<為虎添翼 上>





参謀の許可が下りたので現在作戦会議中。
……なのだが。

「地味だね」
「地味だな」
「地味ですねー」
「地味」
「えーっ、僕潜入とかしたいなぁ?」

「てめーらたまには自分の頭使って計画的に生きてみろよ!!」


あっさり却下を食らった作戦を書いた紙を握りつぶし、テッドは宿の一室で叫ぶ。
もう嫌だこんな奴ら。
……といえども知り合いらしき知り合いも友人らしき友人もここの面子くらいしかいないテッド(三百歳)は、置き去りにして去れないところが痛い。
「あーもー、シグールお前軍主だったんだろうが」
文句言うならやってみろといわれ、いい笑顔でシグールが言った。
「ハルモニア軍って町の横にある城を根城にしてるんでしょ?」
「そうだ」
「新兵募集とかしてないのかなぁ? ほらそれで中に潜入してさ、ルックが外におびき出してクロスがどーんっ!」
「……してないだろうし、止めてくれ」
相手は五千。
まともに考えて六人では相手にできるわけがない。
だからこその作戦なんだが、お前根底を履き違えているだろうっ!?
六人いるから二手ぐらいに分かれて……でも五千かぁ」
船に乗ってれば紋章ぶちかましてどーとでもなったんだけどねえと言い放つクロス。
「情報は、シュウからので足りてるんですか?」
「いや、全然最新情報がないからな」
「聞き込みもするのか……」
「だとすると僕はその間どうしてろって?」

「……わかった、シグールは潜入だな、クロスは紋章か。  ジョウイは顔を出せなくて聞き込みも必要か……立ててやろうじゃねぇかお前ら全員が納得の行く派手な作戦を!!」
「「やったーっ」」
「喜ぶなっ!」
喝采を上げた面子に一喝して書類をめくりつつええいもうとぶつくさ呟きながら、 なにやら書き散らすテッドに、後ろからくっついてご満悦な坊ちゃんはぐっと残り四名に親指を立てて見せた。










テッドの二個目の作戦は快諾され、一行はハルモニア兵が根城にしている城の隣にある町を訪れ……ようとしていたのだが。
「うそ、兵士」
「ああ……出入り審査か……まあ紋章は誤魔化せるだろうけど、どうする?」
全員の視線がルックへと集まる。
その時、じゃんじゃじゃーんと言ってクロスが差し出したのは淡いピンクのフードだった。
いつ作ってたんだそんなもの。
……というツッコミが入るまでもなく。
「はい、つ・け・てv」
「…………」
「つけてねルック?」
「…………」
「似合うからさ」
「…………」
ルックの沈黙の長さは彼の怒りと比例している。
……なんてことはよーっくわかっていた面子だったが、強いてここで口を挟む事はしない。
「ね、ルック?」
「……覚えてろ……」
地を這うような低い声をその唇から漏らし、ルックはフードを羽織る。
……確かに顔は隠れるが、ピンクである必要性はあったのかクロス。


結果、あっさりと審査は素通りでき、フードを取りたいと強く主張したルックだったが、町の中にハルモニア兵の姿がちらほらあって諦めざるを得なくなった。
「それにしても、そんなに似てるかなぁ?」
いつぞやの旅館での騒動時と同じく、「クロスとルックは兄妹、シグールとセノも姉弟」という説明をしたのだ。
それで残りのテッドとジョウイはというと、勝手に二人を恋人と見なしてくれたらしく、大勢だと宿での部屋割りも大変だろうと必要のない気遣いまでしてくれた。
「今テッドとジョウイに話し掛けない方がいいよセノ」
互いに互いの恋人と見られた事に色々寒気を催していた二人は、かなり顔色が悪い。

「じゃあ作戦開始、だね」
宿に入ってとりあえず取った二部屋のうち一つに集まった六人の中で、最初にシグールがそう言った。
「ああ、今晩からシグールは潜入準備開始。俺は酒屋を回って情報を集めるから、クロスとセノはおばさんたちに明日から聞き込みを始めろ」
「「了解」」
「それと、町中に手配書は回ってないからな、ルックは紋章屋に行って紋章見繕ってこい」
「うん」
「ジョウイは残念ながら宿で待機だ。お前の顔は割れすぎてる」
「……わかった」
大丈夫あと百年くらいしたら平気だと軽口を叩いて、テッドはぱんと手を打った。
「各自、気合を入れて臨め。これでハルモニアに思い知らせる」
「「了解」」
「ちなみに、ばれて命の危険にさらされた場合のみ紋章解放を許可する。ただしその後の俺からの報復は覚えておけよ……?」
わきっと指を鳴らし、据わった目でテッドが脅す。
この作戦を立てたのも詰めたのもテッドなので、計画を台無しにした場合の怒りは無理もないと言えよう……。










作戦の第一波として、シグールにはあらかじめ紋章をくっつけておく。
紋章屋に赴いたルックとシグールは、テッドに指定された紋章を買う。
「左手に必殺……」
右手にはいいのかいと聞かれ、いいですとやんわり断ったが。
……これ、単体で十分殺戮兵器じゃなかろうか。
「やっぱりお金は大事だよね」
そう言うシグールの額には金運。
額は勝手にしろと選択の余地をもらって、迷うことなく彼が注文したのがこれ。
「今回出費かさんだしね」
確かに、紋章球代は馬鹿にならない。
「さって、じゃあ僕は楽しく歌ってこようかな」
ふんふんふんと鼻歌交じりに宿へ戻る道を行くシグールの横で、ルックは三秒だけハルモニア兵に合唱を捧げておいた。
作戦決行日以降の朝日はまず拝めまい。
精々、その日まで楽しんでおくといい。


宿に戻り夕食を済ませた面子は、まず集まって最終チェックをする。
「聞き込みはもう数日続けるよ」
「酒屋は抑えてきた、今晩から本腰だな」
「紋章屋は全部そろってたよ」
よし、とテッドが頷く。
「それじゃあ、開始だ」
「ここからは別行動だね」
シグールがそう言って立ち上がる。
頑張ってこいとテッドが言うと、笑って彼の首に抱きついて、キスをした。
「えへへ、いってきまーす」
「…………!!」
ひらひらを手を振りながら階下へと下りていくシグール。
赤くなって口元を押さえていたテッドをしばらく沈黙して見つめていた四人だったが、示し合わせたように一気に背を向けて今後の事を話し始める。
「じゃあ僕とセノは明日紋章屋に行こうか」
「聞き込みは西からしましょーか、城に近いし……」
「城の裏は森になってるんだろ? あそこにも相当兵がいるだろうし、なによりここの住民は?」
「住民避難のメドは立ってる。数キロ離せば十分でしょ」
「…………」
「さぁって、シグールの歌が始まるころかな?」
「シグールさん上手ですからねー」
「シグールのアレは性格の代償ってくらいだよな」
「誰でも取り得はあるもんだよね」
「…………」
「さ、じゃあ僕はそろそろ寝ようかな、明日は朝市に行って近所の人と話さなきゃ」
「僕も寝る〜」
「僕もやることないし……ルックも休むだろ?」
「……部屋割りは予定通りでいいわけ?」
椅子に座ったまま無言のテッドをちらと見やってルックが言うと、クロスは笑顔でテッドの襟首を引っつかむ。
「はい、君は夜なべして情報収集、いってらっしゃーい」
「ちょっ――」
「ていやっ」
ぺいっ
部屋の外に放りだされ、ばしんと目の前で扉を閉められる。
立ち上がったテッドが見たのは、自室の扉をシッカリと鍵までかけやがったジョウイだった。

だから二部屋か。
お前ら俺を追い出しておいていちゃこくつもりか。

覚えとけこんちくしょう。



言葉にならない言葉を胸中のみで呟いて、テッドは階下へと下りる。
酒場になっている一階を通過しようとした時、張りのある声が響く。
「……気をつけろよ」
男達の集う中央、歌う歌姫と視線を合わせず、テッドは宿の外へと出ていく。
黒髪黒目の歌姫は、去っていく影に一瞬だけ視線を向けて、何事もなかったように歌い続けた。

歌姫へ、ハルモニア兵から砦への訪問依頼がくるのはたった三曲後の事だ。

 

 



***
事前準備はあっさりと。