<阿衡之佐>
ついに来てしまいました。
……今のテッドの心境を文字にするとこうなる。
前を楽しそうに歩くシグールとセノには悪いが、正直な心境はそうなる。
なにせ、シグールが「気の合う御仁」と称した、デュナンの(王が逃亡したから)実質上の長、シュウに会いに来ているのだ。
「あーっ、シュウ!」
「お久しぶりです、「国王陛下」」
「……あう、逃げてごめんなさい……」
満面の笑みで駆け寄るセノに、微笑を浮かべてぴしゃりと言ってくれたこの中年男性。
長い黒髪を後ろで束ね、切れ長の眼光は鋭い。
……うん、「切れ者軍師」っぽい。
「それに――ああマクドール氏。面と向かうのは久しぶりですね」
「デュナンもかなり回復したね、ひいては先々月の関税の件だけどね」
「ええ、検討した結果、海伝いに入る物は三分減で」
「……いつ、関税の検討なんてやってたんだお前は?」
手紙と早馬は必須だよねと言われテッドは視線を外へと彷徨わす。
常々思っていたのだが、こいつって何者。
「ところで、せっかくいらしてくださったのですから、当然ご理解していらっしゃいますよね?」
「な、何を……?」
ュウの指がぴしりと廊下の奥まった所にある政務室を示した。
れはもう、有無を言わせぬ笑みを浮かべて。
「御政務です」
「えっ!?」
顔を引き攣らせたセノに、苦笑してテッドがひらと手を振る。
「ま、頑張れ」
「ええっ!? いっ、いやだっ」
「「国王陛下」。よろしくお願いいたします」
やる事は中にいる人物に聞いてくださいませ、と敬語の皮を被った命令を受け、セノはしぶしぶ政務室へと足を向ける。
さて、と呟いてシュウは残りの面子へ視線を向けた。
「――マクドール氏に某死人と魔法使いはおいておいて、残りは? 王の客人ということで通したが、一応」
鋭い眼光で素性を尋ねられてテッドとクロスは苦笑した。
「俺はシグールの友人――あ、紋章持ってるから」
布を巻いた手を上げて一応微妙に牽制をかましておく。
「真持ちか」
「そ、真持ち」
「年は」
「……三百歳くらい?」
そちらは、と尋ねられてクロスはうーんと首を傾ける。
「こいつは「真珠の帝王」だ」
クロスが答える前に指さして言ったテッドに、シュウがその目を見開いた。
「全ての商人の伝説のあの「真珠の帝王」!」
何だよそれ。
そう突っ込む人はもういない。
「何が何でも金儲けを忘れず、最小限の労力で最大の儲けをしかし投資の時期を誤るな! と全商人が胸に擁く教えを正しく等しく実践し、パールロードを開拓した……」
また出たパールロード。
「伝説のクロスか!」
「……たぶん」
がしっとクロスの手を握り、シュウはぶんぶんと二回振ってから五人に向き直る。
「素晴らしいな、ではあちらへどうぞ」
彼が示したのは先ほどセノが入っていった部屋。
……あれ?
「マクドール氏は元軍主なのでもちろんの事、元皇王は当然、テッドとやらもそれだけ生きていればこなせるだろうし、クロスもあれだけの手腕を無駄にするのは惜しいしルックも使えるのは知っている」
きぱりとそう言いきったシュウは、もう一度しっかと政務室を指差して言った。
「ただで入りただで出れると思わないでいただきたいな」
「「!?」」
積み上げられた書類を消化しつつ、鬱な顔になったテッドが漏らす。
「な ん で こ ん な こ と に」
「すみません……シュウは……ああなんで」
「予想はしてたけどスゴイ人だね」
「さすが性格の悪さがルックと並び称されるだけあるでしょ」
「お前が言うなお前が」
はあ、と溜息を吐いてテッドは書きあがった書類を積み上げる。
各自がそれぞれこなしている仕事の量は、目の前に積みあがった書類の高さで一目瞭然だ。
何も言わずにただ淡々としかも高速でこなすのはジョウイ。
さすが元皇王、そして実はこいつ頭は純粋によかったんだっけと思い出すが、この面子で大切なのは明らかに悪知恵の方であるから、敗北気味なのだろう。
シュウもジョウイの優秀さ加減は分かっているらしく、その証拠にいくら片づけてもどんどん回ってきている。
……が、ジョウイの場合はさらに「真面目にやらなきゃ正体ばらす」なんて脅し文句も付け加わっていたりいなかったりで……何も言うまい。
二番手に予算決算を処理するクロス、三番手に土地整備書類を処理しているテッド。
続いて経済関連の書類を片付けるシグールがくるが、明らかに本気ではない。
ダントツで遅いルックはやる気の問題だろうが、セノは丁寧な分もあれば外交関連を処理されているのもあるだろう。
……が、その誰にましても大量の仕事をこなすシュウに文句も言えず延々半日。
「お、わっ、たーっ!?」
背伸びしつつようやっと言葉を発したジョウイに続いて、全員が立ち上がる。
シュウがご苦労と軽く言って、処理を終えた書類をまとめた。
それを部下が運び出してから、セノに向かって言う。
「食事の用意をさせました、大食堂でおとり下さい」
「うんっ、ありがとう」
「……ただしその前に話がある」
ばさっと言う音と共にシュウが机の上に置いたのは数枚の手紙。
政府のトップが外交としてやり取りする際に使われる正式な物で、押してあるその印は。
「ハ、ハルモニア……」
「一年ほど前に送られてきた。「ハルモニア元神官将ルック」の捜索協力願い及び引き渡し依頼だ」
「…………」
「直接追っ手がかかるほどの何をしていたのかは見て見ぬ振りを決め込むが、デュナンに迷惑をかけられては困る」
とん、と手紙を指でつついてシュウは慇懃な声で言う。
「しかし、残念な事にそこの魔法使いでは先の戦争で借りがある」
「……それで、返事はどうしたの?」
「協力できるほどまだ国力は回復していないが、捜索団の入国は認める、と」
「……なるほど、だからトラン国境に」
クロスが罰の紋章で吹っ飛ばした兵二百名はそういう関係で入り込んだのだろう、おそらく。
それで調子に乗ってトランにまで足を伸ばすとは、無礼極まりないとシグールは思ったが、賢明にも口には出さない。
ここで、そんな事言ってさらにシュウの心労を増やす必要もないだろう。
……そんなことしたらまた無償労働させられる。
手紙にしっかりと目を通したテッドが、溜息を吐いて隣のクロスへと渡す。
「敵もなかなかやるな」
「死亡したように見せかける細工すればよかったね」
「……紋章の問題があるだろ」
目を通し終えると、クロスはそれをシグールへと回す。
シグールと後ろから覗き込むジョウイが読んでいる間に、テッドはシュウに問いかけた。
「捜索団って軍だろ」
「ああ」
「何人?」
「申告があったのは千人」
「……ってことは少なくとも三千人……おい、軍隊じゃねーか」
まあ今のハルモニアにとってはデュナンなんざ潰しても何の特にもならないだろうが。
……だろうが、いいのかそんなの黙認して。
ジョウイが手紙をルックに渡して、肩を竦めた。
「これじゃあ捕まるのは時間の問題だな」
「千人規模で捜索されるとはルックも人気者だよね」
「……どーすんのさ」
不機嫌な顔でぽいっとセノへ紙を渡したルックに、シュウは言う。
「どうしてもいいが、絶対デュナンに被害を出すな、無駄金を使わせるな、外交に支障をきたさせるな」
「……だそうだよ参謀殿」
「だってさ司令長」
「なんとかしてくれ策略家」
「頼んだからね作戦係」
「お願いします〜」
「……俺かい」
口々に言われたテッドはガクリと頭を落とした。
どうせ情報収集してるだろ、カタつけるからハルモニアのデーターくれ。
翌日そう言ったテッドに、シュウは無言でまた政務室の机の上に積みあがっている書類の山を指差した。
「タイムリミットは午前中」
「……シュウ、輪をかけていい性格になったよね」
「あんたが逃げたせいでしょ」
「はいはい、ちゃきちゃき働いてねルック、元はと言えば君のせいだし」
「そーそー。いっちゃん楽なの割り振ってるんだからさー」
シグールにそう言われてルックは眉を顰めた。
「本気出してないあんたに言われたくない」
「じゃあ競争〜」
口々に言いながら机について、また猛然と働き出す六名がいた。
***
シュウは鬼なんです。
そこがいいんだと思います。
できる男はすてきです。
阿衡之佐:天子を補佐する賢臣、名宰相のたとえ。阿衡とは総理大臣のことで、それを助ける者。