<悲喜交々>
シュウから労働の見返りにハルモニア関連の資料をもらい、ぱらぱらと目を通したテッドが潰すか、と一言呟いた。
国に迷惑をかけるなという宰相の言葉はつまりは迷惑をかけなければいいというわけで。
いいかげん鬱陶しいし。
というわけで資料にあったハルモニア軍が駐屯しているという町へ向けて出発した一行は、その途中にあるロックアックスに辿り着いた。
山に埋まるように作られた強固な造りの城に、初見の二人は溜息を漏らす。
曰く、土砂災害に遭ったら笑えないね。
……もう少し言葉を選んでください。
町に入るとそこはお祭一色だった。
そこかしこに飾りがつけられ、道は様々な屋台と賑わう人々で活気付いている。
手近な屋台でたこ焼を買いつつ何の祭か尋ねると、昔から伝わる伝統行事らしい。
由来はすでに忘れられているが、古くからの行事なんてそんなものだろう。
前の領主が治めている間は禁止されていたのだが、デュナン共和国が設立されたと同時に復活したらしい。
「兄さん達運がいいね、今日は城の中が見学できるよ」
「年に一度の事だから見に行くといい」
屋台の夫婦に言われ、せっかくだからと城へ向かうと、門の前には観光客などで長い行列ができていた。
「……面倒」
気だるげに髪を掻きあげてルックが呟くが、それでも一人どこかへ行ってしまわないあたり協調性が出てきたと言うべきか。
「セノ、特権で先に行かない?」
「ズルは駄目ですよ」
苦笑して答えるセノにシグールが真面目だねえと列の先を覗く。
列は長いが、見学時間が決まっているのか流れが速い。そう待たずに中に入れそうだった。
城の中は外の質素な造りとは裏腹に絢爛とした飾りがそこかしこにされていた。
おそらくは前の領主の趣味だったのだろう。
それでも荘厳さを失っていないのは、やはり染み付いた空気というものか。
六人は案内の札に誘導されながら通路を進んでいく。
部屋の中には入れないが、ドアはそれぞれ開けられていて中を見る事はできる。
物珍しそうに眺めながら進んでいくと、おそらく部屋に誰かが入らないように注意するためだろう兵士が立っていた。
デュナンの正規兵とはまた違う、白と銀を基調とした鎧。マントは鮮やかな赤をしている。
「セノ、あの鎧って?」
「ロックアックスには騎士団が昔からあるんですよ」
その中でも有名なのが赤と青の騎士団。
ロックアックスに生まれた男なら一度は憧れる職業らしい。
「よく知ってるな坊主」
視線を向けると、初老の男性が感心感心としきりに首を振りながら立っていた。
「騎士団はこの町の名誉職だな。中でも団長のカミュー殿とマイクロトフ殿は先の戦争でデュナン国王の手助けをされたのだよ」
私も一介の兵士だったが、今でも勇士が目に焼きついていると男性は感慨に浸っている。
「今そのお二人は?」
「第一線こそ退かれたものの、新しい騎士の育成に力を注がれているよ。裏の訓練場で今日は公開訓練をしているから見に行くといい」
長話をしてしまったねと言い残して、男性は奥へと去っていった。
セノは笑顔でそれを見送りながら苦笑する。
「後で見に行く?」
「できれば見つからないようにこっそりと……」
そうだね、と二人の騎士を知っているシグールとルックが同意する。
カミューはともかくとして、マイクロトフはセノを見たら確実に声をかけてくるだろう。
隠し立てができない実直さは彼のいいところでもあるのだが。
そう話しながら歩く内、人が集まっている部屋の前まで辿り着いた。
おそらくここが一番のメインなのだろう。
隙間から前に出て中を見ると、大きな机がいくつも並べられていた。会議室か何かだろうか。
「……あの時のまんまだ」
ぽつりとセノが呟いた。
その声には色々な感情が混ざっていて、目は僅かに潤んでいる。
そうだねとジョウイは目を伏せた。
「来たことあるのか?」
事情を知らないテッドが尋ねると、セノは小さく笑うだけだった。
シグールに視線を向けると彼は小さく首を傾げて言う。
「僕はその場にいたわけじゃないから。こういうのはその場にいた人に聞くのが一番」
というわけでるっくんどうぞ、と話題を振られたルックは、
「るっくん言うな」
と切り捨ててから、簡潔に説明してくれた。
「ハイランドと同盟軍で調停会議が行われて、その時にハイランド側が不意打ちしてナナミが打たれた場所」
「「…………」」
「……反省してるんです」
年長者二人にじと目で見られて居心地悪そうに視線を逸らすジョウイ。
ふと手に絡められた感触に視線を下げると、セノが微笑んで見上げていた。
「でもナナミは生きてるし、こうやって今いられるんだから、いいよ」
「……うん」
ありがとう、とジョウイは頷いて、繋がれた手をそっと握り締めた。
「……二人の世界に入るのはいいんだけど帰ってからにしてほしいなと思ってみたり」
「ジョウイが女装してるから一見ほのぼのカップルに見えるんだけどさ」
「「……つまんない」」
少し離れたところで二人を見ながら、弄る機会を逃した四人は好き勝手言っていた。
***
とりとめのない話。
悲喜交々:悲しいことと喜ばしいことが入り交じること。