<為虎添翼 中>
手に入れた情報を纏め、テッドは唸った。
「五千……!?」
予想外に多いハルモニア兵の数。
根城にしているのはこの町の西にある砦。
こちら側はたった六人なので、持久戦なんて望めない。
「いくらなんでもこれは……」
「テッドの作戦だと、外におびき出して囲んで潰す、でしょ?」
「そうだが……いくらなんでもこれは。一人につき八百人以上だぞ」
考え直しだ、と呟くテッドに、クロスは微笑んだ。
「大丈夫、僕らそれくらい捌けるよ」
「ばか言うんじゃ」
「ちょっとは信じてほしいです」
「奇襲だからこっちが有利だし」
「……面倒なのは嫌だけど、それくらいなら平気でしょ」
「……あのなぁ……」
頭を抱え込んだテッドだったが、既にシグールは砦内へ入ってしまっている。
ここで引き返す事はできない上に、これ以外の方法もないのも事実だった。
「……わかった、聞き込みによると兵の数は町の中に常におおよそ三百人。砦の中に二千五百人、町の東に二百人、砦の周りに六百人、裏の森に七百人だ」
「残りは?」
「休息、だろうな。作戦を少し変える」
そう言ってテッドはこの町付近の地形を書いた紙を四人の前に広げた。
「クロスにルック、砦の南西になるべくひきつけろ。セノとジョウイは打ち合わせ通り住民を避難させろ。その後町を迂回し側面から敵を攻撃。ジョウイ、お前の紋章、必殺の代わりに倍返しに変えろ」
「……それすると、受けるダメージも確か倍に」
「根性」
さらっと言ってテッドはセノに言う。
「セノ、お前も見切りをつけろ」
「はい」
「クロス、お前は烈火の代わりに雷鳴。ルック、お前も大地の代わりに闇」
「なんで?」
「お前らの場合全体攻撃の問題は真の紋章のおかげで全くない。それに――壊滅させるのは後ろに回るジョウイの仕事だ」
一番攻撃力の高い紋章を持つ彼をあえて指差し、テッドが言った。
「絶対に砦へ戻すな。こっちは別件で忙しい」
テッドは図の上の「森」の部分を指先でつつく。
「俺は森から回る」
「……森からってなんでまた」
複雑な表情をしたクロスと、その横のセノが首を傾げる。
「こんな森に八百も兵を置くか? 置かないだろ、なんかあるはずだ」
作戦通り、明日の夕方から決行。
そう言ったテッドに、全員が頷いた。
夕日に空が赤く染まる頃。
ハルモニア兵の陣取る砦――の裏手の森――のさらに向こう側で、悪態を吐いている青年がいた。
「ありえねぇ……」
切り立った崖の、ほんの僅かに出っ張った部分を掴むその右の手の甲には、ソウルイーターの影が浮かび上がっている。
(裏手が崖だとぉ?! しかもこれは明らかに最近崩れたトコじゃねーかっ!!)
まあ一応、なんで八百も兵がいたのか分かった。
崖が見事綺麗に崩れたおかげで、出ているのだ、鉱石が。
砦が高いところにあるのは常識だが、裏手の森は傾斜しているので低いところから入れるだろうなんて思ったのが大間違い。
どこも切り立っていて、これでもテッドは一番ましそうなところを登っているのだ。
「知ってやがったなあの性悪天魁星s……!」
酒屋で裏手の山が崩れたなんて話は、彼らの生活に影響が及ばない限り聞かないが、近所のおばさんや他の話なら別だろう。
知っていたからこそ、テッドの発言に首を傾げたに違いない。
その場で言えよ。
「やっべーなー……」
空の色を見てテッドが呟く。
こんな所をうろちょろ――してても崖下を覗き込む兵はいないだろうから発見はされないだろうが――クロスの戦闘開始の合図に間に合わなかったら事だ。
「くっそ……」
伸ばした左手にある紋章は見切り。
ちなみに額には蒼き門装着。
背中に担ぐのは弓に弓矢、さらに腰には剣を帯びる。
人の形をした死神が、ゆっくりと崖を登ってゆく。
「あーっ!! 覚えておけあいつらー!!」
……登り切る前に見つからなければいいが。
「ルック」
「何?」
久しぶりに女装を解いた――ほとんど何も変わっちゃいないが――ルックが、クロスの呼びかけに反応して振り向いた。
「怖い?」
「まっさか」
「でもテッド曰く僕達一番敵を捌かないといけないんだよね……」
その理由も二人にはちゃんと分かっている。
この二人には、敵が多ければ多いほど有利だから。
「クロスこそ」
「僕は――……そうだねー、怖くはないけど興奮もしてないっていうか」
ほんの少しだけ心の片隅が冷える。
これでこの人を失ったらどうしよう、と。
「はいはい、僕は少し不安」
溜息混じりに吐き出したルックに、クロスは微笑む。
「うん、僕もちょっと不安」
「……ったく」
始めようか、とのクロスの言葉に、ルックは右手を掲げる。
その標的は、砦南西を守るハルモニア兵約二百人。
「――我が"真なる風の紋章"よ」
魂のない体の中を支えるルックの「真の紋章」。
その力を使う事を、その力をずっと恐れ、ずっと怯え、ずっと逃げていた。
だけど、今は、その肩を抱きしめてくれる人を知っている。
例え強大な一国を敵にまわしても、倒すための策を考え笑って立ち上がって向かっていく人を知っている。
「大気と精霊の力を集め、大地を切り裂く刃となりて、我が敵を切り裂け!!」
真なる風の紋章の放つ最高魔法
"永遠の風"が 吹き荒れる
町の片隅で、動き出す機会を待っている少年二人。
ジョウイは(さすがに)扮装を解いている。
「そろそろ、だねー……」
「そうだな」
赤く染まっていく空を見上げて、二人は呟く。
「正直な話、ここまで事が大きくなるなんて思わなかったなー」
「僕もだ」
「でも」
勝たないとね。
セノが笑って言う。
これは仲間のための戦いだから。
「そうだな」
柔らかくジョウイは微笑んで、その視線を町にいる兵へ向ける。
彼らの町民への態度は全くどう見てもよろしいわけではなく、強奪された被害数は半端ではない。
いきなり切り付けられたりとか、娘をさらっていかれたりとか……。
「ここは、僕たちの国で僕たちの土地だ」
勝手な事はさせない。
強く言い切ったセノに、ジョウイは少しだけ驚く。
滅多にこんな真剣な眼差しは見せないから。
「勝てる、よね、ジョウイ」
これだけの大人数を相手に、これだけ少人数で戦った事はさすがにジョウイもセノもない。
それ故の不安だろうが、ジョウイはセノの肩を抱いて落ち着ける。
「――大丈夫」
テッドを信じよう。
ジョウイの言葉にセノはこくりと頷いた。
いきなり襲ってきた風魔法。
攻撃方角――そこには追い求めていた姿があった。
「そ、総員――攻撃!」
あまりに唐突なその戦闘開始の合図は、指揮系統をまっしぐら頂点に向かって上りつめる。
「ス、スーセイ様っ!」
「……なんだ、騒々しい」
ここの最高司令官――ハルモニアでの立場はルックと同等――は訝しげな目を駆け込んできた兵に向ける。
「て、敵です!」
「……なんだと?」
「真なる風の紋章の攻撃、確認いたしました!」
「では、命じた通りにしろ」
あっさりとそう言い放ち、スーセイは彼の前に立つ美女を見上げる。
赤い衣装を纏った彼女は、きょとんとした顔をしていた。
先日、酒場で偶然見つけてきた類稀な声を持った美しき歌姫。
「アイリーン、すまなかったな続けてくれ」
「何のお話でしたの?」
小首を傾げるその仕草は、気品溢れる顔立ちと微妙なギャップを感じさせ、可愛らしい。
傾げたところでさらりと漆黒の髪が揺れた。
たいした事ではないよと答え、スーセイはワインを口に運ぶ。
アイリーンと呼ばれた歌姫は、その視線をさりげなく窓の外へと向けた。
暗くなった空の下。
はやる心を抑えつつ、赤く塗った唇を開く。
***
うわあっ!?
後編じゃなくて中編です……!
それぞれの戦いの前を書きたいだけ……いえ、崖
を登るテッドは相方のリクエストです。