がっ……餓鬼がっ、どけっ」
「逃げようとしている人に向かって何をしてるんだっ!!」
 セノが吼える。





一掃したその光景を、クロスは一瞥してから剣を構える。
「ルック、前お願い」
「わかった」
呪文を唱え出すルックの横で、クロスは向かってきた兵に向かって身を躍らせる。
舞うように飛ぶように、早く確実に強く。
敵を葬るその姿は、まるで。





「始まった……ね」
慌て出す城内、シグールは一人廊下を歩いている。
部屋に戻っていろと彼をここまで引っ張り込んだ男は言ったが、おとなしく引っ込んでいるわけもない。
「急げ、第七隊も外で援護に回れ!」
「第二十三隊門前に集合!」
「……もうちょっと」
部屋に戻ったシグールは、髪の半分を隠していたベールを取り去り、手を覆っていた手袋を外す。
足までの長さのあったドレスを膝までに切って、裏の森の方を見やった。
「第十九隊、裏手の森へ向かえ!」
「……頑張って」
 いっそここから魔法をぶち込めたらいいのにと思いながら、待つ。





兵達は怯えていた。
暗い森の中、何かがいる。
風の如く速く動く、不気味なモノが。

「ぐあっ!?」
また一人、倒れる。
「大丈夫か!」
松明を持った兵達が現れ、それまで漆黒だった闇を照らす。
その時、鮮やかな月光が差し込んで、侵入者の姿を照らし出した。
たった一人の。
「八百ってのはガセか?」
そう言った彼は、まだほんの十代後半の年頃。
しかし、その手に持つ武器は弓――先ほどから数えられないほどの兵を殺している武器、そのもの。

「――蒼い都」

唱えた彼の額が輝く。





疾走しながら、テッドは適当な兵から弓筒を奪いつつ、さすがに乱れてきた息を抑える。
五百以上の兵から逃げた事は幾度もあったが、倒しに行くのはさすがに初めてだ。
「そろそろいっとくか……」
右手に浮かぶ紋章を撫でて、テッドは目を瞑る。
浮かぶのは、今ごろ砦でじりじりしているであろう、彼。
隠れていた影から飛び出して、総数五十はいるであろう敵へ向かって唱える。
「――冥府!」
間髪入れずに、剣を抜いて中央へ乗り込む。
死んでいる多くを踏み倒し、残り少ない生存者を切ってゆく。

背後からの殺気を察して跳躍して避け。
どこかに隠れているであろう敵へ、魔法を放つ。

「開かれし門!」

聞こえてくる呻き声を手がかりに、テッドの高い精度を誇る矢が向かう。
完璧に胸を貫かれた死体が、ほんの一瞬で十。
慄然とした兵の動揺は、テッドにとって好都合。

「何をやっている、正面に――」
「こちら侵入者です――紋章を――」
混乱する森を、木から木へ飛びながらテッドは矢を構える。
右手が疼く。
どうやら、砦の姫はかなり苛ついているようだ。





追ってくる兵を軒並み殴り倒し、セノは背後の人々に早く逃げるように言う。
「あ、あなたは――」
「僕は、セノと言います」
告げられた名は、この国の誰もが知る名前。
「え――英雄、様っ!?」
「逃げてください、ハルモニアの事は任せて」
「そんなっ――私達もなにか」
「逃げてください。僕の国の人を――誰も傷つけたくはない」
「……どうかっ……どうか御武運をっ!!」
最後の一団が安全圏へと逃れるのを目で追って、セノは視線を厳しく周囲に走らせる。
追っ手にここを通過させるわけには、いかない。
「セノ! かなりの数がきたよっ」
「ジョウイ――平気?」
所々傷が見えたが、平気だよとジョウイは笑う。

目を向ければ確かに、ハルモニアの一団があった。
その数およそ三百、一々相手もきりがない。
「やるか」
「うん」
二人並んで立ち、紋章を宿した手を掲げる。
「「風烈牙!!」」





彼方で響いた地響きに、ルックは気付き視線をクロスと合わせる。
背中合わせで戦っていた彼らだが、そろそろ陣形が苦しくなってきた。
「無事逃がせたみたいだし、もうちょっと頑張ろうか」
「わかってる」
ルックの額の紋章が輝き、即死効果の魔法が走る。
じりじりと迫ってくる兵は、反比例して恐怖も高まっていた。
たった二名、たった二名が、既に何百と言う兵を屠っている。
「我真なる――」
しかも、かたっぽ明らかに真持ち。
異例のスピード出世で、末端まで名前が知れてる、元神官将ルック。

が、もっと問題なのはその隣で剣二本でぎったぎった薙ぎ倒している男。
時折光るのは紋章だろうか、少なくとも先ほど天を貫いた赤い光の発生源は真の風の紋章とは思えない。

「激怒の一撃っ!」

クロスが叫ぶと、彼の前の敵が倒れる。
そこにできた隙をつき、双剣で陣形を崩していく。

兵達が、じりじりと後退を始めたその刹那。

「きらめく刃」
「ゆるす者の印」

突如その場に現れた、二人の少年によって、軍は最後尾からも屠られていく。





最終的に冥府を連打し、それでも倒れない相手は剣で貫いて、刃こぼれしてだめになった剣を捨て置き、テッドは駆け足で砦へと侵入を果たす。
死屍累々が積み上がっているであろう森は、適当にモンスターが食ってくれるんじゃないか。
……そういえばモンスター全然遭遇しなかったな。

モンスターには危険察知能力が人よりあるのかもしれないと思いつつ、テッドは紋章の感じを頼りに、シグールを探す。
二階へ上がり、廊下の奥まった所に彼はいた。
「シグール!」
「テッド、おっそい」
不満げに呟いたシグールは、足を上げてよろけていた兵の即頭部に鋭い蹴りを入れる。
既に死体の山ができている二階廊下を、テッドは苦笑しつつ進んだ。
「八百を一人で捌いたんだから仕方ないだろ……それより部屋は」
「大丈夫、全部抑えた」
砦の中は侵入された時の事を考え、複雑な造りになっている。
場所によっては罠があったりして、部外者はまず迷う。
「倒しつつ首謀者を捕まえに行くぞ」
「それ終わったら外行って手伝っちゃだめ?」
「……それまでに終わってなきゃな」

遠くて聞こえないが、今あの辺りは地獄絵図だろう。
……ここも大差ないが。
「ところでシグール、お前その服装で戦う気か……?」
歌姫としての衣装まんまのシグールにテッドが言うと、だってさと肩を竦めた。
「その辺の兵士の服、大きすぎて合わないし固くて着心地悪い」
「……なるほど」

じゃあせめてメイクは取れ頼むから。
そう言ったテッドに、今初めて化粧をしっぱなしであることに気付いたシグールは、あれと呟いて笑う。

「なら洗面所探しつつ首謀者に行こう」
「……アバウト……」
作戦を細かく詰めた俺の意義って。
なんとなく虚しくなりつつ、テッドは倒れている兵から剣を取る。
砦の中では弓は使えない。
「テッド、剣はそんな上手じゃないよね?」
「だから、三百歳を嘗めるなと」
人並み以上には扱える。
ただ、待ち伏せして追っ手を倒すのに弓が都合がいいだけで。
「いくぞっ」
「うんっ」

そう勇み立った二人の前に、いきなり敵が登場。
なだれこんできた兵士の前に、シグールの右手が輝いた。
「……うぉい」
「裁きっ!」
テッドの制止を振り切って、飛び込んでいったシグールは、そう一言叫び突進する。
つけている紋章は必殺。
……これは。

「……じゃあ俺も……裁き!」

ダブルソウルイーター。
怖い、とにかく怖い。純然たる恐怖である。
至極の攻撃を目にした彼らが、最後に思ったのはこうだった。

死神光臨。










ハルモニア兵五千人。
全滅。

そんな素敵な戦果を引っ提げて、外組四名が砦へ入る。

「あーこっちこっち」
手招きして呼ぶテッドに従ってとある一室へ入ると。
そこには両手足縛り上げられ、猿轡をかまされた男が転がっていた。

「……あ、スーセイ」
「え、知り合い?」
男を見るなり軽い驚きの声を上げたルック。
「……まあ、同じくらいの役職っていうか」
アンタだったんだと言いながら平然と見下ろすルック。
だが、スーセイの方はそうはいかない。
「!?!?」
「話したそうだよシグール」
「だね」
クロスの言葉にシグールが猿轡だけ外す。
「貴様……ルック!」
「そうだけど」
「なぜ……なぜ五千もの……!」
「喧嘩売る相手、間違えたよ」

ハルモニアの上層部ってこんなにばかだっけ、と呟いたルックにシグールが潜入中に得た情報を耳打ちする。
「はぁ? 独断?」
「……ま、そっちのが納得いくわな……」
苦笑するテッドに、他の面子も肩を竦めた。
「どーりで……ヒクサクは追っ手出すの禁じなかった?」
「な、なぜそれを……っ」
「だろーね、アイツはそこまでばかじゃないからね」
たぶん、と言ってルックは手を振る。

「わかった、アンタ以外に僕を追う人はいないわけだね」
ならいいや、用済み。
さっくりそう言ってルックの紋章が輝いた。


「さってと、今の話聞いてたねそこの兵士二名v」
笑顔で振向いたクロスの視線の先に、先ほどからジョウイが捕獲していた二名のハルモニア兵がいる。
たまたま止めを刺されなかった、幸運なのか不幸なのか不明な二名だ。
「君達にはハルモニアにメッセージ持って帰ってもらわないといけないんだよね」
「だからさ、ちょっと伝令内容教えてあげる」
片方はクロス、片方はシグールに引っ張られ、別室へと連れて行かれる生き残り二名。
その顔は恐怖に引き攣っているが、これからもっと怖い事が起こるであろうことは部屋に残った四人がよく知っている。
……やっぱり、止めを刺されなかったのは不幸なのだろう。

「いや……しかし当分戦闘はいいよ俺」
「僕もです……」
「僕もいいね」
「というか迷惑千番だったよ」

「「「お前(ルック)のせいだよ」」」

 

 

 

 



***
……ウフ、ウフフ……。
一気に書きましたよ
……満足ですよ自己満足だけど満足ー……。


為虎添翼: 強いものに、さらに勢いをつけること。虎に翼を添えるともう、かなう者はいない。