<温故知新>





何はなくとも本はあります。
……そんな町も、一つや二つあるわけで。
ここ、グリンヒル市はそんな町だった。

「宿決まったら教えて」
そう言ってずかずかと学院内へ消えてしまったルック。
おいとジョウイが突っ込もうとすると、テッドもいなけりゃシグールもいない。
「…………」
「ジョウイー僕も見たいー」
「…………」
「そんな目で見ないでよ、わかったよ、宿は僕が取っておくから」
苦笑して言ったクロスに軽く頭を下げて、ジョウイはセノに手を引かれて雑踏の中へと消える。
「さてーそろそろダブルベッドとかお風呂とかのある部屋取りたいなぁ……」
お金は平気かな、まあちょっとくらい奮発してもいいけど、朝ごはんがついてるとうれしいなあとブツブツいいながら宿の集まる通りへクロスは向かった。





ご要望の宿を確保し、クロスが学院へと向かったのは、日の入りのころだった。
……が、あの本好きメンバーが一体何所へ散ったのか、図書館が広すぎてわかりゃしない。

セノなら児童向けコーナーにいるのかなと、たいがい失礼な事を思いつつ足を向けてみた。
なにせ、ルックとかテッドとかばりばり専門書派だしシグールとジョウイは雑学派なのでそれこそどこにいるか分からない。
「あ」
予想通り児童書コーナーにいたセノの隣に、ルックもシグールもいて少し驚いたが、三人が交互に本を覗き込んでいるので、どうしたの? と声をかける。
「あ、クロスさん」
「「……くっ」」
同時にシグールとルックがちょっと笑った気がしたが、あえて無視してセノに話しかけた。

「三人で何読んでるの?」
「真珠の帝王物語」
「……へえ?」
 面白そうだね、どんな話? とクロスが尋ねるとシグールが笑顔で答える。
「昔、ある島に小間使いの男の子がいました」
「うん」
「ところが、紋章の暴走により男の子はヌレギヌを着せられ、島を追われることになりました」
「……うん」
「しかし男の子はめげずに船を操り仲間を集め、真珠を売ってパールロードを開拓、真珠の帝王と名を馳せたのでした」
「……それって」
「あんただよ」
「……だよねぇ」

なんでそんな話が児童書に。
苦笑しつつクロスはセノの持っている本を手に取る。
「ちなみにこちら、「真珠の帝王〜その真実〜」」
「……なにやってんのシグール」
シグールの差し出した本は、児童書ではなく大人向けのようだ。
手に取ったクロスはぺらぺらとめくり、途中頬を引き攣らせて本を閉じる。
「すっごい荒稼ぎだったんですね?」
「真珠貿易の全権握ったそうじゃない」
「金持ちが土下座して譲ってもらいにきたとか」

そこまで書いた阿呆はどこのどいつだ。
……そう思って著者名を見ると……「真珠の帝王の下僕」……くそっ。

「……一個二千で買って5千ポッチって十分破格の譲り値だけどね」
「でも三千の儲けでしょ?」
「……というか物価が違うだろ」
「あ、テッド」
黒い表紙の本を数冊抱えたテッドが、呆れた顔で一同の後ろに立っていた。
何だって学園内に児童書コーナーがあるのかよく分からないが、それは横に置いておく。
「今は当時の約三倍だから」
「……え、一個あたり儲けが九千?」
それっていくつ傷薬に紋章球が買えますか?
元軍主二名が思わず概算をはじき出し、目眩を堪える。
「ぼ、僕もほしかった……」
「同感」

なんでそんな話になってんだとテッドの問いに、ルックが無言で「真珠の帝王〜その真実〜」を渡す。
ぱらぱらと目を通してから、こんなん温いと一言テッドは呟いた。
「金運の紋章は絶対つけて戦闘に挑んでたし、モンスターが残した甲羅とかを人魚に渡してアクセサリー作らせてから売りつけてたし。あと宝捜しを俺達にやらせて、見つかった防具は軒並み売ってたな」
「……人魚の労働賃は」
「だって受け取らないんだもん」
つまり、元値ゼロで防具やアクセサリーを売ってたと。
ああ、げに逞しき小間使い精神。
「こいつ守銭奴だから」
あっさり一言そうコメントして、テッドは本をクロスへと渡す。
「あ、そういえば」と思いついたように呟いて、シグールへ視線を向けた。
「ジョウイが伝記コーナーで爆笑してたぞ」
「は?」
「トランのコーナーだった」
「…………!!」

くると身を翻して一目散に伝記コーナーへと向かうシグール。
笑って彼を見送ってから、テッドはいい笑顔ではいと手に持っていた本の一つをルックに渡した。
「なに、これ」
「面白いぞ」
「…………」
受け取った表紙には、こう書かれていた。
「 グラスランドの新たなる歴史〜破壊者一行の浪漫と悲劇〜」
「……余計なお世話なんだけど」
「で、これはセノ」
「えーっと、「デュナン王国の歴史〜英雄セノの真の敵〜」……こ、これって」
「大丈夫、真実はいつも遠いな」
「……あんた嫌いだ」

あっはっは、俺関係ないから。
楽しそうに笑って、本の物色に戻ったテッドの背後で、自分の事についてある事ない事書いてある本を読みながら、恥辱と後悔に震える三人がいた。
 

 



***
……久しぶりにテッドが美味しいです。
この人だけ色々セーフ。


温故知新:古い事柄を踏まえ新しい事柄を為すこと。