<抱腹絶倒>
群島諸国、トランに続いてはデュナン入りを控えた一行は、トランとデュナン境の町で宿に朝からこもっていた。
そう、大事な事を忘れていたのだ。
「さすがに、無理があるだろ」
テッドの言葉に、五人の視線がジョウイへと向かった。
「いくら二十年近く前の事でもね」
「セノはともかくジョウイはね」
「そのまま外歩いたら、よくて怪談悪くて突き出されるだろうね」
「困ったなあ……ジョウイが生きてるの知ってる人少ないからね」
そうですねと肩を落としているジョウイは、二十年弱前は亡国ハイランド皇王だったりしちゃったりしたので、顔と名前は嫌でもかなり知れ渡っているのである。
もちろんセノだって知れ渡っているが、彼は国王兼英雄。
死亡者リストに載ってるジョウイとは根本的に立場が違う。
「どうやって誤魔化すか……か」
考え込んだ一行の中、ルックが口元に微妙な笑みを浮かべて言った。
「僕と同じにすればいいじゃないか」
「おな……ああそうか」
「待て!!」
納得したクロスに慌ててジョウイが抗議の姿勢に入るが、それを無視してぽんとシグールが手を叩く。
「じゃあ僕も女装する〜」
「……なんであんたまで」
「だって、男三人女三人の方がバランスいいでしょ?」
先日、男五人の中で旅をするルック(女装)を指摘された覚えがあり、ルックは黙り込んだ。
まあどうせルックの女装はおそらく彼がなんと言おうと動かないので、諦めるに限る。
寂しい達観に達したルックだったが、クロスがじろじろとジョウイの全身を眺めて言った言葉に、思わず吹いた。
「でもジョウイ肩幅あるからなぁ……服で誤魔化すのも……ねえテッド」
「ああ、足はロングスカートはかせりゃすむが、肩幅はちょっとな」
「じゃあねジョウイ、詰めようか」
「つっ……!?」
なんですとぉ?と返したジョウイに、クロスは笑った。
「胸、詰めようね」
「……ヤメテクダサイ」
「うわー……似合いそうだねジョウイv」
「……セノ、君それはわざとなのかいわざとなの……?」
沈没したジョウイを見て、シグールは笑う。
「僕も胸ほしいー」
「わかった。じゃあ要る物調達してくるから待っててね」
「はーい」
さ、行こうかテッド。
問答無用でクロスの荷物持ちに借り出されたテッドは、満面の笑みで手を振るシグール・セノ、そこはかとなく微笑を浮かべるルックの後ろで沈没しているジョウイに、いささかの哀れみを――向ける事もなく、ドアを閉じた。
大荷物を持って帰ってきたクロスが、コネクトルームにこもることしばし、ほそーく扉を開けてシグールを呼び入れる。
残りの面子がカードに興じていると、はいお披露目〜と言ってクロスがドアの向こうからシグールの手をとって引っ張ってきた。
「「…………」」
「かわいい! ほんとに女の子みたい!」
「でしょーv」
にっこりと笑って褒めるセノだったが、他三名は固まっている。
上着は元々のを流用、腰できゅっと細く締め、何か詰めているのだろう、胸のあたりはふっくらと少しだけ膨らんでいる。
ズボンは脱いで黒いスパッツ、髪は何を考えたのか、髪留めで可愛らしく留めてあった。
もともとこいつもかなりの女顔というか微妙な年齢だったんだなと、日頃の黒い笑顔を見慣れた面子は思う。
「かわいい?」
「……恐ろしく似合ってるよ」
「ありがとー」
ルックの言葉に邪気なく笑って、テッドの膝の上に瞬間的に移動する。
首に腕を回して、下から顔を覗き込んだ。
「かわいい?」
返事に窮したテッドに、クロスが笑顔で追い討ちをかけた。
「テッドの好みは黒髪美女で胸は大きすぎず、足が綺麗な人だもんね?」
「テメッ……!」
いるだったかそんな話もしたかもしれない自分を深く恨むテッド。
だが時遅し。
「ふううううううううううううううんっ、そーなんだー?」
「シ、シグール君? 何だそのいやーな笑みは」
「へええええええっ、テッドがねーふーんへーそーいえば指名する女の子は皆そうだったねー」
「……いや、それはな、あのな」
冷や汗をかくテッドを苦笑して見ていたジョウイの肩に、クロスがぽんと笑顔で手を置く。
「さ、いきましょうか本命さん?」
「▼※○◇●!?」
声にならない悲鳴を発したジョウイを、連れ込んでおよそ三十分。
「あ、あがり」
「げ、最近強いぞルック」
「……誰のせいだろうね」
待ち時間を再びカードで潰していた彼らに、クロスが満面の笑みで扉を開けた。
「はーい、ジョディちゃんのご登場〜」
ぱんぱかぱーんというクロスの口真似ファンファーレと共に、現れ――ない。
「何やってんの、とっとと出てきな」
「潔く覚悟決めろ」
「ジョウイー、僕綺麗になったジョウイ見たいなー」
笑顔で言ったセノの言葉が決定打だったらしく、渋々という面持ちで現れた。
瞬間。
「「あーーーーーっはっはっはっは!!!!」」
ぱちぱち手を打ち鳴らし――どちらかと言えばダンダン机を叩き突っ伏し床に転がり……。
唯一まともそうだったのは、ジョウイの横に立っていたクロスだった。
その彼ですら、着替えさせている最中ずっと笑っていたのだが。
「……そこまで……」
赤くを通り越しいっそ白くなっているジョウイは、足に奇妙な違和感と共にまとわりつくスカートの生地に触れる。
抑えたモスグリーンの色をしたニットの上着は、体の輪郭を微妙に出しつつ微妙に隠しつつ腰のあたりまで落ちている。
金髪はほどかれ、横髪だけバレッタで後ろにまとめられていた。
唇には紅が差されているのだが、これは八割五分クロスの遊び心の賜物だ。
「い、いやあ、新鮮な笑いをありがとう」
「似合うよジョウイ、嫉妬しちゃうくらいに」
「向き不向きっていうか意外性に富んでるよね」
「き、綺麗だよー。すっごく」
そう微妙な感想というかフォローを言う間に、ケラケラ笑っているのでは全く説得力も欠片もないのだが、開き直ったジョウイは溜息を吐いた。
「……勝手に……しろ」
「ちなみにジョウイの偽名はジョディちゃんね」
「……は?」
「あ、そういえばジョウイの名前も知れ渡ってるもんね」
忘れてたと言ったセノが、にっこり笑顔でトドメをさした。
「よかったねジョウイ、これで元ハイランド滅ぼした張本人の皇王だなんてばれずにすむね」
「……セノ、僕は何かしたかい?」
がっくりと項垂れたジョウイの姿を見て、テッドが腕を組み唸る。
「惜しい……こう見ると本とイイ女だ」
「ジョウイ色が白いからね、化粧も映えてるし金髪も綺麗だしね」
うん、男にしておくのもったいないよね、ルックとは別途で美女だねとシグールが横で頷くと、ルックは視線をセノからジョウイへ、またセノへと戻して、後ろにきていたクロスに呟いた。
「……あんまりに綺麗だったから怒ってる」
「素材がよかったからって張り切りすぎたかな」
あっはっは、と笑ったクロスはそのまま後ろからルックの両肩へちゃっかり手を置いた。
「はい、るっくんも着替えましょう」
「はっ!?」
「かわいー服を見繕ってきたんだよ、ささ、いこうねー」
問答無用といわんばかりに引っ張っていかれるルックを見送って、テッドは自分の男性的な顔と体形及び高身長に改めて深く感謝した。
……いや、ジョウイも十分男性的体型だったのだけれど。
***
着替えるだけなのになんでこんなに長いんだ。
抱腹絶倒:腹を抱えて倒れるほど大笑いをする事。