<特技披露>
軽いノックの音がこじんまりとした家に響く。
「はーい」
この家の五歳の娘、ルイが立ち上がって背伸びをしつつドアを開いた。
穏やかな陽光を背景に、そこに微笑むのは。
「……? えっと……?」
「お母さん、いるかな?」
十代半ばくらいの人にそう言われ、ルイは頷くと母親を呼ぶ。
どうしたのとキッチンから出てきた母親は、笑みを浮かべて訪問者に抱きついた。
「セノ!」
「ナナミ、久しぶり」
ナナミというのは母の名前で。
セノは。
「えーっと、おじさん?」
「そうだよ〜前会った時はルイは赤ちゃんだったから覚えてないよね?」
母の弟の、セノ、という人は、穏やかに微笑んで、髪を撫でてくれた。
お父さんと同じくらいの年かと思っていたら、ずっと若くて穏やかな顔で。
「リオは?」
「おにいちゃんは、がっこうなの」
「そっか、じゃあ中に入って待っててもいいかなナナミ」
「うん……あれ、皆一緒なの? じゃあ昨日焼いたクッキー出すね」
その言葉に凍った後ろの面子にジョウイは大丈夫と手を振る。
「ナナミの旦那さんのクッキーだから」
……何年経っても、ナナミの料理の腕は知る人ぞ知る最大の恐怖なのだ。
「ジョウイ、そういう格好も似合うわね」
「……ナナミ、君ならそう言ってくれると信じてた」
女装姿を解きたいと切に願ったのだが、ダメだとあっさりテッドに却下されたジョウイは、何涙か本人にもわからない涙を流しつつ、室内へと足を踏み入れた。
リオは、意気揚揚と学校から帰ってきた。
今日は、とても面白い事を習ったのだ。
そう、それは二十年程前にこのデュナンで起こった出来事で。
その「英雄」は、まだ子供なのに、大人をまとめて勇ましく、ハイランドという悪い国と戦ったのだ。
「たっだいまーっ!」
元気よく叫んで扉を開けると、お帰りなさいと朗らかな母親の声がする。
居間に駆け込むと誰かいて、近所のおばさんたちかと思ったら、違って。
「……だれ?」
「ほら、お母さんの弟」
「え……?」
「リオ! おっきくなったねー」
「だれ?」
「僕は、セノっていって、こっちはジョウイで」
着替えた(着替えさせてもらった)ジョウイを指差してセノが笑顔で言ったが、リオの表情は固まった。
「……え?」
その名前は、今日授業で習った名前。
「デュ、デュナンの英雄セノ……?」
「え、えっとねー」
苦笑したセノが説明を試みる前に、リオは震える唇を開く。
「は、ハイランドの皇王ジョウイ……?」
「……あー……」
納得したような溜息がその場にいた大人達からこぼれ、シグールは隣にいたテッドへ視線を向けず言った。
「テッド」
「ああ」
「ナナミ、リオ君借りるね」
「……え? どうするの?」
「「ちょっと催眠術で」」
口をそろえた二人は立ち上がり、リオに笑顔でシグールが近づく。
「リオ君、世の中って知らなくてもいいことがあるんだ」
「……え?」
「よし坊主、こっちこい」
「えっ!?」
テッドに抱きかかえられ二階へ強制連行されていくリオ。
「おにーちゃん……?」
「……大丈夫、だと、思うよ」
クロスが苦笑してルイの頭を撫でる。
「催眠術……?」
呆然とルックが呟いたが、当のナナミは気にした様子もなくセノにクッキーを勧めていた。
***
人外の領域の人がいます。
元々そうだろうからいいんだけど。
特技披露:特技を見せる事。ここでは催眠術を指す。造語。