<幽霊騒動>
「……なんか趣のある建物だね」
「素直に不気味って言ったら」
建物を見上げて言うクロスに、ルックが横から突っ込んだ。
元ノースウィンドウ現シェイシェル。
吸血鬼ネクロードによって滅ぼされた町を彼からぶん取り本拠地に仕立て上げたのがここだ。
戦争の後政治の中心はミューズに移ったが、そのままここへいつく者も多かったために今は中規模な町へと発展を遂げていた。
シェイシェルというのは城に付けられていた名を捩って付けられている。
六人がいるのは本拠地の建物そのものの前。
吸血鬼が根城にしていたのだから当然なのかもしれないが、外見の醸し出す雰囲気が非常にそれっぽい。
いくら場所が必要だったからといってよくこんな場所に本拠地を据えたものだ。
「ねえ、セノ。よく平気だったね」
「?」
「あー……クロス、セノに言っても無駄だって」
クロスの言葉に首を傾げるだけのセノに代わって、正確に意図を汲み取ったシグールが答える。
そういえば彼も城に一時期いたりしたんだったか。
「出るよ、普通に」
別に害はなかったから食べなかったけど。
「……そう」
なんか余分な一言が付いた気がしたが聞かなかった事にした。
出たんだ、やっぱり。
それにしても城の周りに人がいない。
中に入ることも可能で観光名所に挙げられている場所なので、もう少し賑わっていてもいいはずなのだが。
見れば外門は閉まっており、兵士の格好をした男が見張りとして立っている。
入場時間が過ぎたのだろうか。けれど頭上の日は高い。
その内の一人が視線に気付いてこちらにやって来た。
「観光客かい?」
親切そうに言葉をかけて来る男に、素直に頷く。
まあ観光といえば観光です。
「ここの中は入れると聞いてたんですけど」
「ああ、知らないのかい」
男は苦笑交じりに説明する。
曰く、数日前から幽霊騒ぎがあって入城を取りやめたとか。
昼間から出る幽霊というのも耳慣れないが、明らかに人間では歩けないような場所を歩いていたりするという。
「大変ですね」
セノの言葉に男性はそうなんだよと頷く。
「騒ぎのお陰で好奇心から不法侵入しようとする輩まで出てきてね、困ってるんだよ」
「頑張ってください」
「ありがとう」
時期を改めてまたおいで、という言葉に見送られて、六人は城から離れた。
「よかったね新米兵士、英雄直々の労い貰えて」
「知ったら卒倒しそうだね」
部屋を取るべく宿屋に行く道すがらくすくすと笑う。
それにしても、ここまできて城に入れないとは。
「結構楽しみだったんだけどなぁ」
「幽霊騒動ね……」
「いくらなんでも昼間は出た事なかったんですけどねー」
「しかも不法侵入か、大変だよね」
「そうだねえ」
予定していた城観光ができないばかりか幽霊騒動なんて面白い事を聞かされて、大人しく宿屋で寝ているほど彼等はいい子ではなかった。
その夜。
草木も眠る丑三つ時に音もなく塀を乗り越えた六人は、夕方よりも雰囲気が増している建物の中に嬉々として入っていく。
不法侵入はオベル遺跡に続いて二回目だが、今回はセノ達も同行している。
「一応責任者だったんで……なんとかしたいですよね」
話し合いで解決すればいいんだけどと呟くセノに、何か違うよねとジョウイが肩を落とした。
幽霊相手に話し合いが通用するのか。
セノの案内で、入り組んだ城内を進んでいく。
かつての幽霊頻出スポットを回っていくが、それらしい姿は見当たらない。
「……怖がってるとか」
「何を?」
あなたの右手にある紋章をです、などとは言えずにジョウイは口を噤む。
けれどソウルイーターを恐れて出てこないなら頷ける。
やがて用水路が下を流れるあたりに来た時、セノがぴたりと足を止めた。
「どうした?」
「……これ、何でしょう」
灯りを掲げて階段の下の隙間を照らす。
それは果物の種だった。しかも明らかに最近食べたものと思われる。
「……幽霊騒ぎからこっち、立ち入り禁止なんだよね?」
「幽霊がもの食べるわけないしねえ」
「なんか幽霊とは別の方向に話が行きそうだね」
幽霊騒ぎよりももっと現実味を帯びていて、尚且つ自分達の得意な状況へ。
相手が幽霊でないと推測されたので、できる限り音は立てないように六人は上へと上がっていく。
階段を上がりきった時、先頭を歩くセノとジョウイの目にひらりと揺れる布切れが映った。
それはすぐに先の暗がりへと消える。
「どうやらここらしいね」
「あの向こうは?」
「大広間です」
灯りを吹き消し、目が暗闇に慣れるのを待ってそろりと足を踏み出し広間へと近づく。
ひょいと壁から中を覗くと、案の定そこには数十人の男達が中央に据えた明かりを囲んで酒を飲んでいた。
「あー……」
「盗賊の根城にされてたんだねえ」
幽霊というのは彼らの姿を垣間見たからだろう。
それにしてもこの城を根城にするとは頭がいいというか礼儀を知らないというか。
常識的に考えて誰も使用しないから、人が入る時間帯さえ気にしておけば警備も手薄だし穴場かもしれない。
「下の湖の方から出入りすれば見つかることもないですしね」
「どうする? セノ」
「捕まえます」
「ま、そうだろうね」
軽く言って、各々自分の武器に手を伸ばした。
その後は推して知るべし。
全員を片付けて縄で縛ってそこら転がし、一仕事が終わったとばかりに背筋を伸ばした。
このまま窓でも開けておけば、明日には見回りの兵士が気付くだろう。
意識を失ったまま悪夢に魘されていそうな男を軽く蹴飛ばして、シグールが笑う。
「この城を根城にするなんて根性あるよねー」
「穴場と言えば穴場だけどな」
「それにしても、よく観光客の人たちに見られなかったね」
最終的に見られたから幽霊騒動になっていたのだが。
「……でも、おかしかないか」
「何が?」
「門番の話じゃ、『人間じゃ歩けないような場所』を歩いてたんだろ?」
どう見ても彼等はただの野盗である。
人間には歩けない、という事は、彼らも当然歩けないわけで。
そこで視線を感じてテッドは視線を上げ、凍りついた。
窓の向こうで少年が笑って立っていた。
バイバイとでも言うかのように手を振って、ふっと姿が掻き消える。
「テッド、どした?」
「…………」
窓の外って、ここ何階だ?
幽霊騒動。
果たして本物だったのか否か。
***
怖いのは苦手です。
というかホラーじゃないじゃん。
幽霊騒動:幽霊が出たと騒ぐ事。造語。