<意気投合>
谷の中は冷えた空気が降りてくるので夜は寒い。
しかもほとんど木が生えていないので、焚き木のための薪を集めるのにも一苦労だ。
こんな所に三日もいたら確実に死ぬ。
本当に迎えに来てくれるだろうかと一瞬不安になったが、クロスもいる事だしそのあたりは大丈夫……だと思いたい。
それでもなんとかある程度の薪を集めて火をつけ、寝る支度をする。
食事は携帯していたもので簡単に済ませ、他にする事もないので寒さで眠れなくなる前にさっさと寝る事にした。
不寝番を誰がやるか決める前にテッドは自分のマントを頭から引っかぶってさっさと寝てしまったが文句は言えない。
経緯はどうあれ一番の重傷者兼被害者はテッドだ。
結局クロスがやると言って、シグールは寝る……と思ったのだが。
マントに包まったまま火の傍から離れないシグールに、クロスは視線を向けた。
寒いのかと尋ねれば首を振るだけで。
「どうした?」
「……少し、話してもいい?」
「いいけど」
首を傾げつつ言うクロスに、あのさ、とシグールは思い切って口を開いた。
「テッドはクロスといる時どんなだったの?」
真顔で聞いてくるシグールにクロスは一瞬呆気に取られて目を瞬かせ、けれどすぐに顔を手で覆うと肩を震わせ始めた。
明らかに笑っているその様子に拗ねたように抗議する。
「……笑わなくってもいいじゃない」
クロスにはなれないとテッドに言われたが、それはそれこれはこれ。
気になるものは気になるのだ。
今までクロスに対して微妙な敵愾心というか焼餅と言うか、複雑な心象を抱いていたので聞けなかったのだが、この際だから聞いてしまおうと開き直ってもいる。
クロスはごめんと笑いを切り上げて、懐かしむように燃える火を見つめた。
傍らにある木を取って中に投げ込むと、ぱちんと小さく爆ぜた。
「僕との思い出って事は百五十年前だよね……そうだなあ」
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「初めて会ったのは海の上なんだけどね、得体の知れない船から下りて来た時は頭からフード被っててさ」
「……不審者?」
「口元だけ見えててさ、薄笑い浮かべてるんだよ。しかも松明の灯りしかないから怖いのなんの」
船内に入ってからもモンスター出てくるのに見てるだけだし、その合間によくわからない質問をしてくるし、船長との戦闘になったらいきなり参加してくるし。
船長を倒した後協力を求めたら「関わらない」を条件に船に乗る事を承諾してくれたが、よくよく考えてみれば。
「降りろっていったらどうするつもりだったんだろうねえ」
「海の上……だよね」
「うん、しかも島は影も形も見えない場所」
元々乗っていた船は消えてしまったわけだし、どうするつもりだったのだろう。
泳ぐつもりだったのだろうか。
ちなみにくれといっても小船をやる気は断じてなかった。
「あの頃は格好つけでねー。一匹狼気取ってたらしいんだけど、そこかしこでボロが出てるんだから世話ないんだよね」
「例えば?」
「戦闘に付き合ってくれって言うと、「また俺を頼るのか」とかこれみよがしに迷惑がる癖にパーティー外すと「またな」とか言うし」
目安箱にはきちんと手紙入れるし。
懺悔室にも来たし。
マグロ好きだし。
ああ、そういえばアルドがテッドの事を「動物みたいでほっとけない」って言ってたっけ。
他にも思い出せば面白可笑しいエピソードがわらわらと。
「そんな感じだったかな?」
最後の方はどこか開き直ったようで、そこそこ協力的だったけど。
楽しそうに回想するクロスに、自分といた時のテッドとは似つかないその姿に唖然とする。
「……そんなテッド知らない」
お節介で、世話焼きで、自分より一枚も二枚も上手で。
立てた膝に顔を埋めて呟くシグールの頭を軽く叩いてクロスは笑う。
「当たり前。だってシグールはテッドの親友なんでしょ?」
百五十年前だって元は同じだったはずなのだ。
世話焼きで苦労人。
ただあの頃は、自分を守るために周りを拒絶するしかなかった。
自分の持つ紋章の特性から人を近づけるわけにはいかなかったのだ。
けれどシグールに内面を見せたというなら、それはシグールの力。
クロスも、あの頃の誰もが成し遂げられなかった事。
「僕の話はこれで一通り。次はシグールの番ね」
満面の笑みを向けられて、シグールは慌てて記憶を掘り起こそうとする。
「あ、別にテッドの話はいいから。どうせならルックの話がいいなv」
「ルックの……ねえ」
そりゃ、戦争中からの腐れ縁だが。
「秘密ひとつにつき、テッドの面白おかしい話を一つ教えよう」
「乗った」
長くなりそうだからお茶淹れようかね、とどこからか茶器を取り出したクロスに、シグールは手伝うよと腰を上げた。
次の日迎えに来たルックは、妙に仲がよさそうな二人と、そこはかとなく疲れた顔をしたテッドを目撃したとか。
***
最恐タッグがここに完成。
意気投合:二人の意見が合うこと。